第29話『まれちゃんに悩殺された日』


 いよいよこの日がやってきた。

 我ながら遠足前の子供のように今日を楽しみにしすぎていつもより早く起きてしまった。


 あまりにも興奮してるから落ち着かすために身体を動かしてシャワーも浴びたのだが全然落ち着かない。


 もう常に何かしてないてそわそわしてしまうくらいに挙動不審だった。。


 家の中をそわそわ動き回る俺に芽美が『兄さん今日変です……』と引いた顔をしてたのはちょっと傷ついた。

 

 普段通りならこの後はまれちゃんの家へ迎えに行くのだが今日は違う。


 理由はまれちゃんから『今日は駅に待ち合わせしよ』と言われたからだ。

 なんでも今日はいつもと違うところからスタートしたいという。


 これには俺も同意だったので意を唱えることなく従う事に。


 時間までまだまだ余裕もあるが以前までの俺ならもう家を出て彼女を待っていようと考えただろう。


 先週の理奈とのデートの時に早めに行って待っていた事を伝えたらそれは逆に相手に申し訳なくさせるから止めた方がいいよと家族からアドバイスを受けたのだ。


 あの時理奈が申し訳なさそうにしていたのはそういうことだったのだと、後日理奈に謝罪をしたのだが。


『あの時は本気で終わったって思ったけどけーと許してくれたし、けーとが先に待っててくれるのって普通ならダメなんだけど……何故か不思議と嬉しかったし』


 と語った理奈はとても可愛かった。


 とはいえだ、二度も同じミスはしない。

 今日は苦渋の決断により遅めに出て先にまれちゃんに着いてもらう事にしよう。


 そわそわと家の中を歩く。


 ――もう行ってもいいかな?

 ――まだ一分しか経ってないじゃん。


 この問答を心の中で何度も行っている。

 

 何度も腕時計を見直す俺をやっぱり芽美は『兄さん今日凄く変です……』と感想を漏らしショックを受ける。

 やがて姉さんが『……もう行ってくれば?』と苦笑することで意気揚々と俺は家を飛び出した。




 ――


 ウキウキで待ち合わせである東葛駅へと向かう。


 この日のデートに備えて服はアイロンをかけてきたし髪もだらしがないようにカットしてきたぞ。

 財布の中身も準備万端さ、俺は本気だ!


 俺とまれちゃんは付き合い立てでも何でもないがやはり今日のデートは特別だ。

 今日が彼女とのデート記念日になるのだからな。


 まるで前の世界でよく言われる恋人との付き合って何日記念日、初めて手を繋いだ記念日等のめんどくさい恋人ムーブをかましているがそれくらいに今日が楽しみなのだ。


 恋は盲目っていうからしょうがないよね。


 テンションマックスで挙句の果てにスキップまで披露しそうになるヤバい奴になりかけていたがふと視界の隅に知った顔を見つけた。


 ……なんで電柱に隠れてるんだろう、バレバレだし、こっちから見えてるし。


 あれで隠れてるつもりなのかはわからないが、見つけてしまったものは仕方ないので声を掛ける。


「そこに居るのは黒田さんだよね?」

「ひぃっ、見つかっちゃったぁっ」


 電柱の柱に隠れていたのは昨年までの元クラスメイト黒田歩美くろだあゆみさんだった。


「黒田さん久しぶりだね、元気だった?」

「う、うん……プリ……一ノ瀬君も元気?」


 プリ? プリンか何かかな?

 何かが繋がりそうな気がする、クラスメイトの呼び方に通じる何かが……。


 勘が冴えてるのかないのか全くわからないがひとまず置いておこう。


「俺は相変わらずだよ、まだ卒業してからひと月も経たないけど何かもう懐かしい感じがするね」

「そ、そうだね……あはは」


 何だろう黒田さん体調でも悪いのかな、妙にバツが悪そうにしてるけれど。


「黒田さん大丈夫? 何か具合悪そうだけど……また過呼吸?」

「いえいえ! もうアレは一ノ瀬君とのツーショット写真のおかげで毎日捗ってるから何とか大丈夫です!」


 捗ってるとはいったいなんだ。

 よくわからないが触れたらダメそうな気もする。


 何故彼女の過呼吸を心配するのかというと以前に過呼吸で倒れたことがあるからだ。

 あの時はいつも早く来る彼女がたまたま遅刻してどうしたんだろうと思ったけど、その時に急いできたからそれで過呼吸になってしまったのだろう。

 

