第30話『まれちゃんとの婚約』


 電車で目的地である金立駅を目指す。

 理奈とのデートにも使った所だが、ここが一番の場所だろう。


 あまりに遠出しすぎるとお互いに疲れるし、いずれは彼女と旅行とか行くのも夢見てるけどさすがに今日はない。


 まれちゃんと旅行かぁ、旅館とかいいなぁ。

 そんで当然一緒の部屋に泊まるだろ、入浴後の彼女の浴衣姿は物凄く色っぽそうだ。


 もちろん夜は一緒の布団で……何も起きないはずがなく。


 いかんいかん、何を妄想してるんだか。

 そもそも初体験もまだだろうに。


 そういうのはまず初めに結ばれてだなぁ……。


 くだらない妄想は置いておいて今日の流れをシミュレーションする。


 予定としては一応映画を観に行こうと思っている。

 時間まで余裕があるから映画館のあるモール内でショッピングを楽しむのもいいだろう。


 そして見るのはもちろん恋愛映画だ。

 今テレビ話題となっている映画が偶然にも最近上映を始めたらしい。


 それに俺夢だったんだよ、恋愛映画を恋人と見るの。


 泣けても笑えてもどっちでもいいんだけどさ、恋愛映画を見てこう……彼女と『自分たちもこんな恋愛がしたいね』って想いを共有するっていいじゃん。


 彼女歴がない悲しい独身の夢だったけども。


 まぁ俺の夢は置いておいてだ、映画の内容は一応チェックしてるけれど彼女の反応を見てダメそうだったらまた別のプランがある。

 二の矢三の矢を考えておかなければな、失敗はしたくないし。


 そして最後はディナーをして今日のデートの締めになる、完璧だな。


 そういえば彼女に今日の流れを伝えていなかったな、早速伝えよう。


「まれちゃん」

「けーくん」

『今日なんだけど俺に(わたしに)任せてもらえない?』



『……え?』




 ――


 金立駅へと無事到着、今日も良く晴れていて絶好のデート日和である。


「まさか互いに同じこと考えているとは……」

「うん、びっくりした……」


 電車の中で互いに提案したことはデートの流れを任せてほしい。

 

 まぁこれに関してはまれちゃんの事だから考えてくると思ってた。

 友人二人も言ってたし、普通女の子が考えてくるって。


 それを知った上で俺も考えてきてるんだからいいんだよ、彼女も俺が考えてくることは理解してた。


 だから互いの考えてきた内容を話して良い所取りしようとしたのだ。


 そうしたらなんとびっくり、彼女も全く俺と同じこと考えていたんだから。


 さすがまれちゃんである。

 

 そういうわけで二人で目指すは映画館のあるショッピングモールだ。


 腕を組んで街を歩く、前回もそうだったが視線がやけに集まっている。

 足を止めている女性もちらほら。


 俗にいう『リア充爆発しろ』か、相変わらず気持ちの良い視線だ。

 

 みんなもっと見てくれ、俺の彼女(今度は本当)はこんなに可愛いんだぞ!


「りなちゃんの言った通り本当に勘違いしてる」

「え、なにが?」

「ふふっ、なんでもなーい」


 彼女は機嫌良く腕を組む力を込めた。

 腕に柔らかな感触が、あぁここが天国か。


 昇天しそうな勢いではあるが歩くのを止めずに目的地へ向かう。


 と、途中で一人の男性を六人の女性が囲みながら歩く集団が目に入った。


「あれってなんだ……?」

「あれはデートしてるんだよ」


 俺の疑問にまれちゃんが答えてくれる。

 

 え、デート? あれが?


 うーん……、横に並ぶ女性が一生懸命男性に話しかけてるけど、一方の彼は面白くなさそうな顔で彼女たちに顔も向けていない。


 あれ本当にデートか?


