英雄に成りたいと夢を抱く童の御伽噺~緋色の英で覇出たる者~

羽消しゴム

プロローグ

胡蝶之夢

「デスタールヴ少将“殿”!少々ご報告がございます!」


戦の昂り故か、喧騒広がる夜に目的の人物がいるのだろう純白のテントに呼び掛けるのは、ファルミナ聖公国の聖騎士の証である聖銀鉄ミスリル製の剣を帯剣した兵士だ。


質の高い装備と、他の国の将軍と同等レベルの肉体の完成度を誇るその姿は、まさに聖騎士と呼ぶに相応しい。


「なんだ、制圧がすんだか?それともまさか、おめおめと逃げ帰ってきたという訳でもあるまい。手短に言え」


暫くして、“戦時”とは思えない程の綺麗さを保った純白のテントの中からぬらりと現れたのは、先程の兵士よりも数段上の質の装備を身に纏い、威風堂々とした様子で人一人はあろうかという大剣を軽々と背負う大男だった。


彼の名は”ドゥルム=デスタールヴ“。


聖公国では闘神の神子や、化身そのモノだと謳われる───まさしく、英雄と呼ばれる存在だ。


そんな男から溢れ出る英雄の覇気に少し気圧されつつも、兵士は二の句を告げる。


「は、はっ!先程伝達役の兵から、たった一人の敵国の兵士により、我々の第二、第三拠点が悉く潰されしまったとの報告がありました。それ故すぐに援護に向かわせたのですが、それも未だ帰って来ておりません・・・」


「・・・なに?それは誠か?」


兵からの信じられないような報告の内容を聞き、思わず聞き返すデスタールヴ。


「はっ!私は嘘偽りなくお伝えしている所存でございます!」


だが当然帰ってくる答えは、今の信じがたい話が真実であるという兵の肯定だけだ。

普段なら嘲笑とともに偽言を吐くなと切り捨てていたところだが、今は戦時中。作戦の無用な混乱を招くような無能を配置するほど、デスタールヴ含める聖公国は、戦争を舐めてはいない。


だが、だからこそやはり信じられないと脳が否定していた。


先程まで聖公国側が圧倒的に優位だった。だが今はどうだ。


たった一人の人物によって、戦況が変えられている。


そのような事は、豪快無欠の英雄と称されるである彼でさえも、不可能な所業だった。


「そうか・・・姿は分かっているか?」


「はっ!闇に紛れる黒装束の衣を纏った、男とも女ともつかない容姿をしている人物とのことです!武器は剣と刀と呼ばれる東洋の武器を用いているとありました!」


「ほう、近接攻撃を主体にしているのか・・・ふむ、分かった。私自ら出向こう。お前もさっさと準備をすると良い」


「はっ!了解致しました!」


そう目の前の兵士に告げ、少し慌てたような足取りで純白のテントの中へ戻ろうと踵を返す。


───が、ここでデスタールヴは異変に気がついた。


おかしい、静かすぎる。


先程は話に夢中になっていて気付けなかったが、やけに静かすぎるのだ。


テントの中を覗く。


そこは何時もならば、テントの外観と同じ純白で彩られている筈だった。


だが───


「なんだ・・・この血溜まりは・・・」


デスタールヴの見つめる先には、純白のテントとは対照的な『赤色』が、おびただしく広がっていた。


しかもよく目を凝らせば、それはテントの中を守っていた護衛のモノ血液だと解った。いや、理解せざるを得なかった。


なぜなら血と混じった肉塊が、ぺしゃんこに潰れている聖騎士の鎧から溢れていたからだ。


「・・・悪魔め」


明らかに人間のする所業ではない。

一体どのようにすれば、ああも体がぐちゃぐちゃに飛び散るのか、デスタールヴには欠片も理解ができなかった。


ただ己等が戦う敵は、所謂常識の外にいる“人外”の類いだと長年の勘が告げていた。


「こうしてはいれんな。早く向かわねば・・・」


この様子では、恐らく他の隊も壊滅に等しい被害を被っているだろう。


“英雄を殺すことが出来るのは、同じ英雄のみだ”。そしてこの所業を行った悪魔は、まさしく英雄に近しい存在だろう。


実力は言わずもがな───一対一ならデスタールヴですら勝てるかわからない。


だが勝てばいいのだ。


それこそ相討ちになろうとも、聖公国に身を捧げ、国のために魂すら贄とする聖騎士からすれば、戦いで死ぬのは誉れ。


きっとデスタールヴが戦死したとしても、彼の家族は祝福するだろう。泣いて喜ぶかもしれない。


そう考えると、デスタールヴの心に芽生えた少しの恐れが、段々と緩和されていくのを感じた。


故に、荷物を詰めるその手に迷いはない。


彼は神聖薬エリクサーと、少々の食料。そして彼の身を一度だけ致命の攻撃から救ってくれる聖女の加護ディヴァインブレスを袋に詰め、腰から下げた。


───と。


「デスタールヴ少佐!緊急です!突如出現した敵により、兵達が次々と・・・」


先程テントを訪れた兵士の声が、テントの外から響く。その声色は恐怖を写すもので、かなり焦っていることが窺えた。


「分かった!今すぐに向かう!」


彼はそれを聞き、人を両断できそうな程大きな大剣を肩に担ぎ、テントの外へ再び出ようと、内外を隔てるドアカーテンに手を掛け───止めた。


思えばこの兵士は、先はデスタールヴ少佐殿と彼を呼んでいたが、今はデスタールヴ少佐と口にしている。

いくら非常事態とはいえ、階級は絶対。


そして、この国でも強者の部類に入る、ドアカーテンを隔てた先にいるこの兵士が、まさかそんな愚行を犯す訳がない。


いや、そもそもだ。


───なぜ、この兵士は生きている?


