第46話『最強の軽音部員たち』


 さて、喫茶HeaLingの前回の振り返りです。

 

 突然現れた男のバイト、湧き上がる店内からのまるで高級ホストクラブのようなものへ発展、外は長蛇の列に取材陣が殺到。

 食材が底を尽きた事により店は臨時閉店、荒れる店内外に例のバイトが謝罪すると何故か称賛の嵐。

 明日以降どうすべきか対策を練った結果SNSで宣伝を行い、またも例のバイトが喋る内容の動画をSNSへアップしたことで世界中にバズってしまうという一種の社会現象となってしまった喫茶HeaLingだが、対策を打った結果どうなったかというと……。


「し、死ぬ……」

「僕もう腕上がらないよ……」

「明日が怖い……」

『……っ』←ウェイトレス三名息切れ。


 ダメだった。


 元々ランチ、ディナー以外では静かな時間が多い喫茶HeaLingなのだが、例の騒ぎが起きてからは終始混んでいる状態だ。

 俺の相手する時間が14時から17時とはいえ、それ以外では普通に働いている為その姿を見るだけでもというお客さんも居て結局閉店まで列が途切れなかった。

 一部のお客さんが居座ってるだけならただの迷惑行為で注意が出来るんだが、この人たち妙に連帯感が取れておりちゃんと注文をして食事をしたら席を立つという店的には大変すばらしいお客様なので、結果ただ店の回転率が良くなり忙しくなるだけであった。

 そして本来は少ないスタッフで回しているのだが今日は休憩も取る暇をなく次から次へと来店するお客さんを捌くので精一杯になり、さすがに倒れるということで急遽閉店となってしまった。


 つまりは人手が圧倒的に足りないというわけだ。


「義兄さん人手増やさないと……」

「そうした方がいいな……」

「みんなお疲れさまでした、三人ともお水どうぞ」

「ありがとう一ノ瀬君……」

「あ、ありが、とう……っ」

「し、死ぬかと思った……」


 三人へ水分を渡し自分も水分補給を。

 店の売り上げ的には大変すばらしい事なんだろうけど、この忙しさでは俺たちが持たない。


「しかし人手はほしいが……」

「どうやって集めるか、だよね。僕も恵斗しか誘えなかったわけだし」


 元々急遽人手が必要ということで俺へと声をかけられたわけで、問題はまさかの振出しに戻ってしまった。

 

「リン、他の友達に声を掛けなかったの?」

「昨日も言ったけど恵斗くらいしかいなかったからね」

「男子はそうだけど、クラスの女の子とかは?」

「……女子の連絡先なんて知らないよ、逆に恵斗は連絡先の交換してるの?」

「クラスメイト全員分知ってるよ」

「僕には真似出来ないなぁ」


 リンは困った顔でやれやれと両手を広げた。

 難しく考えずに普通に『連絡先交換しよう』と伝えるだけなんだけどな……。


 ――『連絡先教えてもらえるの!?』って驚かれていたような気もするけどひとまず置いておこう。


「春風さんと辻さんは?」

「私もダメだったよ~」

「お、同じくです……」


 二人もダメということだ。

 なら残るは俺か。


「じゃあ俺も誰かしら当たってみます、けどあんまり期待しないでくださいね」

「助かるよ、私も何かしら考えてみるから」

「はい、じゃあお疲れさまでしたー」


 挨拶をして喫茶店を後にする。


 さて、誰に声を掛けてみようかな……?



 ――翌日。


「というわけで今日からアルバイトに入ってくれることになった我が軽音部の皆さんです」

「日笠奏です」

「北大路由利、ケイのピンチに加勢するよ!」

「藤崎亜紀……、まかない多めで」


 パチパチと拍手の音が響く。


「やるね恵斗、昨日の今日でよく三人も連れてきたよ」

「俺も誰か乗ってくれればって思ったんだけど、まさか全員OKしてくれるとは思わなかったよ」


 あれから俺が始めに誘ったのが軽音部の三人だ。

 部活のグループチャットに『バイト先の人手がヤバいんですけど助けてください』と送ったら三人から協力を得られたというわけだ。


「私は新しいエフェクターが欲しかったから、丁度バイトしようと思ってたんだよ」

「アタシはなんとなく!」

「まかない目当て、ぶい」

「カナ先輩以外理由がひどい」


 相変わらずの個性的なメンバーすぎる。


「一ノ瀬君、そしてみなさん本当にありがとう。これで何とかなりそうだ」

「わゎ、大人の男性だ! ……格好いい?」

「ケイで見慣れてるわたしたちには物足りない」

「ユリもアキも失礼でしょ!」


 カナ先輩以外が自由すぎるけど大丈夫かな……?