 あれじゃあまるで記者が議員にマイクを向けて質問を投げかけてるけど『ノーコメント』みたいな感じで突っぱねているみたいじゃないか。


 なんだか楽しくなさそうだ。


「あれが普通なんだよ」

「あんなデートが?」

「そう、あれで誰が一番エスコート上手だったか男性に評価してもらうの」

「へ、へぇ~……」


 ふと集団の後ろを歩く女性が足を止めて俺たちに目を向けた。


 視線に気づいたまれちゃんはぐっと俺の腕を抱きしめる力を強める。


 あぁ……当たってる、柔らかいモノが俺に押し付けられてる!


 昇天しそうな俺は置いて、見せつけられた女性は羨望の眼差しを向けたが、集団に置いて行かれそうになり慌てて後を追って視界から遠ざかっていった。


「どうだったけーくん?」


 今の感想?

 凄く気持ちよかったです。


「あれがデートなんだよ」

「あぁ……」


 そっちね。


 もちろん分かってたよ?

 分かってましたとも。


「……楽しくなさそうだね」

「そうだね、あれは楽しむデートじゃなくてアピールするためのデートなんだよ」


 男女比が傾いてるからこその競争だろうか、でもあれじゃあデートじゃなくてプレゼンみたいなものじゃないか。


 プレゼンし続ける女性も、それを聞き続ける男性もどっちも楽しくなさそうだ。


 デートってそういうモノじゃないだろう。


 やっぱりデートっていうのはこう……想ってる人との距離を詰められる大事なイベントじゃないか。

 デートって誘う方も誘われる方もこの先自分たちは進展するのかなっていうワクワクとドキドキがあるものだし。


 それを楽しむものだと俺は信じている。


「まれちゃん、俺とのデートは楽しいものにしようね」

「もちろん!」


 この世界の現実に染まらないように、俺は彼女を幸せにしたいと誓った。





 ―― 


 映画館へ向かう前に軽いショッピングを楽しむ。

 とはいってもこれから映画を観るので荷物になるような物は買えないので見て楽しむ程度だ。


 歩いてると途中アクセサリーショップが目に入った。


「けーくん、ここ入らない?」

「ん、いいよ」


 まれちゃんの誘いを断る理由もない、入店することにした。


「おぉ、すごい色んなのがあるんだなぁ」


 この世界どうしても女性が多いせいか女性向けの商品が基本的にたくさん置いてある。

 以前の雑貨屋然りだ。


 しかしこのショップは男向けと思われるようなカッコいいキーホルダーなんかが置いてあったりして見ていて楽しい。


 色々目移りする俺だったがまれちゃんには目的の品があったみたいで迷いなく進んでいく。


 やがてある商品の所へ。


「ペアリング……?」

「うん」


 こ、これはもしや、あの恋人がいる人間だけが装着を許されるという指輪というものなのでは!?


 懐かしいなぁ、夏休み終わりとか友人がこれ見よがしに指輪付けてたよ。

 アレは一種の自慢だと思ってる、正直心の底からうらやましかった。


 この指輪って言うのは一種のステータスだと思ってる。


 まさか……これを買うのか?


 恐る恐る彼女を見る、視線に気づいた彼女は困ったように笑いながら『だめ……かな?』と囁いた。


「買う買う、是非ともつけさせてくれ!」

「やったぁ! あ、これリングに名前を彫れるみたいだよ」

「ホントだ、どうせなら付けようか」


 二人で同じものを購入、名前を彫るのは時間が掛かるみたいで映画が終わった後に取りに行くことにした。


「えへへ、ずっとペアリング付けたいって思ってたんだぁ」


 嬉しそうな彼女を見てると俺も幸せになる。

 それに俺も憧れのペアリングを入手出来て同じく幸せだ。


「まれちゃん、他にもペアになるようなの買おうよ」

「うん、お揃いだね!」


 結局映画前に少し手荷物になるくらい彼女とお揃いの物を購入してしまうのだった。




 ――


「美味しかったねあのお店のディナー」

「うん、また一緒に行こうね」


 映画も終わり、その後で予約していたディナーも済ませて俺たちは地元の東葛地区へ帰ってきた。


 とっくに日は沈んでいて辺りは真っ暗だ。


 デートとしてはもう終わりの頃合だけど、なんだかもう少し彼女と一緒に居たかった。


「まれちゃん、少しゆっくり帰らない?」

「うん……わたしもまだ一緒に居たいな……」


 互いの手を握りながらいつもと違う帰路につく。

 

