第64話『覚悟』
ライブの時間が迫ってきている。
時間を確認した俺はリンへとそろそろ抜けることを告げた。
「がんばってきなよ」
「失敗すんなよ~」
リン、彰から激励の言葉をもらう。
二人へ感謝を伝え、裏方に行き元の学生服へと着替えた。
執事服を脱いだ俺を見たお客さんからは残念そうな言葉があがったが、この後メインステージで軽音部として演奏することを伝えると。
「え、天使様がギターもしくはベースを弾くの?」
「ドラムかもよ?」
「ボーカル……いやいや天使様といえどさすがに歌うわけないか~」
「どれでもいいよ、すごい楽しみ!」
といった感じで盛り上がってくれたわけだ。
「予定では15時に軽音部の時間なので、みなさん良かったら見に来てくださいね」
『絶対行きまーす!』
廊下の方からも『絶対見に行きます!』『今から席取りにいく!?』と話し声も聞こえる。
よし、宣伝も出来たぞ。
あとの懸念点は……。
「及川、無理すんなよ」
「ふっ、問題ないさ。僕一人でも充分に回せる」
自信満々に勝ち誇ったような笑みを浮かべる――が、すぐに苦笑へと変わり。
「お前が店からいなくなったらここを目当てにしている大半の客は列から外れるだろう――悔しいがな。だがそうなれば余裕が生まれるはずだ、裏へ回っている二神も再度表に出られるようにもなるだろうし……、内川もどうやらやる気は残っているみたいだ。だから問題などない」
「……そっか、じゃあ頼んだよ」
彼らへ別れを告げ、俺はメンバーの待つ軽音部室へと向かっていった。
部室へ向かっている途中。
いつもと違う姿だけど、バイト先で見慣れた後ろ髪の姿があり声を掛ける。
「春風さん」
俺の呼びかけに彼女が振り返る。
「あ……一ノ瀬君」
「文化祭来てくれてたんだ」
「う、うん……その、せっかく誘ってくれたから……」
いつものように目線は合わず、俯いているけれど。
最初に出会った頃よりは、たしかに会話ができるようになっている気がした。
「隣の子は友達?」
「う、うん」
「す、スミレ……? こんなに格好いい男の子とどういう関係なの!?」
茶髪の短い髪の女の子で、芽美と同じくらいに小柄な彼女は春風さんを強く揺すっていた。
「お、男の子が大の苦手なスミレが……信じられないっ」
「た、ただのバイト仲間だよ~……」
困ったように春風さんはお友達の子に返事をしていた。
ちょうどいいから自己紹介させてもらうか。
「初めまして、春風さんと同じ喫茶HeaLingで働いている一ノ瀬恵斗です。よろしくね」
「あっ……もしかして夏休み話題になってた天使さま!?」
「一ノ瀬恵斗ですよ、一・ノ・瀬・恵・斗!」
「やっぱりそうだ、うぅ~私もすでにバイトやってなければ一緒に働けたかもしれないのに~っ」
彼女は悔しそうに地団駄を踏む。
あの、それより俺の名前覚えて……。
「私、坂井カンナって言います。よろしくね天使さま!」
「あ、はい……よろしくね」
こうしていつものように名前で呼ばれることはなかった。
おかしい、どうしてこの世界の女性は人の名前を覚える気がないんだ……。
「あの男の子が大の苦手なスミレが文化祭に行こうって言いだした時はどうしたんだろうって思ったけど……。もしかして天使様に会いに行く……ため?――あのスミレが!?」
坂井さんの目は驚きで見開かれ、春風さんの顔をじっと見つめた。
まるで信じられないという表情をしている。
「う、うぅ……誤解なんだけど、その通りでもあるから言い返せない……」
春風さんは小さく肩をすぼめながら、顔を真っ赤にして俯いていた。
言葉を探そうとしているが、どうにも見つからないようだ。
「え、 本当にあのスミレが!?――キャーッ、これは事件だわ!」
「ち、ちがくて……でも、う、うぅ……っ」
坂井さんはまるで宝物でも見つけたかのように、一人でどんどん盛り上がっていく。
一方で春風さんはその勢いに押され、その姿はますます小さくなってしまう。
……ここは俺から理由を話した方が良さそうかもな。
「俺が春風さんにぜひ見に来て欲しいって誘ったんだよね」
