死合い
龍───それは誰もが知る、生態系の完成体とも言うべき存在であり、人類では太刀打ち不可能なほど強大で不可侵な生き物だ。
あまりにも強大なためか、龍が舞い降りた場所は全て、この世の地獄を煮詰めた暗い炎の焦土と化すと言い伝えられている。故に目撃者は塵一つ赦されないまま、龍の焔に妬かれることとなるのだ。
そう、それはまるで増えすぎた人間の数を減らすように。膨大に存在する人間を焔一つで死滅させるその様は、まさに生態系を律する王者と言うべきだろう。
そしてかの王者は、全身に魔力が巡りわたっている。つまり、咆哮や
そのお陰で目撃者───生存者が限りなく零に等しいため、本当に龍という生き物は存在しているのか、と疑われるほどである。だが、確かに“居る”のだ。
それ故古来から龍は滅亡や吉兆の予兆として描かれていた。
(やがてそれが時が経つごとに変化していき、今では災いの化身として、描くことすら禁じている国すら存在しているのだ・・・か)
「・・・ふむ、だからプロメシア王国じゃ龍の紋章を持っていたら国外追放されちゃうのか・・・」
己が本来奴隷という立場なら知り得ないだろう情報を知っているのは、現在サリスの書斎にて、龍に関する書物を読み漁っているからだ。
しかし殆どの書物は似たようなモノばかりで、御伽や伝承を元にした推測や考察の域を出ない考えのモノが多数を占めている。
「けどその点この書物は、かなり龍についての説明が詳しいし分かり易くていいなぁ・・・著者は───
(聞いたこともない名前だ・・・まぁ、僕が浅学なだけだろうけど)
忘れないようにと、頭の中で
そうすれば、まるで最初から知っていたことかのように、自分の記憶と自然に馴染むのだ。
そもそも忘れてはいけないが、己に流れているこの龍の血は、貧弱か己でもそこらの傭兵にすら勝ててしまうであろう力が籠められている。
この書物だって、己の握り拳程の厚さがあるにも関わらず、一度
(うぅむ、己の身体ながら本当に恐ろしく感じるよ・・・)
こうして龍の血が流れていることを改めて実感し、龍という生命体の凄まじさを体感したところで、
───コンコン。
書斎の扉が鳴る。
暫くすると、銀光を反射させる長剣を肩に担いだ師匠が扉を開け、書斎へと勢い良く入ってきた。
「おはよう弟子君!今日はあいにくの曇り空だけど、君が書斎に籠ってから既に太陽が三回ほど顔を出してるから、恐らくもう龍に関しての知識はある程度備わったんじゃないかい?」
開口一番に口にするのは、己に備わる龍についての知識のこと。
師匠が修行や手合わせよりもまず最初に龍の生態を己の頭に記憶させたのは、少しでも己が龍に対しての知識を多く埋め込むことで、扱いやすくするためだろう。
「頃合いだろうし、そろそろ修行を始めようと思うんだけど・・・試してみるかい?」
(籠りっきりであまり意識していなかったけど、己が師匠の元に弟子入りしてもうに三日が経つのか・・・)
弟子入りを志願してからいきなり書斎で龍について勉強をさせられる事となったわけだが、そのお陰でかなり龍に関する知識を深められたと思う。
そう考えると、3日という己に与えられた時間は、それ以上に価値有るものとなった。
だがしかし、実践しなければ意味がない。
「───よろしく、お願いします」
「よし!じゃあ訓練場所まで案内するから、着いてきてくれ。それと、この剣は渡しておくよ?」
「え?あ、ちょっ・・・」
と言い渡されたのは、先程サリスが担いでいた業物らしき、銀色の長剣。あまりに唐突なことで危うく剣を落としかけたが、急いでサリスの後を追い───そして気付いた。
背丈は十三となる己と変わらない筈なのに、何処か大きく頼り概のある出で立ち。
浅学な身であるためサリスという名に聞き覚えはないが、その実力は折り紙付き。
龍という
それを今日は身に染みて体に叩き込まれるだろう。
一瞬、体をバラバラにされた己の姿を思い浮かべ、身を引き締めた。
────☆
「長々と歩かせてごめんね。ここが、今日から君が訓練を受ける場所さ」
「───えっと、師匠。ここは・・・只の中庭に見えるのですが・・・」
十分程かけて彼女から案内されたのは、色とりどりの花が鮮やかに彩る中庭だった。
その周りには中庭を囲むように、屋敷?館?が聳えている。しかし完全に囲まれている訳ではなく、所々に出口があり、そこから外の景色が覗くことが出来た。
広さとしては、龍の因子が混じる前の己ならば全力で走れば六~七秒程で端の壁から端の壁までたどり着ける程度ではないだろうか。
(・・・薄々分かってたけど、やっぱり周りは森になってるのか。ということは、少なくともプロメシア王国からだいぶ離れた位置に建ってるんのかな・・・?)