 そうだこの先は……。


「そこの公園で少し座ろうか」

「あっ……、そうだね」


 東葛公園、この間まれちゃんに初めて怒られたあの場所だ。


 そして俺が彼女と恋人になった場所でもある。


 二人で公園のベンチに座った。


「ふぅ……、まれちゃん寒くない」

「うん、大丈夫だよ」


 もう四月とはいえ日が沈めばそこそこ涼しくなる。

 女の子の中には寒いと感じる子もいることだろう。


「今日は楽しかったねまれちゃん」

「うん、映画も感動して泣いちゃったな」

「はは、まれちゃんエンドロールの時いっぱい泣いてたね」

「だってせっかく結ばれたのにヒロインが死んじゃったんだもん……」


 恋愛映画ではたまにある登場人物が亡くなる描写。

 女性客も多いせいか館内には鼻を啜る音が良く聞こえていた。


「りなちゃんにも見せてあげたいな」

「理奈ってこういう映画見るの?」

「りなちゃんは恋愛映画とか恋愛漫画大好きだよ、わたしもよく薦められるんだ」

「へぇ~、なんか意外だ」


 取り留めない会話で話が弾む。

 彼女といるのはやはり楽しい、この時間がいつまでも続けばいいのにな。


「けーくん、貰ってきたリング出してくれる?」

「あぁ、これ?」


 映画が終わってからショップへと取りに行ってからなんだかんだで付けていなかった。

 結婚指輪を彷彿させるようなしっかりとした箱に入っている。


 取り出したリングには俺の名前がアルファベットで刻まれている。


「……けーくんの名前が入った方をわたしが貰ってもいい……?」

「自分のじゃなくていいの?」

「うん、いつでもけーくんが傍にいるような気持ちになれるから、その代わりにわたしのを貰ってほしいな」

「そういうことなら」


 彼女の要望に応えて箱を渡そうとしたが……やめた。


「まれちゃん、左手を出してくれるかい?」

「う、うん……」


 言葉の意味が分かったのか、素直に従って左手を出してくれる。


「こんな馬鹿な俺だけどいつも一緒に居てくれてありがとう。早川希華さん君の事を心から愛してる。これから先いつまでも俺の隣を歩んでくれると嬉しい、受け取ってください」

「……はい」


 彼女の左手薬指へとリングを付ける。


「……わたしからも、一ノ瀬恵斗くん。あなたの事いつまでも愛し続けることを誓います。あなたの隣をこれからも、年を重ねても、いつまでも歩ませてください」

「……もちろんだよ」


 彼女からの言葉を受け取り左手薬指へとリングがはめられた。


 言葉もなく自然と彼女の瞳が閉じられる。

 もちろん意味も分かっている。


 彼女の肩を抱き、キスをした。


「……えへへ、婚約しちゃったね」

「そうだね、絶対に結婚しようまれちゃん」


 言葉を交わしてもう一度唇を重ねる。


 いつまでもいつまでもキスをしていたい。

 短い時間だけど幸せな気持ちに浸りながら今日一日を終えるのだった。




「ママ、今日は出張に行って家に誰もいないんだ」

「……それって」

「家、行こ?」


 まだまだ今夜は終わらなかった。

 

 その後の事は語るまい。

 結果だけを言えば……いつか俺が妄想した通りに幸せな一時だったってことだな。

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