第7話 裏切りが渦巻く宮廷

「こんなでたらめが通るものか。……これは国政の乗っ取りだ。兄上、反論してください」

 ケントはそう長男のメイソンに訴える。

 そして次男のイライジャにも視線を送る。

 この両名のこれまでの様子を見ると明らかにこの展開を知らなかったようだ。

 そうなると後継者候補の王子たちを無視した決定となる。

 全王子が結託すれば、この決定を跳ね返せるかもしれない。

 しかし、メイソンの反応は鈍かった。頭のキレが今一つのこの長兄は、この裁定を悪くないと思ったようだった。

 なにしろ、後を継げないと思っていたのに国のおよそ半分の領土を治める王になるのだ。

 メイソンにとって悪い話ではない。むしろ、彼にとってはよい結果と思えた。

「ケント、父の決定であるぞ。私はこの決定を支持する」

 メイソンはそう明言した。

 宰相のケンジントン公は予定していた答えにやりと笑う。

 メイソンには事前に何も話していなかったが、それは頭の悪いこの王子が事前に漏らして計画を台無しにしてしまうことを恐れたこと。

 それにこの決定は先を見通せない脳筋王子には、美味しい果実にしか見えないだろう。

「兄上、国を4分割すれば国の力が落ちます。それに宰相を始め、貴族の力が増すだけです」

「そんなことはない。ケンジントン公は優れた政治家だ。それにしばらくは周辺国も大人しくしているだろう。一時的に4分割しても問題はない」

 そうメイソンはケントに言った。彼の脳筋による皮算用は、都合の良い未来を創り出していた。

 国の半分は自分の勢力下にある。あと半分は次兄のイライジャであるが、彼は体が弱い。それに学者であって政治にも軍事にも不向き。

 彼が病気になって倒れれば、その領土を併合するのは簡単である。そして有能で後継者候補だったケントは、わずか5万石のへき地へ追いやられる。

 ケントが抵抗すれば大軍でひねりつぶせばよい。

 4男のローランドも商業都市をもらっただけで、脅威にもならない。

 つまり、メイソンにとってはリーグラードの実質的な王になれる可能性があるのだ。

 この状況に反対する理由がない。

(馬鹿か、この男は……)

 ケントもまだ18歳の若造だ。老練なケンジントン公の策略をすべて見通せているわけではない。

 だが、この展開で一番得しているのはケンジントン公だけだ。

 彼は脳筋メイソンの宰相として、国政を牛耳り、実質の王として君臨するだろう。  

そして他の王子が抵抗すれば、この脳筋メイソンを軍の先頭に立てて戦わせ、彼の剣と盾にするのだ。

「イライジャ、兄上も同じ考えですか?」

 ケントは藁をもすがる思いで次兄のイライジャを見る。

脳筋メイソンよりもこちらの兄の方が賢い。

さすがに宰相の狙いに気づいているはずだ。

 しかし答えは実にこの兄らしいものであった。

「僕も賛成だ。そもそも政治には興味がない。宰相のディップ侯爵にすべて任せる。 それに与えられた領地にはめずらしい植物がある。その研究をしたい」

(ダメだ……こりゃ……)

 ケントは絶望した。もう2人の兄は頼りにならない。

 考えてみれば、元々、国王になれそうもなかった2人が思ってもみない大領を得るのだ。2人にとって、悪い話ではないのだ。

「ディップ侯爵はいかがお考えか?」

 ケントはケンジントン公爵の政敵である副宰相にそう聞いた。

 アイリーンの父親である。

 彼は反対する立場であるはずだ。ケンジントン公爵とは政敵同士。

 そして娘のアイリーンはケントと懇ろの仲。そうさせたのはディップ侯爵自身だ。ケントを次期国王にしようと、娘を道具にしてまで地道に策略を積み上げてきたのだ。

 そしてその作戦はほぼ成功。間違いなく王妃の父として権力を握ることになるはずなのだ。利害関係からいって、ケント派の先頭に立つ男だ。

「わたしも賛成です、殿下」

 しかしその答えはケントの予想に反した。ディップ侯爵はケントの方を見ようともしない。

 あれほど、ケントに肩入れし、娘を添わせていたにも関わらずにだ。

「加えていいましょう。ケント殿下には今後一切、娘にお近づきにならないようお願い申し上げます。あれは将来イライジャ様が治める西リーグラード王の王妃になる身ですから」

