ある日突然人生が変わる事もある。
ゆきを。
第1話 ある日突然、仕事がなくなる事もある。
都心から少し離れ、ビルや賑やかな商店街からも大きく外れ、新緑の木々に囲まれた大き目の記念公園。
なんの記念に作られたのかは不明だが、何かしらの記念で作られたのだろう。
平日のランチタイムにあたる頃合いだが、付近にはオフィスが少ないせいかぽかぽかとした陽気にも関わらずベンチに座っている人間は自分以外に誰もいない。
学校もまだ終わっていない時間だからなのか、普段なら楽しそうに公園を走り回っているはずの子供たちの姿も見られない。
あ、いや。砂場で一人小さな男の子が一生懸命トンネル作りに励んでいる。公園内を見回してみてもその子の親は来ていないように見える。っていうか公園には見渡す限り、自分とその子の二人きりである。
とても一人で遊び歩くような年齢の子には見えないんだが、親の目を盗んで家を抜け出して公園に遊びに来たってところだろうか?もしかしたら僕みたいに両親が居ないとか?
まぁ僕も今はそんな事気にする余裕なんて全くないんだけどな・・・。
そう、午後の暖かい日差しが降り注ぐ公園のベンチに腰掛けた僕は、とにかく途方に暮れていた。暮れに暮れていた。暮れまくっていた。
花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。もちろん独身、家族なし。現在無職、再就職先が全く決まりません。
安月給ではあるが働き甲斐のある職場。自分の働きもそれなりに上司に認められていて、昇進の話も決まっていた。早くて夏のボーナス前、遅くとも年末までにはという話だった。
昇進すれば給料も大幅に上がるし、ボーナスだって平社員と違って縦に立つぐらいの額が出る。大げさだって?いや、上司は確かにそう言っていた。
その話を聞いて、安月給の中コツコツ貯め込んでいた貯金を全額使い果たし、以前よりもワンランク、いや2ランク上の小綺麗なタワーマンションに引っ越した(中階層)。
親を早くに亡くし、奨学金を貰いながら必死に勉強して大学も出た。
つつましやかな生活を続けて10年とちょっと、やっと奨学金も返し終わった。
両親が亡くなってから不運が続いていたが、これからは新しい部屋で気持ちも入れ替えて更に仕事に打ち込んでいこう!、と心に決めたばかりのことであった。
朝会社に着くと、社内には見知らぬ人間が忙しげに動き回り、出社してきた社員達は全員廊下に立ち尽くしていた。
「脱税だってよ。」廊下でスマホを弄りながら同僚が教えてくれた。
「お前経理だから色々聞かれるかもしれないぜ。」同僚はスマホから目も離さずに怠そうに壁に寄りかかりながら言い放った。
「ってかお前ヤってねーよな?」スマホからはじめて目を上げて僕の顔を覗き込んでくる同僚。
「ば、ばか言うなよ。今まで真面目に頑張ってきたのに、それを無駄にするような事するわけないだろ!!。」僕は顔を真っ赤にさせながら反論する。
親もなく一人だけで今まで真面目に頑張ってきたんだ。今更犯罪に手を染めて畜生に落ちるなんてありえない。僕はまだ人間でいたい。
「ふーん。」同僚はつまらなさそうな声を上げてスマホの画面に目を戻した。
しかしその後同僚の言葉通り、数人のバリっとしたスーツを着た男たちが僕の周りを取り囲んでいた。
「少し別の場所で話を聞かせていただきたい。」断ったらその場で撃ち殺すぞと言わんばかりの怖い顔で僕をにらみつけてくる。いや、銃は持ってないけど。持ってないよね?
その威圧感に負けて一言の言葉も発せずに黙って頷く。べ、別にビビってるわけじゃないよ?争い事とか人と競い合うことが苦手なだけだよ・・・。
周りを男たちに囲まれたまま外に連れ出されて黒塗りのセダンに乗せられる。まるで捕獲された宇宙人の様に。
ぼ、僕はそんな事件に係わりはない・・・、はず・・・。今までも帳簿に怪しいところはなかった、はずだ。
頭の中で社内の金の動きを思い出せる限り思い出す。自分は関係ない。とくに不正な事をさせられた記憶もない。大丈夫。
車内でも左右をスーツの男たちに挟まれて、真ん中の狭いところで小さくなる。
左右から感じるプレッシャーが半端ない。
これじゃまるで僕が犯人みたいじゃないか。
僕は何処にでもいる普通の会社員ですよ。
犯罪なんて起こす勇気もないヘタレですよ。
会社の最寄りにある税務署とかではなく、少し遠目の場所にまで連れてこられた。なんだか新しい建物に見えるが全体的に窓が少なく地味な印象を受ける。
正面の玄関からではなくて、裏口から中に入る。
誰も歩いていない廊下をくねくねと進んでいき、廊下の突き当りにある階段を下に降りる。
え?下??