鬱蒼と生い茂る木々から現在地を軽く推測しつつ、想像していたのと違う訓練場所に少し戸惑う。
「まぁ、中庭だしね」
「・・・こんな場所で訓練できるのでしょうか?」
想像するのは、倒壊した建物の姿。
明らかに訓練場所に向いているようなところではない。
しかしサリスは己の発言は予想していたようで、フッ、とまるで馬鹿にしたように笑うと口を開いた。
「君は分かってないねぇ・・・確かに訓練場所としては狭いかもしれない。でもね?力を扱うっていうのは完全に扱いきれないと駄目なんだ」
そう言うとサリスは、いきなり手を────「ッ!?」
「ほら、こんな風に」
目を見張る。
───見えなかった。己の強化された視覚でも、近付いてきたことすら分からなかった。
(・・・い、いや、それよりも)
───ギリギリ。
薄皮一枚ほどの間隔で、彼女の手刀が己の首に突き出されていた。
「力を抑え、限定的に振るう・・・それが君の課題かな」
そう言って、ゆっくりと首筋に向けた手刀を下げるサリス。たった目の前で見せられた絶技に、己は思わず身震いをする。
「・・・は、はい・・・」
一体どれ程の鍛練をすればあのように自分の身体を扱いきれるのだろうか。空返事になってしまう自分の声と共に、己の疑念は深まった。
果たして、本当に己に出来るのだろうか?───いや、やるしかないのだろう。
もう、諦めてばかりの己に戻るわけにはいかないのだ。
「だけどまぁ、確かに自分の力がどの程度のモノなのか把握はしておくべきだよね?」
「まぁ、確かにそうですが・・・」
「んー、分かったよ。じゃあ、全力の弟子くんの力を見るためにお手合せ願おうか」
(・・・己の、全力)
もしかすれば、ある程度龍の力が馴染んできた今なら
そうやって己を奮い立たせた。
(弱い自分は終わりだ。胸を借りるつもりでいこう)
「よし、なら───全力で掛かっておいで」
深く腰を落とし、拳を構えた臨戦態勢を取ったサリス。その周囲は、サリスから発せられているのか、オーラのようなモノがユラユラと揺らめいていた。
それに合わせ、拙いながら己も先程渡された銀光の長剣を構える。
圧倒的な格上。
無論、そんなことは分かっている。
英雄という天才が永い時の中で練り上げてきた戦いの技術に、たかが十数年しか生きていないような戦いの技術も知らない小僧である己が、勝てるわけがない。
これは卑下でも謙遜でもなく、客観的な評価だ。
だがしかし、だからこそ全力で───サリスに挑む。
いや、勝利を狙う。
(だけどまぁ、容易じゃないよね)
何せ元より勝ち目はないのだから、勝利を狙うのなら奇跡が起きるのを信じるか。
(隙が出来たら、すぐに攻撃に移ろう───だから焦るな。サリスを良く観察しろ)
もしくは、奇をてらうしかないだろう。
(焦るな・・・焦ったら駄目だ)
目を凝らし、息を整え、攻撃のタイミングを伺う。
───まだ。
冷たい風が頬を擽る。
────まだだ。
呼吸すら忘れて、草木が揺れる音も頭に入らない。
─────今だッ!