「え……え……」

 非情な裏切の言葉にケントは返す言葉が出てこない。

 昨日まではディップ公爵はケントの味方であったはずだ。

 昨晩アイリーンが王妃にしてくれと懇願していたくらいだ。

 昨晩から今日までの間にケンジントン公爵に誘われ、密約を結んだに違いない。

「ば、馬鹿な……。あなたは王国宰相と王妃の父の立場を失ったのですよ!」

 ケントは語気を強めてそう抗議する。ケントが王になれば、間違いなくそうなるはずであった。

 ケントは幼馴染のアイリーンを王妃にするつもりだったからだ。

 もちろん、王妃を2人立てて、その一人とは言わなかったが。

「それも正直考えましたよ。しかし、娘があなたの寵愛を受け続けるとは限りません。ケンジントン公爵との確執も続くでしょう。なにより、私は以前から、あなたは我が娘にはふさわしくないと思っていました。それが答えです!」

 ケントの語気を上回る強さでディップ侯爵は答えた。ケントは言葉も出ない。

 自分の邪な考えを見抜かれたことへの衝撃だ。

(ば、馬鹿な……こんなバカげたことを……俺は国の英雄だぞ……戦争の天才だぞ……それをへき地の貧乏領地の王とは……事実上の追放じゃないか!)

(それにアイリーンをイライジャの嫁にするって。ダメだ、ダメ。アイリーンは俺の女だぞ!)

 ケントは混乱している。第3皇子で次期国王候補の地位。

 そして幼馴染のアイリーンすらも奪われようとしているのだ。

 ここへ来てケントはアイリーンを失いたくないと強く思った。

 ケントの思いとは裏腹に、ケンジントン公爵の決定にケント以外、誰も抗おうとしない。みんなケンジントン公爵の力を恐れているのだ。

 しかも完璧な策略の下にである。ケンジントン公爵は謀略の天才であった。これまでも反対する者には餌を与えて黙らせ、力のない者には圧力をかける。

 ケントが遠征で都を留守にした間に一挙に大勢を占めたのだ。

 唯一、ケントを次期国王にと思っていた国王は病の床。

 病に臥せっていた国王を意のままにするのは何も問題がなかった。

 そして国王の崩御。ケンジントン公にとって怖い存在はなくなった。抵抗するのは、優秀なケント王子だけ。

 これをへき地へと追放する。わずか5万石しかない領地の王では何もできない。反乱を起こすにしても兵力はわずかである。

(それに北西部の山岳地帯は、蛮族の支配する土地。もうこの王子は終わりだ)

 ケンジントン公はこの政変の成功を疑っていなかった。もちろん、今後のケントの反撃も予想している。それにも用意周到に手を打っている。

「誰も反対しないのか、これは乗っ取りだぞ。ケンジントン公爵の反逆だ!」

 ケントはそう叫んだが、誰も呼応しない。むしろ、ひそひそ話や嘲笑が大勢を占める。

「ちくしょう!」

 ケントはそう叫んで広間から退室する。弟のローランドの呼び止めた声が聞こえたような気がしたが、足は止まらない。この悪夢から逃れたい気持ちでいっぱいである。

「何かあったズラか?」

 王の間の外で吉音が驚いたような顔でケントを出迎えた。

 ケントは歩きながら、中であった出来事を吉音に話す。誰かに聞いてもらわないと冷静になれない。

「それはまんまといっぱい食わされたズラ」

 吉音は話を聞いても驚いてはいないようであった。

 どちらかと言えば、このことは予測の範囲内だったような態度だ。

「お前は知っていたのか?」

 不思議に思ってそうケントは聞いた。

 吉音はケントの侍従だから、戦場にもついてきていた。

 ケント不在時の都のことは知らないはずだ。

「知らないズラ。けれど、ケンジントン公爵が何かしてくることは予想していたズラ。彼は前国王の家来。代替わりすれば引退させられて権力を失うズラ」

「俺ももっと注意を払うべきだった。しかし、都にいた2人の兄が無能なばっかりに奴の専横を許すことになった」

 無能な兄たちは父王の死にも気づかず、ケンジントン公の多数派工作にも気づかなかったのだ。

 そして分割された国の王に任命してもらって満足している。父の遺言と称する宰相の独断に嬉々としているまぬけさだ。

「で、どうするズラ?」

「アイリーンだ。アイリーンに会う」

(はあ……)と吉音はため息をついた。アイリーンの父親は、娘に近づくなと明言した。

 当然ながら既にアイリーンは、父親からケントに会うなと命令を受けているはずである。

「心配するな、吉音。アイリーンは俺にメロメロだ。きっと彼女が父親を説得するだろう。ディップ侯爵が改心すれば、この馬鹿げた陰謀はひっくり返せる」

 自信満々にそうケントは話したが、吉音はケントが人を見る目が……というか、女を見る目がないと確信した。

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