兵士よりも数段上の彼の護衛が殺られたなかで、なぜこの兵士は生き残り、あまつさえ喧騒響かぬこの戦時の荒野で、こうして助けを求めている?


「暫し待て」


半ば確信めいたモノを想像し、肩に担いだ大剣を強く握り締める。


そしてそのままドアカーテンをめくり、外に『ある』兵士の様子を伺った。


「何のようだ・・・」


「デスタールヴ少佐、忙しい最中失礼します!現在敵と応戦しているのが第三部隊でして・・・敵が敵だけに、やられるのも時間の問題かと思われます」


と、目の前の兵士はそう宣った。


「ほう、そうかそうか。分かった、私が向かおう」


ここで兵士へと抱いていた疑念が確信へと変わる───なるほど、そうか。そういうことか。


「ありがとうございます!それでは僕も───」


突如兵士の頭が斜めに“ずれる”。


ドシャンと音をたて落ちた頭の上部とともに、溢れ出た脳漿が辺りにビシャビシャと嫌な音をたてながら、黒く湿った地面に赤色を彩った。


「───貴方を殺すとしましょう」


次の瞬間、純白の鎧に身を包んでいた兵士の体がバラバラに吹き飛び、変わりに夜に染まる黒装束を兵士達の血で赤くした人間が現れた。


顔を隠すフードからは、ギラギラとこちらを射殺すような深紅の瞳と、金色の光彩を覗かせている。


「やはり、か。キサマ、なかなかに大根演技であったな?私の兵士に化けるならもう少し修行をしなおした方がよいぞ」


「あれ、バレちゃってましたか?すみません。中々に良い演技をしたつもりだったのですが・・・まぁ、もうデスタールヴ少佐は見る機会はもう、永遠にないでしょうから。どうか安心してください」


そうニタニタと狂ったように“嗤う”男とも女ともつかない姿をした『ナニカ』。

飄々とした態度は何処かつかみ所がなく、油断が許されない雰囲気を醸し出していた。


「ほう、抜かすではないか───この人外めが」


「人外?それこそ心外ですよ。僕はれっきとした人です・・・少々、他種族の血が混じってはいますけどね?」


嗤いながら愉しそうに告げるこの男───僕という一人称から、男だと仮定した───の言うことは、恐らく正しいのだろう。


小さくもあり得ないほどの魔力が渦巻くその体からは、到底人が宿していいような力ではないモノが、今にもデスタールヴに襲い掛からんと、とぐろを巻いているようだった。


「まぁ、その話は置いておきましょう。ここからは一対一です・・・さぁ、楽しみましょうよ?」


「ふん、この後にキサマの命乞いが見られると思うと楽しみだ」


両者はともに己の得物を構え、向き合う。


デスタールヴは大剣を、男はデスタールヴの大剣と打ち合えばすぐに折れてしまいそうな程小さな───トは言っても、一般的な長剣ロングソードと同等の長さ───剣の切っ先を向け、不敵に笑っていた。


狂っている。


まるでこれから殺り合うのを楽しみにしているかのようだった。


だがそれはデスタールヴも同じ。


頬から緊張から流れる汗拭いつつも、余裕の笑みを崩さない。

しかしその瞳には、何処か狂気の入り交じった危険な色を映していた。


───二人の間に流れる、暫くの空白。


「地獄に戻るがいい!この悪魔がぁ!!」


先に仕掛けたのはデスタールヴだった。かなりの重さがあるだろう大剣を振り回し、大断頭のように頸を刈ろうと踏みしめる。


その結果、豪ッと踏み締めた大地が陥没するも、剣だこに溢れた厚い両手は、握り締めた大剣を離さない。

悠然にかつ勇往に邁進するその大剣は、男の頸を捉えたかに思われたら。


しかし、一歩遅れて対応した筈であったのにも関わらず、男の持つ長剣ロングソードが、その致命の攻撃を防ぐ。


キィン!と、鉄の軋る音が月光照らす荒野にけたたましく響いた。


□□□





「なんだ・・・夢なのか」


埃を被った床から体をゆっくりと起こし、ゆっくりと伸びをする子ども。


彼───便宜上彼と呼ぶ───の名は『フィル=ラグレイト』。


何の力も持たない、奴隷の子どもだ。


「おーいフィル!!仕事だよ!さっさと起きな!」


「ッ!?は、はい!分かりましたー!!」


ドタドタと忙しなく階段を駆け降りていく彼。


人々は知らないだろう。

彼が人々を導く英雄に至る可能性があることを。


彼は知り得ないだろう。

己がどのような道を歩むかを。


───きっとそれは未来の歴史学者か、『神のみぞ知り得る』だろう。

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