第2話 秘密のアルバム

「あの子、覚えてたのね」


 押し殺した声で妻が言う。ああそうだな、と私は頷いた。


佐野さの亮太りょうた、だったな。最初の子。確かしつこく茉莉にからんでたんだっけ」

「ええ、そうよ。絶対茉莉のことが好きだったんだわ。幼稚園児のくせにませたガキ」


 妻は鼻に皺を寄せ獰猛に言い放つ。


「私たちが留守の時、突然家に遊びに来たんだっけな」

「そうそう。茉莉は優しいから部屋に入れちゃったの。でもやっぱりしつこくちょっかいかけてくるから……」


――押し倒して枕で顔を塞いで窒息死させた。


「そっちのことは覚えてないみたいでよかったわ」


 妻は微笑んでおもむろに立ち上がり書棚の奥から一冊のアルバムを取り出した。それは先ほど茉莉と見ていたような立派なアルバムではない。ビニールの袋に差し込むような形の写真屋さんでもらえる小さくて薄っぺらいアルバム。普段は辞書の並んだ奥に隠してある。私と妻しか知らない秘密のアルバムだ。


「ああ、この子ね」


 妻が指差したのは幼稚園のお遊戯会の写真。茉莉の隣に写っているのが佐野亮太だ。


「で、こっちが加藤かとう由美ゆみ


 次の頁にはランドセルを背負った赤いジャンパースカートの少女と茉莉が並んだ写真が挟まれている。


「この加藤由美とかいう子はええと……どうしたんだっけな」

「縄跳びで絞殺しめころしたのよ、あなた覚えてないの? 日曜だったからあなたも家にいて現場を一緒に見たじゃない。茉莉ったらもう死んでるっていうのにいつまでもキリキリと縄跳びを締めて」


 妻は嗤いながら赤いジャンパースカートの少女を指差す。


「ああ、そうだった、そうだった。茉莉にはすぐに新しい縄跳びを買ってやったんだっけ」


 私は懐かしく思い出す。持ち手がウサギの形になっている可愛らしい縄跳びだった。茉莉は満面の笑みで「お父さんありがとう」って言ってくれたっけ。


「それより茉莉、大丈夫かしら」


 不意に妻が不安そうに顔を曇らせる。


「ん? 何がだい?」

「だってあなた……私たちが近くにいないと後始末する人間がいないじゃない」


 私はため息をついた。確かにそうだ。茉莉は何か気に入らないことがあると発作的に人をあやめてしまう。もちろん茉莉は悪くない。悪いのは茉莉を不快にさせた相手の方だ。不思議なもので茉莉は〝そういうこと〟をした後、突然意識を失い数時間眠ってしまう。そして起きた時には何も覚えていない。もっとも茉莉が覚えている必要なんかない。悪いのは相手なのだし後始末は全て私たちがすればいいだけなのだから。


「結局全部で五人、だったかな? 最後が小学校六年の時だろ? あれ以来落ち着いてるから大丈夫なんじゃないか?」

「そうねぇ。だといいけど。それにしてもこの辺りで子供の失踪事件が続いてくれててホントよかったわ。犯人はまだ捕まっていないし。警察はそいつの仕業だと思ってくれてる。ついてたわね」


 ニタリと妻は嗤う。


「うん、そうだね。やっぱり茉莉は神様に愛されている子なんだよ、母さん」


 もちろんだわ、と妻は微笑んだ。


「それと、明日は孝義たかよしさんの写真もちゃんと撮っておかなきゃね。あなたこっそり撮っておいて」


 孝義というのは茉莉の旦那になる男だ。あんな奴に茉莉をくれてやるのは納得いかないが茉莉がどうしてもというのだから仕方ない。私は妻に向かって大きく頷いた。


「ああ、そうだな。結婚式の写真は出来上がるまでに時間がかかる。それまでに……そういうことが起こるかもしれない。写真がないと困るからな。こっちのアルバムも茉莉の大切な成長記録なんだし」

「そうよ、まぁせいぜい茉莉を苛つかせないでいてくれるといいんですけど」


 私たちは声を揃えて嗤う。茉莉のウェディングドレス姿、きっと綺麗だろうな。



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アルバム 凉白ゆきの @yukino_s

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