今僅かに、サリスの視線が下にずれた。
そんな僅かな隙。
しかし今勇気を出して踏み込まなければ、次はいつ隙を見せるかわからない。
(ならここだ、ここしかない!)
お陰で踏みしめた地面が割れ、蜘蛛の巣状に広がっていくのがわかる。
(流石龍の力だ。でも、もっと引き出せるはず・・・いや、引き出さなければ駄目だ!)
風を追い越し、その勢いのまま己の振るう銀光が眩く光を反射させ、意識を持ったかのようにサリスの首へ肉薄する。
剣の達人と呼ばれる人間からすれば、己の剣戟はきっと大したものではないだろう。精々、身体能力にものを言わせたパワープレイと言ったところだろうか。
だが、それでもいい。この銀光の切っ先が頸に届くなら。
渾身の力を込め、風を切り、暴力的なまでの力を全てこの銀光に捧げる。
「・・・え?」
だがそれでも───傷をつけることは敵わなかった。
今先程まで、己の振るう長剣の刃の先には彼女の頸があった。
(ッ!?き、消えた・・・?)
しかし振るう銀光の猛威は途絶え、ついに己の眼前から刹那の間に消えたサリスの首を捉えることはなかった。
おかしい。あまりにもおかしい。
一瞬で動いたのなら、もしかしたら己の目で捉えられていたかもしれない。
しかしそうではないのだ。
彼女は己の銀光から逃れた。まるで最初からいなかったように消えたお陰で。
(どういうことだ・・・?)
そのあまりの異常さに、一瞬だけ警戒が緩んでしまう。
それが己の失態だった。
「隙あり」
耳元から聞こえてきた声と共に、襲い来る強烈な悪寒。
(───ッ!?)
己は幸か不幸か、生存本能のままに背後へ再び銀光を振るう。
───瞬間、鋼と鋼のような固さの拳がぶつかり合う軋る音が、周囲を支配した。そのあまりの衝突の激しさに剣は瞬く間に摩耗し、熱を帯びて、煙を吐き出しながら溶けていく。
だがサリスもそれで止める筈がなく、続々と迅雷の如き早さで連撃を繰り出していく。その一つ一つが、己にとって致命を受けかねないほどに鋭く、そして強力な打撃。
今己と彼女の間にあるのは、切り結ぶ残光の煌めきだけ。
一合い、二合いと目で追い、攻撃を反らすように剣を這わせていく。
その行程の中で、もはや折れないのが不思議なほど剣は原型を留めていなかった。
「ふぅん・・・良く防いだねぇ!」
「なん・・・で、そん、なに・・・固いんです、かっ!?」
それに加え、幾分か余裕そうなサリスに比べて、己は余裕がない。
このままでは押しきられてジリ貧だろう。
───ならやるしかない、今ここでッ!
「・・・ん?君、また眼が・・・ってもしかして!?」
龍の力を持ってしても、サリスと打ち合う度にミシミシと悲鳴をあげる腕に再び喝を入れ、そして───。
「ハァ”ァ”ァ”ッ!!!」
体内の軋む筋肉を無理矢理酷使し、全身全霊の『咆哮』をあげる───ッ!
ビリビリと大気が振動する程の咆哮はやがて衝撃波をとなり、地面を抉りながらサリスを吹き飛ばす。
剣を当てるつもりなど更々なかった。
ずっと、ずっとずっと───師匠が油断する隙を、咆哮を逃れられない距離にまで近づき・・・そして、放つ。
サリスは恐ろしいスピードで中庭を囲む館に激突し、舞い上がった砂塵がその姿を掻き消した。
あぁ、最初から“これ”が狙いだった。
練習なしで出来るとは思ってはいなかったが、しかし己は出来ることに賭け・・・そして賭けに勝った。
お陰で見事あのサリスでも予想がつかない方法で意表を突くことが出来たのだ。
───そう、思っていた。
己は甘くみていたのかもしれない。英雄という存在を。
「いやぁ、参ったなぁ。まさか一撃入れられるなんて・・・ちょっと舐めてたよ」
そう言って舞い上がる土煙を掻き分け現れるのは、咆哮で吹き飛んだ筈の“サリス”だ。艶やかな格好は変わらず綺麗なままで、砂煙どころか埃一つ付いていない。
・・・いや、露出されている皮膚にすら、怪我という怪我は見当たらない。
あれだけの衝撃波を至近距離で喰らったのにも関わらず、だ。
「幾らなんでも・・・で、出鱈目過ぎますって・・・」
「フフッ、確かに。ボクが只の強い騎士なら今の一撃で死んでたかもね?」
───只の強い騎士なら?
