義務と責任と恨みと - 社会人博士の逆襲 -
@azuyacchi
序章 感謝と逆襲に生きる男
2022年1月、大阪府東部の山間部にあるアパートの一室。
あまりにも静かな部屋の中で、男は一人思いにふけっていた。
この男の名は、浅田祐樹。まもなく47歳。とある大学の工学部で准教授として働いている。
浅田は、若い頃に大学院から直接研究者の道を進んだ訳ではなかった。自動車メーカーで18年間勤務した後、故郷がある北東北の高等専門学校の機械工学科で4年間勤務していた。
しかし、この高等専門学校で働いている4年間は、浅田にとって波乱だらけであった。一番大きかったのは、前職の自動車メーカー時代と比べて年収200万円以上の減収と残業代ゼロ、賞与4.5か月の現実。更に、神奈川の自宅に住まわせている漫画家の妻の両目が網膜剥離にかかり、漫画を描く仕事が出来なくなった。その上、一人息子が重度の発達障害と不登校を抱え、発達障碍児を受け入れる私立高校しか進学の道が無くなったため、家族を支えるために必要な生活費の工面で700万円以上の借金を負うことになったこと。そして、学生指導で女子学生から二度もハラスメントと訴えられて、二度の懲戒処分を受けて賞与は激減し、その上学校の離れにある建物の2階で一年間も軟禁状態にさせられた中で業務を続けさせられた。このような過剰な制裁内容に学校の上層部と書面上で争い続け、現職への転職が決定した瞬間に責任を取るという名目で自主退職を宣言した。
借金は大きく増えた、世帯収入は大きく目減りした。心は命を捨てたいと考える状態まで壊された。踏んだり蹴ったりな4年間だった。
浅田の人生は、感謝と恨みが折り重なる、まるでミルフィーユのような人生であった。一つ年上の同性から性的被害を受けた小学校時代。暴力行為を受け続けた中学校時代。自営業の父親から逃げるために受験勉強を頑張った高校時代。母親の離婚と再婚に内心翻弄させられた大学時代。その合間には、素の自分を受け入れてくれる大学時代の仲間達との出会いへの感謝があった。大学院での研究活動をとおして、人生の分岐点につながる研究経験が出来た。
浅田は、義理と人情に固い性格である。そして、一度受けた恨みは絶対に忘れない性格でもある。浅田が心を壊してしまい、一度は絶命を覚悟した高等専門学校での4年間。今こそ逆襲する時と考えていた。
今、浅田はこう考えていた。
「高専は所詮有能な子どもの青田刈りカリキュラム。決して大学にはなれない。そんな教育機関は、この日本には要らない。自分が高専を潰す力になれるなら、高専の現実や事実を全て話そう。これ以上、自分と同じような被害者を生み出さないために。」
「そして、自分と同じように産業界で社会人を経験した人間が大学の教員になるために、どのような道のりを経て、人生がどのように変化するかを示したい。」
浅田の、感謝と逆襲が始まろうとしていた。
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