 ……でもあの時女の子が倒れたから心配で真っ先に駆け寄って『大丈夫黒田さん!?』と手を握ったらパッと過呼吸が収まったんだよな。

 過呼吸というのはそういうものなのだろうか。


 そういう事もあって彼女の事はよく印象に残っている。


「じゃ、邪魔しちゃってごめんね! 今日早川さんとデートなのに」

「え、何でそれ知ってるの?」

「ひいぃっ!? やっちゃったぁっ!?」


 疑問には思ったがA組にも元クラスメイトがいるしまれちゃんが話してそこから伝わったのかな。

 女の子の繋がりは太く深いって言うからね。


 しかしまぁさっきから様子が変だな黒田さん。

 前は他の女の子と同じように普通に喋ってくれてたんだけどな。


 高校生活辛いのかな?


 心配になりつつあったが彼女の顔が『これ以上はマズい』といった表情に変化し。


「ご、ごめんね私もう行くから!!」

「あ、うん……はやっ」


 あっという間に遠ざかっていった。

 遅刻したあの時もアレぐらいの勢いで走ってきたから過呼吸起こしたんだろうか。

 

 という奇妙な再会がありつつも目的は変わらず無事東葛駅へ着いた。


 黒田さんとの再会で時間がそれなりに経ったのでそろそろ良い頃合だろう。

 さてまれちゃんはどこかな……?


 すると柔らかな手が俺の視界を覆う。


「だーれだ?」


 ふふふっ、前と同じやつか。

 もう間違えんぞ!


 俺は二度も同じ過ちを犯さない!!


「決まってるじゃないか、愛する俺のまれちゃんさ」

「残念でしたー、正解は『けーくんだけを愛してる愛しのまれちゃん』でーす」


 ああぁぁーーっ!?


 またやってしまった。

 もう少し考えろよ俺、まれちゃんへの想いは日々増築されているんだぞ、同じ答えなわけがあるか。


「ま、まれちゃんもう一回……」


 もう一回答えさせてくれ、以前と同じ手を使おうとした俺だったが彼女の姿を見て言葉が止まる。


 彼女の特徴でもあるプラチナブロンドを基調とした普段のヘアーはもちろんだが、セミロングでおろしている普段の髪を後ろでまとめポニーテール風になっており。

 服装は美しい髪を際立たせるように黒めの洋服で余計に輝きが増しているというかなんというか。


 言葉が出てこない。


 な、何て言えばいいんだ?

 まれちゃんが眩しくて言葉が出てこねぇよ。


 この子本当に人間か?

 人間界に舞い降りた妖精かなにかじゃないのか?


「どう、かな……?」


 少し照れながら、それでいて上目遣いでこっちを覗き見るのは反則だろう。


 なんとか脳をフル動員させて必死に言葉を絞り出す。


「いつもいつも可愛いと思ってるけど、まれちゃんはどこまでも可愛くなるね。こんなに可愛い子とお出かけできるなんて俺は幸せ者だよ」

「ふふっ、ありがとけーくん。わたしもこんなにカッコいい彼氏と一緒に歩けるなんて幸せだよ」


 そっと俺の胸に手を当て寄り掛かりながら彼女は言葉を続ける。


「すんすん、けーくんの匂いがする……ふふっ」


 今日の彼女は……なんだ?

 いつも魅力的だが今日は格段とレベルが上がってるぞ?


