イル・ディーヴ

城島まひる

序文:拒絶された神々

夕暮れ刻の暗いオレンジ色の光が死者たちを照らす。彼等の肌は黒く焼け焦げ、地平線にある太陽を忌まわし気に見ては、日陰を探して荒野を彷徨っている。私はそんな死者たちを見守りながら、独り黙想に耽っていた。

『死者の世界に生者が訪れることはあるのか』と。

黄昏時のまま日は沈まず、死者と荒野を照らす世界イル・ディ―ヴ。ここは俗的に言ってしまえば死後の世界。

死を迎え肉体から解き放たれた人の魂魄は、魄という第二の肉体を得てこの世界に生まれる。生まれた死者たちは最初こそ生きていた頃の容姿をしているが、段々と日に焼かれ遂に肌は黒く焼け焦げてしまう。黒く焼け焦げた者たちは苦痛に耐えきれず、絶叫し言葉にならないうめき声をあげる。

私、ヴィズ・エラルはそんな死者たちを葬るのが仕事だ。この世界で唯一生きることを許され、死ぬことを許されない死者だ。彼等を葬る時、私は自業自得だと考える様にしている。イル・ディ―ヴに生まれる死者は必ずしも、焼け焦げた偽りの肉体に閉じ込められる必要はないのだ。

時に独りの死者が荒野に座り、黙想を始める時がある。そういった死者はこの世界が何であるのかを悟り、この状況に陥った原因が自身に在ると信じ黙想する。そんな死者を見てまた独り、また独りと同じように黙想に耽る。

この黙想は長い者だと終わるまで数年掛かることがある。私は黙想する死者一人一人に紅いローブを掛け、彼等を日の光から守る。黙想し自分を象徴する記憶や知識、思想すべてを消してゆく。忘れるだけでは意味がない。黙想の中で完全に消し去っていかなくてならない。

そして全てを消し去った死者だけが、黙想する私の後ろにある『エルス・ワンス』と呼ばれる湖に入ることが許されるのだ。

かつてこの世界には神様が存在した、天使が存在した。しかし悪魔はいなかった。

そして神様と天使は死んだ。

それがキリスト教福音主義の一派プリマス・ブレザレンの敬虔な信徒の家庭に生まれたヴィズ・エラルが死後、最初に学び取ったこの世界の真実だった。十歳でこの世界を去った私は死後、神と天使に出会った。

神様は死者の魂魄から魂を取り出し天使に渡した。天使たちは魂に右手で触れ、左手で金色に光る文字を羊皮紙に書き連ねていった。文字を書き終えると神様は魂を天使から受け取り、魄に戻した。すると魄を戻された魂は魂魄と成り、新しい生を謳歌するため現世へ飛び立った。

そんな光景を見ているうちに私は天使が書いている羊皮紙が、その魂が持つ記憶や思想、知識を書き留めたものだということに気付いた。私がその光る文字を覗き込もうと天使たちに近付くと、エノクと名乗る青年が私を引き留め、彼等の仕事を邪魔してはいけないと言った。

そして私の番が来た。私は短い人生だったから書き留めることも少ないだろうと思っていた。しかし神様は私から魂を取り出すことなく言った。

『タリタ・クミ、少女よ、さあ、起きなさい』

そして神様は私に深紅のローブをくださった。次に書記をしていた天使が私に近付いてきて言った。

『エパタ、開けよ』

そして天使は私に分厚い羊皮紙の洋書と羽根ペンをくださった。次にエノクと名乗った青年が私に近付いてきて言った。

『聞く耳のあるものは聞きない』

この時、現実世界の時間にして1969年7月20日20時17分。神は死んだ。そして人は浄化され、新しい生を得る術を失った。同時に死後の世界は黄昏時のまま時を止め、死者を焼き焦がす世界へと変貌したのだった。

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