頭の上に?マークが何個も浮かび、もうパニック寸前。
2階層ほど下に降りてたどり着いた部屋は、1面がガラス張りになったドラマなんかでよく見るようなTHE取調室だった。
窓もないその空間はやけに白々しい程明るい。
天井に取り付けられた照明からではなく、壁全体が発光しているような・・・。
あの鏡の向こうから何人もの人が僕を見ているのだろうか?ある事ない事無理やり吐かせようとしているんじゃないだろうか?
僕はもう既にパニック状態だった。
何時間経ったのだろうか、それとも数分の出来事だったのだろうか。色々と聞かれて色々答えた気がする。パニックを起こしていた僕は殆ど覚えていない。
覚えているのはお腹が減ったけどかつ丼は食べられなかったという事だけ・・・。
あ、あと必死に自分は何も知らないって事をアピールしたような記憶はある。何を聞かれたかも覚えていないからきっと噛み合ってなかっただろう・・・。
あと事情聴取に現れた女性が物凄い美人だった。この世の人とは思えないぐらいの超絶美人。耳がこうピンとしていて金色に輝く長く綺麗な髪の毛だった。
パニックを起こして何も覚えていない僕が強烈に覚えていたんだからそりゃ凄い美人だったんだろうさ。
でもどんな顔をしていたのか思い出そうとしても思い出せない。不思議なこともあるもんだ。
気が付けば窓一つない部屋のベッドに腰掛けて自分が履いているローファーのベロの部分を見つめて、そこにコインを入れようか入れまいか必死に悩んでいた。
昔ローファーのベロの部分にコインを入れるのが流行ったけど、あれはいったい何だったんだろう?貯金か?それとも観光地の噴水にコインを投げ込む儀式的な?
だが自分がコインを所持していないことがわかると、少しずつ正気を取り戻していった。
履いている靴から目線を上げて部屋を見回す。全面何処にも窓がない以外、一見高級なホテルの1室って感じの部屋だった。
腰掛けているベッドもクイーンサイズの寝心地がよさそうなベッドだし。
壁際には広めのデスクと座り心地のよさそうな椅子も置いてある。
その机の横には小さい冷蔵庫があり、部屋の入り口の横には開口部が大きいクローゼットがある。
そしてトイレと風呂場は別々になっている。
この部屋もあの取調室?のあったビルの中の1室なのだろうか?
窓がないところを見ると地下なのかな?取調室と同様、天井の照明ではなく、壁自体が発光している様子は一致しているようだが・・・。
困ったなぁ。殆ど覚えてないけど、まずいこと言ってないよな?
いや、身に覚えがないんだから悪いようにはならないはずだ・・・。
トントン!不意に部屋の入り口をノックする音が聞こえる。
「はい?」思わずあほみたいな声で返事をしてしまう。
開けるべきだろうか?
どうしようかオロオロしている間にピーという機械音の後にドアがゆっくりと開かれた。
「落ち着いたかな?君の家まで送ろう。」あの超絶美人だという噂の女性が登場することを期待したが、扉から入ってきたのはダンディーな髭を生やしたスーツの男だった。
会社で拉致された時よりも柔らかい表情を浮かべている。どうやら僕の無実は証明されたようだ。
っていうか家まで送ってくれるって事は帰宅できるってことだよね。どうやらじゃなくて、完璧に無実が証明されたようだ。よかったよかった。僕は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
家までの道中で男が事情を説明してくれた。
会社の社長をはじめ、役員の多くが今回の脱税に関与しており、僕もその不正を隠すために利用されていたらしい。事件性が強く、前科もあったそうで・・・。相当厳しい裁きが下るだろうと言っていた。
上司から仕事を評価されていると感じていたのは、良いように使える駒としてただただ利用されていただけだったんだな。
昇進っていうのも、より便利に使われるためか、口封じのために金を積んでくれるってことだったのかもしれない。
真面目に働いて頑張っていたつもりだったんだけどなぁ。なんとも情けない。
男の話によると、会社は当然倒産。殆どの社員は主に会社の取引先へと再就職が決まっているそうだ。だが、無実とはいえ事件に関与していた僕には再就職先なんて当然決まっていないらしい。
昇給をあてにしてランクアップさせたマンションの家賃どうしよう・・・。
再就職先すぐにみつかるだろうか?
っていうかもう貯金もないし、明日からどうやって生きていこう・・・。
家まで送って貰った僕は、急いでPCを起動させて職探しを始めるのだった。
花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。もちろん独身、家族なし。就活始めました。
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