第53話

 その後も俺達は順調に虫の階層を攻略していった。第六階層は蟻人間ばっかりだったけど、第七階層はでっけえ蜂みたいなやつ。

 人間と同じくらいのやつがブンブン飛んできて、強力な顎や何故かカマのような形状をしている前脚、そしてケツからぶっとい針をだして攻撃してくる。

 ケツの針から出す毒は、直接相手に突き刺して注入しなければならないらしく、刺突耐性のある俺やジェンマ先生、ちびっこの身体には刺さらないので無問題。カマのような前脚の斬撃や、顎による噛みつき攻撃もナノマシンの身体には通用しない。

 ヴェスパに至ってはこの程度の雑魚、って感じで遊び半分にハチのヤツを落としている。

 ……って、この説明だと安パイに聞こえるだろうが、空を飛ぶっていうアドバンテージは大きい。向こうも接近戦オンリーの仕様だけど、こっちも対空攻撃の手段がちびっこのクロスボウとヴェスパの魔法しかないので時間が掛かった。

 向こうが攻撃を仕掛けて来た所に、上手くカウンターを当てるくらいしかやる事がない俺とジェンマ先生は、応援。


「「がんばれー」」


 ジェンマ先生と二人並んで体育座り。棒読みの声援を送る。そんな俺達を見たヴェスパの目が笑った。目だけが笑ってない笑顔ってのはあるが、目だけが笑ってるんだから絶対何か企んでやがるな、あれ。

 ヴェスパはわざと俺達の前に陣取ったように見える。そこに空から襲い掛かる巨大な蜂が二匹。

 彼女は手にした剣を目にも止まらぬ速さで数回振るう。正確には何回振るったか分からん。だって目にも止まらぬ速さだからね。

 すると、ズシンズシンと、蜂が落ちたとは思えない音が響く。どうやらヴェスパは蜂の羽だけを斬り落としたようだ。すげえ技術だな。


「うわわわ! ちょ、拓斗君!?」

「と、とにかく立たないと!」


 そして直後にびっくりするような事が起こった。

 なんと落とされた蜂が起き上がり、こっちに向かって走ってきたのだ。しかも二足歩行で。


「うわあ、蜂を擬人化したアニメとかあるけど、結構可愛いし大概は空を飛んでるんだけど……」


 ジェンマ先生がイヤそうな表情でグレイブを構える。

 確かに擬人化とかじゃなくて、見た目がまんま蜂なのに、二足歩行がもう普通に人間の動きなんだよ。気持ち悪いよ。

 さっきも言ったけど、こいつらの攻撃は脅威じゃない。ただ、見た目がメンタルをガリガリ削って来るんだよなぁ。


「ギギギギッ!」


 人間が走るのと変わらない速度で近付いてくる二足歩行のハチを、ジェンマ先生はグレイブ、俺はシャムシールで迎撃する。蜂のカマのような前脚よりもリーチが長い先生のグレイブは、然程苦も無く蜂を切り裂く。蟻人間よりは柔らかいんだよな、蜂。


「言ったろ? この迷宮は人型の魔物しか出ないって」


 上手く俺達に蜂を擦り付けた事で、ヴェスパは満面の笑顔だ。確かに言ってたな、人型を相手に訓練する目的もあるとか。じゃあコイツはタダの蜂じゃなくて蜂人間か。

 ……というか、二足歩行=人型って認識なのか。百歩譲って蟻人間は顔が人間っぽかったからアリにしよう。でもこの蜂はもうただの蜂なんだが。


「ああ、そんな事も言ってた、なっ!」


 ヴェスパに答えながら、俺もシャムシールを横薙ぎに振るう。蜂人間のカマの攻撃は左手でしっかりガードだ。うーん、流石俺の身体。まさに鉄壁。


 それはそうと、前階層の蟻人間との戦いを経て、俺もシャムシールの使い方がいくらか分かってきた。階層ボスのドロップ品だけあって、耐久力も切れ味も中々のものなんだけど、初めにヴェスパが言った、『刃を立てて殴れ』というのを繰り返していくうちに、『刃を引きながら』斬るって言えばいいのかな。その方がよく斬れる事に気付いた。


 俺とジェンマ先生が二匹の蜂人間を倒した時には、とりあえず目に付く範囲の敵は全て討伐が終わり、魔石の回収を始める。


「剣と言っても様々あるからね。使い方もそれぞれさ。だからタクトのシャムシールみたいな頑丈な剣の場合は、四の五の考えずに殴れって教えてるんだよ」


 魔石を拾い、魔法鞄に詰め込みながらヴェスパがそう言う。


「切れ味より打撃力を狙った大剣や、刺突に特化した細剣、そして切れ味を重視した反りのある剣。タクトのヤツは切れ味重視の曲刀だ。そういうのは斬る際に『引く』のが基本なんだ。誰にも教わらずによく気付いたね」


 ヴェスパが俺の頭をナデナデしながらそう言う。うーん、なるほど。じゃあせっかく覚えた事だし、俺の怪しいデバイスの奥の手はそういう方向でいこうか。

 ああ、備毛田の爺さんが送ってくれたアップデートファイルは、無事にインストールが終わり、すでにデバイスに反映されている。

 俺がその気になればいつでも使える状態だが、チャージにえらく時間が掛かるので使いどころが難しい。チャージに使うのは俺の体内にあるナノマシン。左腕のデバイスが少しずつ俺の血液を吸収してるらしい。


 デバイス解放は全部でフィフスフェイズまであり、フェイズが上がるごとにチャージに時間が掛かる分、威力が大きかったり有用だったりする。一応、フィフスフェイズを二回。今チャージ出来ているのはこれくらい。多分これが今の俺の限界値じゃねえかな。


 なるべくならデバイスの解放なんかしないで済ませたいんだけどね。ゴブリン階層の時はどうにかなったけど、この虫階層ではどうなる事やら。



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