「天使さまが……スミレに見に来て欲しい?」
坂井さんは驚いた表情で春風さんと俺を交互に見つめる。
「……春風さんカラオケ好きらしいから、俺が歌うのを見て欲しくて」
「天使さまが歌うのを、スミレにみてほしい?」
坂井さんの目がさらに大きく見開かれる。
……誤解が加速してしまっただけのような気がする。
「そう……なんだけどさ、別にそんな大したことじゃないんだ――」
「スミレ、これってすごいことじゃない!? だってあの大人気な天使さまがわざわざスミレを招待したってことだよ!? やっぱりスミレって特別なんだ!」
「そ、そんなんじゃないから!」
慌ててフォローしようとしたが、坂井さんの反応は止まらない。
春風さんも焦って手を振りながら否定するも、坂井さんはまるで聞いていない。
「……ごめん春風さん、あと任せた」
「なにしてくれてるんですかぁっ!?」
俺は完全にこの状況を収集する手立てがなく、彼女にバトンを渡す。
――人はこれを放り投げるという。
春風さんは顔を真っ赤にして、非難するように俺を睨んでいる。
普段は俺の目をなかなか見られず、しっかりと話すことが出来ない彼女はまっすぐに俺を見ている。
――まさか彼女が俺の目を見てしっかり話してくれた『初めて』が、こんな形で訪れるなんて、なんだか少し切ない。
彼女の視線が刺さる中、ふとライブのことを思い出す。
そうだ、俺にはやるべきことがある。
決して逃げるわけじゃない、部室に急がないといけないからな~、仕方ないなぁ~。
「おっと、部室に急いでるんだった、それじゃあね二人とも」
「恨みますよ!?」
春風さんの声が背中に飛んでくるが、振り返らずに足を速める。振り返ったらやばい気がする。
「スミレ~、ちょっと詳しく聞かせて~?」
坂井さんの楽しそうな声が聞こえ、春風さんからは『ひぃっ!?』という怯えた声も同時に聞こえた。
気の毒に……。
ガシッと肩を掴まれた春風さんが、どうにか坂井さんの問い詰めをかわそうとしているのを尻目に、俺はその場を退散することに決め込んだ。
何も見なかった、何も聞こえない。
――なんか後ろから叫び声が聞こえた気がするけど、俺には聞こえなかったことにしておこう。
あー、部室へ急がないとなぁ、ライブの準備があるからなぁ!
「お待たせ!」
なにごともなく(大嘘)部室へ到着すると、三人が既に本番へ向けリハーサル中だった。
しかし、俺の姿を確認すると一旦演奏を中止し、俺の方へと駆け寄ってくる。
「ケイ、やっときたかー!」
「ごめん、かなり繁盛しちゃって……中々抜けられなかった」
「ふふっ、校内ニュースの話題になってるよ」
「近くを通ったけど、列の終わりが見えなかった」
三人とそれぞれ挨拶を交わし、俺もギターのチューニングに取り掛かる。
「ケイ疲れてるんじゃないの、少し休んでてもいいよ?」
心配そうにカナが見つめながら声を掛ける。
「気持ちは嬉しいけど、今日は俺にとってこっちが本番なんだ。ライブまで1分1秒でも無駄にしたくない」
「ケイ……」
「必ず成功させて、みんなでL7プロダクションに入ろう!」
「……そうだね、がんばらなくちゃっ」
カナとハイタッチを交わし、気合を入れる。
チューニングもズレがないよう慎重に行っていく。
「ぬふふ、今年は良い枠を手に入れたぞ、なんせ一番人が集まる吹奏楽部の前だからな!」
「……それってやっぱりうちの吹奏楽部が有名だから?」
「そうだね、学校見学の中学生や、一般のお客さん、なんなら来賓の人たちも吹奏楽部を楽しみにしてる人がほとんどみたいだし」
「へぇ~」
やっぱ凄いんだな、うちの吹奏楽部は。
そういえば1年男子も俺と彰を除くと全員吹奏楽部所属だしな。
だから最初は文化祭の出し物とか出来ないだろ、全員吹奏楽部の練習とかあるだろうし。
と、思ったんだけど。
毎年数多くの男子が入部するが、1年男子は伝統で取り組むことがあるのは勿論把握しているので、1年男子に限っては吹奏楽部の文化祭への参加は免除となるらしい。
他の部も然り。
じゃあ俺はって?