「どういう、意味ですか?」
思わず聞き返す。
真意を掴めないサリスの発言に何処か・・・何か重大なもノを逃しているような気がして。
己がとんでもない思い違いをしているような気がして。
「おいおい、察しが悪いなぁ君は───いったい誰がいつ、ボクが剣士だと言ったんだい?───『
そう言うなり彼女は腕を広げ・・・刹那、膨大な量の魔力が、まるで引くことを知らないように彼女の体から際限なく溢れる。
『ソレ』から形作られるのは、雷光を帯びた黄金の槍。バチバチと反発し合うように静電気が、割れた地面を焦がしていく。それが数百と、己の咆哮の影響で消えた雲から覗く青空に浮かぶ。
そして気付いた。
風を越える速度で動くのなら、雷で。
拙い銀光を操るなら、黄金で。
つまり、これは己がサリスにしていた攻撃による“師匠”の意趣返しだ、と悟る。
(嗚呼、何て意地悪な人なんだ・・・)
誰であろうと、心の中でそう愚痴を言ってしまうのも仕方ないと、言うだろう。
そのレベルで、あのヴァジュラ?とやらは危険だ。一本だけで、龍の血によって得た己の危機感知能力が、けたたましく警報をあげるのを感じる。
そして、それが約数百。
(まさかこんか短い期間に、理不尽に二度も殺されそうになるなんて・・・己はやっぱりついてない)
しかし、一度目と違うのは一つ。
───力だけは、今己の血にこうして脈動している。己が力を求める度、呼応するように更なる力を与えてくれる。
ならばするべきことは一つ。
英雄はきっと諦めない。なら己が諦めて、どうして英雄と呼ばれようか?
(答えは否。己に出来ることは、精々理不尽の中で足掻くこと)
だがしかし、その足掻きによって公明の光が見えるかもしれない。
だから───もう一度あの“咆哮”を。
「へぇ、これを見てもまだ諦めないのか───それにその『緋色の眼』・・・いいねぇ!ゾクゾクしてきたよォ!」
何処か狂気を孕んだような声と共に黄金の槍が飛来する。龍の因子によって強化されたこの眼のお陰で、かなりゆっくりに見えているが、それも時間の問題。
眩い程に視界を染め上げる黄金を迎え撃つように、大きく息を吸い────放つッ!
「カ”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!!」
満を持して放たれた咆哮の威力は推して測るべしと言ったところか。その余波だけで窓が割れ、天空に僅かに残った雲が跡形もなく消え去る。
そんな馬鹿げた威力の咆哮は黄金と真正面からぶつかり───呑み込んだ。
(よし!やっ・・・ぐぅ!?)
己の全身全霊で、何とか打ち勝てた。達成感と安心感で心が満たされ、気が抜けた。
その瞬間に己の体に異変が起きる。
「ぐぁぁぁぁっ!?」
ビキビキと頭を内側から食い破るように生えるナニカの感覚と、腰からまた別のナニカが生える不快感が己を襲う。
その感覚から逃れたい一心で、地面にのたうち叫ぶが、やはり消えない。
消えない。
消えない。
指と爪が強靭になってゆくのを感じる。
不快感が増す。
そして───世界が反転───して───。
英雄に成りたいと夢を抱く童の御伽噺~緋色の英で覇出たる者~ 羽消しゴム @rutoruto
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