 恋したての初心な男子高校生ばりに身体が緊張して動かない。

 そんな俺を彼女は不思議そうに見つめて。


「ぎゅって……してくれないの?」


『上目遣い+おねだり=最強』


 はい公式出来ましたよ、ちゃんと覚えておこうね。


 おふざけは置いておいてしどろもどろになりながら彼女を抱きしめる。

『んっ』と色っぽい息遣いが漏れて心臓がバクバクになる。


 けれど彼女は満足していないようで。


「……ちゅーは?」


 寂しそうな目で見上げる彼女に動悸が止まらない。


 なんだ……マジでどうなってしまったんだ俺。

 いつもやってることじゃないか。


 会って抱きしめてキスして、彼女をいつものように可愛いと褒める。

 こんなのいつものことじゃないか。


 なのに全然言葉が出てこないし身体も動かない。


「……んっ」

「むっ」


 抱きしめたまま硬直した俺の唇に柔らかなモノがあたる。

 

 彼女が俺にキスをしたのだ。


「えへへ、今日は口にちゅーしちゃった」

「~~っ!!」


 きっと今の俺の顔はゆでだこばりに真っ赤だろう。

 

 天使のように微笑む彼女から目が離せない。


「ま、まれちゃん今日はいったいどうしたんだい……?」


 恐る恐る尋ねる。

 明らかにいつもとは違う雰囲気の彼女に戸惑いを隠せない。


 訊かれた彼女は少し迷いながらも困ったように微笑んだ。


「先週ね、りなちゃんとここで待ち合わせしてる所わたし見てたんだ」

「えぇっ!?」


 全然気づかなかった……。

 あの時は理奈に夢中で周りを気にする余裕なかったし……。


「えぇとね、監視とかそういうのじゃないんだよ? りなちゃんデートに着るお洋服も持ってなかったしメイクの仕方も知らなかったから心配で心配で……」


 り、理奈ぁ……。

 お前そんなんだったのか、それなのに……。


 あんなに可愛く変身したのか。

 恋する女の子ってすげぇ。


「あの時のけーくんとりなちゃん凄く初々しくて見てるわたしも微笑ましかったんだ。それでけーくんはわたしが同じようにいつもと違うところ見せたらどんな反応するかなって思いついちゃったの」

「そ、それは……」


 見事に策にハマりました。

 えぇもうハマって溺れかけましたよ。


 けれど彼女の話はそれで終わらなくて。


「正直言うとね、わたしも緊張してたんだ。だって初めてけーくんとこうしてお出かけできるんだもの」


 恥ずかしそうに前で手を組んで下を向いている。

 気付かなかったが彼女も頬が赤くなっている。


「ずっと夢見てたの、けーくんとデートするの。大好きなけーくんと腕を組んで色んな所回って、一緒にご飯食べたりして、綺麗な景色の所に行ったりして……ずっと夢見てたんだ」

「まれちゃん……」

「やっと叶うんだもん、わたしの夢が。今日をずっと楽しみにしてていつもより全然寝れなくて朝からママに『今日の希華はおかしいわね』って言われちゃった。駅に着いてからもはやくけーくん来ないかなってワクワクしながら待ってたの、それでねけーくんの顔見たらすっごく舞い上がっちゃって……」


 語る彼女は苦笑いしながらようやくこっちを向いてくれた。


「ごめんね? 変なところみせちゃったよね?」

「そ、そんなことない!」


 落ち込みつつある彼女を見ていられないくて少し声を荒げてしまう。


「逆に俺なんかタジタジで何も言葉が出なくて男らしくない所ばかり見せてたよ」

「そ、そんなことないよ。けーくんはいつものようにカッコいいし」

「いーや、今日の一番はまれちゃんさ! いつものおろしてる髪型じゃなくてポニーにしてるのは新鮮で似合ってるし、その洋服もまれちゃんに似合っててとっても可愛いよ! 俺本当にここにいるのは妖精かなって思っちゃったんだから」

「も、もうけーくんたら……」


 今度は彼女が照れてしまった、よしお返しだ。


 彼女の唇へそっとキスをする、さっきのまれちゃんと同じように。


「~~っ!!」

「今日もたくさんキスしようねまれちゃん」

「う、うん……」


 彼女の手を握り締め改札へと向かう。


 さぁデートはこれからだ。


 ――そういえば初めての時と違って周りが凄く静かに感じたな。


 やっぱりこれまでの二人での努力の成果なのかもう見慣れた光景になったのだろうか。


 この疑問の答えに俺が辿り着くことはなかった。 

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