俺はやりたいからいいんだよ。
「ちなみに去年の枠はどの辺り?」
「……1番最初」
「誰もお客さんいなかったね……」
「あれは……嫌な事件だったな」
なんか滅茶苦茶トラウマになっていらっしゃるようで、三人が一気にへこんでしまった。
「だ、大丈夫だって、今年は人がいるのは確定なんだからっ、去年の分までやり返してやろう!」
聞いてしまった自分が原因なのだけれど、それは置いておいて沈んでしまった空気を戻さなければと必死に鼓舞する。
「みんなでデビューしてプロになるんだろ、こんなんで一々へこんでたらこの先やっていけないよっ!」
「……そうだね」
「ケイの言う通りだなっ!」
「さすがケイ、お礼にお菓子あげる」
アキからマシュマロを口の中に放り込まれる。
柔らかい食感と甘いチョコレートが口の中で広がる。
その時、部室の扉にノックがされる。
ユリが返事をしてドアを開けに行くと……そこには黒崎さんの姿があった。
「やぁ、お嬢さんすまない、実はそちらの男子生徒……一ノ瀬君に用があってね。今お時間は大丈夫かな?」
彼の声は穏やかだが、どこか重みがある。
ユリは一瞬息を呑んだように固まるも、すぐに扉を開け、黒崎さんを迎え入れた。
黒崎さんが部室に足を踏み入れた瞬間、穏やかだった空気が一変したのがわかる。
まるで彼が部屋の全ての空間を支配しているかのような威圧感が漂っている。
「ケイ、もしかしてこの人が……?」
「うん、以前に話した黒崎さんだよ」
俺がそう伝えると三人は緊張した様子が増した。
これからこの人にアピールをするということを考え……より緊張感が走る。
「ん、どうしたんだい?」
「実は……黒崎さんにお話したいことがあって」
「ふむ、聞こうか」
黒崎さんに近くの椅子へ座って頂くように促す。
すぐさま三人がお茶やお菓子を用意した。凄い連携感だな。
「どうもありがとう、それで話というのは……?」
「はい、この間黒崎さんから頂いた話……受けるつもりでいます」
「おぉ! それはよかった。実は今君へ会いに来たのは意思の確認をしたかったんだ。芸能界に行きたくないと考えている男の子に無理強いさせるわけにはいかないからね」
黒崎さんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。俺の返事に心から喜んでくれているみたいだ。
「ただひとつ……お願いがあるんです」
「……ふむ、なんだね?」
笑顔から一転、真面目な顔へと表情を変えたことにより、俺の背にも緊張が走る。
緊張にのまれないよう、ふぅと息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「……俺はミュージシャンとしてデビューしたい、叶うならば彼女たちとバンドとしてやっていきたいんです」
俺の言葉に、黒崎さんは一瞬黙り込む。
やがて黒崎さんは視線を鋭くして口を開いた。
「……方向性を既に自分で描いているのは良いことだ。君の意思というのはこれからも必要なことになる。だが……」
「わかってます、黒崎さんがスカウトをしに来たのは俺だけ、彼女たちは入ってない。そう言いたいんですよね」
俺は予測していた通りの言葉を口にした。むしろ、ここで『じゃあ彼女たちも事務所に入れよう』なんて軽々しく言うような人だったら、今後の信用が難しくなるだろう。
「そうだね」
黒崎さんの口調は優しいが、その表情には厳しさが含まれていた。
「この後……俺たちの演奏をぜひご覧になってください。そして、その時もう一度お返事が聞きたいです」
俺の言葉に、黒崎さんはしばらく考え込むように視線を外し、部屋を見渡した。
「君たちは……ロックバンドという認識でいいのかな?」
「はい、その認識で問題ありません」
黒崎さんからの質問に答える。
彼は一度息を吐き、口を開いた。
「ロックバンドというコンテンツは……今の世の中ではあまり受けない」
誰に問いかけるでもなく、黒崎さんは静かに言葉を続けた。その一言に、俺たちは息を呑む。
「もちろん、有名なミュージシャンの中にはバンドを組んでいる者もいる。だが、それでも今の世の中はダンスグループが強い。女性中心の現代社会においては、華やかでビジュアル重視のパフォーマンスが好まれる。感情的で激しいロックバンドのスタイルは、正直なところ『時代遅れ』だと思われがちだ。音楽業界に進むなら、恵斗君にもそっちの方向を目指してもらいたいが……」
黒崎さんの言葉が重く響いた。女性が多数派を占めるこの世界で、ロックバンドが受け入れられない理由を痛感させられる瞬間だった。
男性が希少で特別視されるこの世の中、俺が彼女たちと共にバンドを続けることは挑戦であり、ある意味で反逆でもある。その重圧が、一気に俺たち四人の肩にのしかかる。
「意思は固そうだね」
