【 第七話: 彼のプレゼント 】


「な、何だ、お前! は、早かったじゃないか……! どうして、帰って来たんだ……!」


 彼は、思いがけない一言を私に言った。

 数時間前まで、あんなにやさしかった夫が……。


「こ、ここは、私のお家よ……。私たちの愛の巣……。私たちだけの愛の巣だったわよね……」


 彼は頭を抱えながら、何か考え込んでいる様子。


「バレたんなら、仕方ない……。こんな時に、部屋へ入ってくるお前の感覚が信じられない……。もううんざりだ。出てってくれ。お前とは今すぐ別れる」


(別れる……!?)


 体がその言葉に反応する……。


「どうして……。ここは、私たちの愛の巣だったんじゃないの……?」


 私は涙声で、彼に言う。

 彼は裸のまま、隣で成り行きを見守る彼女から、離れようとはしない。


「お前がもし、浮気を許してくれるんなら、別れない。しかし、許さないんだったら、もう別れてくれ。慰謝料でも何でも払う。裁判にしたいんなら、こちらもお前を負かす自信はある」


 その彼の言葉に、何か私の心の中のリミッターが外れる音がした……。




 ――それからのことは、あまりよく憶えていない……。


 どうして、今、私の目の前にふたりの男女が、ベッドの上で血まみれになり、横たわっているのか……。


 私は寝室の床に、ぺタッと座り込んで、涙を流しながら、そのふたりの光景を呆然と眺めている。


 私の左手には、キッチンから持ってきた、彼のプレゼントしてくれたものが、ふたりの体液に混ざり合い薔薇色に染まっていた。


「誠一さん……、ありがとう……。本当に、これ切れ味がとてもいいわね……」



 さっきまで真っ白だったベッドのシーツは、どんどん真紅に染まり、その範囲を徐々に広げていった……。



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