 人選間違えたかなとちょっとだけ思ってしまった。


 というのは思い過ごしで……。


「3番店長オススメランチ入りましたー」

「お会計いってきまーす、アキ注文お願い」

「行ってきた、4番と5番ドリンク追加、グラスは回収済み」

「もう出来てる、これ2番によろしく!」

「はいよ~、ついでにカウンター片づけたよ」

「4番手上げてる、注文いってくる」


 すごい連携プレイ……。

 あっという間に注文とってきて片付けもしてと次々に仕事が終わる。


「スミレさん100円玉切れちゃったんだけど、金庫開け方教えて」

「はい、ええとこの鍵で……」

「スミレー、ダスター新しいのはどこから出せばいい?」

「え、えぇっと裏の引き出しに」


 春風さんは三人に仕事を教える役目があり活躍中。

 リンと店長夫婦はフロアが回っているのでキッチンに専念。


 さて、残った俺はというと……。


「ケイ邪魔、お客さんの所行って」

「はい……、お客様のお相手します……」


 アキ先輩から戦力外通告を受け初日と同じようにお客さんの相手をすることになった。


「俺だって頑張ってたのに……」

「天使様何も悪くないよ? ほら、これ食べて?」

「あむ……美味しい」

「……これもしかして間接キス? いや、これが私の初キッス!」

「天使様こっちもどう!? のど乾いてない!?」

「ごくごく……美味しい」

 

 何か別の騒動が発生したみたいだが、この時の俺は戦力外を受けた悲しみで特に気付いていなかった。



「ありがとうございましたー!」


 最後のお客さんが帰り扉のプレートを『CLOSE』へ。

 昨日と疲労度が全然違う。もちろん先輩方のおかげだ。


「いやぁみんなお疲れ様、無事乗り切れてよかったよ」

「昨日よりも余裕があるから渉さんが夕食を用意するつもりなんだけどみんなどう?」


 ということで営業の終わった店で夕食を頂けることになった。


「スミレさんて鹿船高なんだ?」

「うん、家から近くて……」

「アタシらも最初は鹿船に行こうとしたんだよな」

「記念受験したら受かっちゃったんだよね~」

「城神って記念で受かる所じゃない気がするんだけど……」

「私の後輩が言ってたんだけど去年の城神って特に倍率凄かったんだって?」

「あぁそれは……」

「もちろん」

「ケイのせい」

「一ノ瀬君の?」

「ケイは学校じゃ有名人だから」

「ウチではもう知らない人間がいないレベルだからな」

「同じ中学の子が大分追っかけてきたって話らしい~」

「すごいなぁ……」


 テーブル席では所謂女子会ともいえるような感じでとても賑わっていた。

 普段なら俺もそこへ混ざりに行くが……。


「おつかれ」

「……恵斗こっちでいいのかい? 同じ軽音部なんでしょ?」

「俺があっち行くと春風さんが喋り辛くなると思うからね、というわけでここで寂しく男子会をしようじゃないか」

「ふふっ、なんだよそれ、僕ら二人だけじゃないか」


 渉さん夫婦は明日の仕込みとやらでこの場にはいない、よってカウンター席でリンと二人で男子会というわけだ。

 

「僕は恵斗が羨ましいよ。どんどん女の子と仲良くなっていってさ、僕だって将来の事を考えると少しでも女の子と親交を深めなきゃいけないとは思ってるんだけどね」

「女の子が嫌いとかそういうんじゃないんだろ」

「そりゃあね、だからといって好き好んで話そうとも思えないし。今だって向こう側で一緒に食事しようとか思わないしね」

「なんとかしようと思ってるだけ立派だって、ゲーム友達に聞いたけど世の中には女の子に威張り散らすクソみたいな男だっているらしいぞ」

「あぁ、Dクラスの彼らはそんな感じらしいね、あまり評判も良くない。恵斗のこと『女に媚びる情けない奴』とか言ってたし、僕もアイツらは好きじゃないな」


 Dクラスってことは俺の成績次第でクラスメイトになってた可能性があるってことか、もしそうなってたらせっかくの学校生活が嫌になってそうだな。

 

 当時の俺、馬鹿で本当に良かったぞ。

 

「まぁ、そういう奴らも休み明けには学校から居なくなってるかもね」

「……どういうこと?」


 リンがふと真剣な表情へと移す。

 そしてスッと耳元で小さな声で。


『定期献精に向けての検査だよ、そろそろ通知が来ると思うけど城神の1年は毎年この時期らしい。この結果次第じゃ城神から居なくなるかもしれないし、恵斗だって例外じゃないよ』

「ええぇ――むぐっ」


 リンの話に思わず声が飛び出るが口を塞がれた。


「ケイどうしたの……?」

 

 大声にカナ先輩が反応したが俺が何でもないというと『ふふっ、へんなの』と笑い『ケイはいつも変だからな』『その通り』ともう二人が続く、めっちゃ失礼じゃん。


『まったく……声が大きいよ』

『ごめん、びっくりしちゃって。でも居なくなるかもしれないってのはどういうことなんだ?』


 

 ――定期献精。

 この世界の男には国へ定期的に精子を提出する義務がある。

 提出された精子を使って女性は子供を産むシステムになっている。現にうちの母さんもこれを使って姉さん、俺、芽美を産んでいる。

 このシステムがないと男女数が比例しない現代、あっというまに人口が崩壊してしまう。


『最初の検査で自分の精子にランクが付くらしいんだ』

『ランク? AとかBとかそんな感じ?』

『そう、その検査でランクが付かない、要は精子なしの×判定だね。子供を作れないってなるとその生徒は今後において見込みがないってことで城神から退を受けるらしいよ』

『た、退学?』

『あくまでも噂なんだけどね、先輩たち曰く毎年夏休みが終わったタイミングで、男子が学校から一人二人居なくなるって聞いてる。僕ら男の命運がもうすぐ決まるんだよ』

「……」

「恵斗?」


 


「う、うそだあぁーっ!?」


 本日二度目の大声を上げ再び俺は怒られるのであった。

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