「はい、俺は……バンドをやりたいです」
俺は胸を張って答えた。
黒崎さんの言うことは理解している。だが、俺は彼女たちと共にこの道を選びたいと思っている。
「……まぁ君ならどの道でも成功するだろう。いずれどの業界でも引っ張りだこになる。私にはその未来が既に見えている」
黒崎さんの目が俺を見据えながらそう言った。
「そんなに、ですか……?」
俺はその言葉の重みに驚いたが、同時に感じるものがあった。
「そうとも、以前も話したが君のことはある程度調べている。恵斗君の周りには笑顔が絶えない、多くの女性が君の存在そのものに魅了されている。そんな君が芸能界へと進出すればこの国……いや、世界中の女性を虜にするだろう」
大きな評価に胸が熱くなる一方、同時に感じる大きなプレッシャーを感じていた。
ロックバンドが受け入れられない世の中で、自分が成功できるのか、そして仲間たちと共にその未来を築けるのか――その重さが今、のしかかっている。
「だから彼一人でも充分なのだが……君たちは本当にアピールするつもりがあるかい?」
改めて黒崎さんは俺以外の三人を見やった。
その眼光はとても鋭く、見定めるように。
見られていない俺にも、そのプレッシャーがに感じられる。
「私は……」
カナが小さな声を上げる。
黒崎さんの目がカナを捉え、彼の鋭い視線が彼女を見定めるように動く。
カナは緊張した様子で右手を胸の前で握り締めながら……ゆっくりと口を開いた。
「私は……音楽でみんなを笑顔にしたい、楽しんでもらいたい。悲しい時は元気になってほしい、勇気づけて欲しいと思って歌っています。今はまだ小さなライブハウスでに参加するのが限界ですけど、いつか、世界中の人を笑顔にするっ! そんな覚悟で私は音楽に向き合っています!」
カナの言葉には迷いがなかった。ロックバンドがこの世界であまり受け入れられていないことも知っている。
それでも彼女は音楽で人々を笑顔にする夢を追い続けているのだ。
その決意が、部室の空気を震わせるようだった。
「アタシだって!」
アキがすぐに声を上げた。彼女の声には、カナの言葉に後押しされた力強さがあった。
「最初はカナにくっついてただけだったけど、こうやって一緒にバンドを組んで今年はケイも入って、みんなで夢を叶えたい! ロックバンドなんて時代遅れだって言われるかもしれないけど、アタシはこの音楽が好きなの。仲間たちと一緒に夢を追いかける、このバンドで」
アキの目にも、情熱が輝いていた。
そしてもう一人――。
「……同じく、わたしたちの絆、みせてあげる」
ユリは静かに、だが確かな決意を込めて言葉を続けた。
三人の決意に続いて俺も口を開く。
「黒崎さん、見ていてください。俺だけじゃもの足りない、彼女たちも含めて『アフタヌーンパーティ』をL7プロダクションに迎えたいって思わせてやりますよ!」
俺たち四人の想いを聞き遂げ、黒崎さんはゆっくりと立ち上がった。
周りから『ロックバンドなんて時代遅れ』と言われても、俺たちはこの世界で自分たちの音楽を貫きたいと思っている。
「……本番、楽しみにしてるよ」
ニッと笑みを浮かべ、黒崎さんは振り返ることなく部室から去っていった。
……。
…………。
『こわかったーっ!』
三人の叫び声が部室内に響き渡る。緊張が解けた瞬間だった。
「あのプレッシャーヤバいよ、アタシちょっと漏れそうになったもん!」
ユリは冗談交じりに笑いながらも、本当に手に汗握っていた様子だ。
あと女の子が漏れそうとか言わないで欲しい。
「恐怖でお菓子が止まらない」
アキは手元の袋からマシュマロを次々と口に放り込んでいる。
緊張していたのは伝わるけど、お菓子が止まらないのはいつもの事だろう。
「大人の男の人って……あんなに圧出せるんだ」
カナは驚きを隠せない様子で、何度も深呼吸していた。
黒崎さんの一言一言が、彼女の胸に重くのしかかっていたのだろう。
よほど緊張していたのだろう、普段見られない彼女たちの様子に俺は苦笑してしまうのだった。
「芸能事務所の社長だし、色んな場数を踏んでるんだろうね」
「いやぁ~、アタシには無理だわぁ」
「これが……プロ」
「もぐもぐ」
部室に少しずつ明るい雰囲気が戻ってくる。緊張が解け、元の調子に戻っていく三人を見て俺も少し肩の力が抜ける。
「あ、そろそろ移動しようか」
カナが時間を見て移動の提案をする。
「みんな、がんばろうね」
俺がそう言うと、三人とも笑顔で頷いた。その笑顔には、さっきまでの不安が消え、代わりに強い決意が感じられた。
『今日のライブ……絶対に成功させて、みんなでプロになろう』
心の中でそう決意を新たにしながら、俺はメンバーと共に部室を後にした。
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