第44話

 迷宮の魔物は殆どが人型で高い知能を持ち、武器や防具を装備している上に魔法を使って来る者もいる。倒しても死体は残らずに魔石がドロップする。稀に装備品をドロップする事がある。

 強い敵程大きな魔石を持ち、良質な装備品を持っている傾向にある。

 今までの発見例は少ないが宝箱が存在している事が確認されており、中身はかなり希少なアイテムが期待できる。

 階層の端に到達すると、下層への階段が見つかる。その階段の突き当りにはやはり扉があり、その階層に見合った攻撃力をぶつけないと扉は開かないらしい。

 尚、魔物を倒した際に発生する粒子は倒した者の身体に取り込まれ、僅かではあるが強化されるのではないかと言われている。これは、魔物を倒せば倒すほど冒険者が強くなる傾向にある事から唱えられている仮説の域を出ない。


 今俺達は五階層の奥地にいる。一階層から五階層までは変わり映えのしない草原や森のエリアが続いていたけど、敵の質は明らかに上がっていた。

 基本的に、ここまで敵はゴブリンしか出ていない。たまに冒険者狩りと思しき極悪なパーティもいたので、そいつらも敵認定しといた。だから、『基本的に』、だ。

 ゴブリンの個体そのものの性能というか、戦闘力も高くなっているんだけど、装備品も良くなっている。それに弓や魔法を使うヤツまでいた。

 下層に行くほどゴブリンの装備品の質が上がっているのは、倒れた冒険者のものを使っているからだろうというのが通説だ。なるほど、下層に行けるほどの実力者ならばいい装備を使っていただろうから、それは頷ける話だな。

 ただ、長期間迷宮内に存在している武器は、魔力を帯びて変質してしまう場合があるらしい。それが所謂『魔剣』の類としてレアドロップになるんだろう。


「ここまでレアドロップも宝箱も無かったな」

「そうね。戦闘は慣れてしまえば危なげなかったのが収穫と言えば収穫だけど」

「ん。見た目が生理的にアレだからむしろこっちの殺意がストップ高」


 おそらくこの先が次のエリアに繋がっているだろう扉の前で、俺達はそんな会話を交わしている。物理的な収穫はなかったけど、精神的に成長出来てるのはいい事だよな。特にちびってたジェンマ先生な。


「それにしてもおかしな世界よね、迷宮って」


 ジェンマ先生が扉を見ながらしみじみと語る。

 何しろ、空間に扉が立っていると言えばいいのかな。分かりやすく言えば、青い猫型ロボットのポケットから出てくる、どこにでも行けるあのドアみたいな感じだ。もっとも、アレよりもっと巨大で重厚な感じだけどな。人間が四、五人並んで通れるほどの幅がある。高さも五メートル近くあるんじゃねえかな。

 どうやらこの迷宮内は、巨大なドーム内にいるような感じっぽい。所謂、『世界の端っこ』に辿り着くと、ぐるりと岩壁で覆われているんだよ。そしてその手前にどこ〇もドアが立っている感じだ。


「ヴェスパ、この先が六階層?」

「うんにゃ、違うぜ。この先にいるのは『エリアボス』さ」

「おお! いよいよ中ボス戦!」


 天才のくせしてゲームオタクなこのちびっこ、ボスと聞いて目をキラキラさせてやがる。


「そんな楽しい場所じゃねえぜ? なにしろ一旦この中に入ったら、倒すか死ぬかしねえと出られねえからな」


 ヴェスパが恐ろしい事をニヤリとしながら口走る。このあたりもゲームっぽい設定だけどさ、現実となるとやっぱりちょっとメンタルに来るぜ。


「さて、どうするね? アンタ達がこのレベルでやられる事ぁねえだろうが、もうちょっと自信を付けたいってんならもう少しこの辺りで雑魚狩りをしたっていいんだが」


 そんなヴェスパの物言いは、俺達を試しているのが見え見えだ。それを聞いたジェンマ先生とちびっこは俺を見る。俺の判断に従う。そう言っているような視線だ。


「なあ、ヴェスパさんや」

「何だいタクトさんや」

「この扉をブッ飛ばして開いたら、少なくとも俺にはボスを倒す力があるって事だよな?」


 コクリ、とヴェスパが頷く。

 自分を奮い立たせるように扉の前に立った俺は、右手を軽く握る。


「せーの!」


 インパクトの瞬間、拳に力を込め、扉を打ち抜くつもりで右正拳突き。


「ペガサ『タクト何を口走ってる!?』星拳!!」


 普段は平坦な喋り方しかしないちびっこが珍しく焦っているみたいだが、一体何の事やら。

 ともあれ俺のペガサ『ピーー』拳は見事にボス部屋の扉を開いた。


「あっはっは! あーーはっはっは! ひぃ……腹がいてえ……」


 だけどそれを見ていたヴェスパが一人で大爆笑している。今までの一連の流れの何処にツボがあったのか分かりかねる俺達はただ困惑するだけだ。


「いや、悪い悪い。ホントに一人で開きやがった。普通はな、ボス部屋の扉を開く時は、パーティ全員の力を合わせてやるもんだ。それをタクト一人で……ひっひっひ!」


 いやコイツ、ホントに腹を抱えて笑ってるんだけど。


「つまり、この階層のボスは、タクト選手が一人で倒せるって判定されたんだよ。扉が開いたってのはそういうこった。アタイらは高見の見物と洒落こもうじゃないか」


 それを聞いたちびっことジェンマ先生が、なるほど! と納得してやがる。


「じゃあタクト、お願い」

「拓斗君。これで一階層の意地悪はいくらか割引してあげる」


 おーい……

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