⑩公園
表彰式の映像が公開されている、と親に聞いて見てみたけれど、酷いものだった。
突然の熱弁、マイクを司会者に押しつけて逃走する大賞受賞者。
【異色の新人小説家・柚野奈々】という見出しは、誉めているのか馬鹿にしているのかよくわからない。
「ねぇ柚子、どう思う?」
私の問いに、柚子はふふふっと笑うだけだった。
公園のベンチで、スマートフォンから流れる動画を柚子に見せる。
「それにこれ、私、太くない? テレビは太って見えるって言うよね? 本物はもっと細いよね?」
やはり柚子は楽しそうに、ケラケラ笑った。
「ダイエットしようかなぁ、ちょっと」
「大丈夫よ、絵奈はそのままで可愛い」
「誉めてる?」
「どっちだと思う?」
「何その意味深な返事。これだから、小説家ってやつは」
「そういえば私、絵奈に聞きたい事があったの」
「なに?」
「風を追いかけてくださいってどういう意味?」
私の妄想から生まれた柚子に悪戯な笑みを見せると、彼女は頬を膨らませた。
「なに、その意味深な笑い方」
「柚子、私の職業は?」
「小説家?」
「正解。私、小説家だからね」
「え? なに?」
「小説家ってやつはね、普通の言葉を普通に言わないの。柚子の台詞にちょっと、アレンジ加えた」
「私の台詞? なんてやつ?」
「柚子には秘密!」
立ち上がって、逃げるように走り出した。
柚子が慌てて、私の後を追う。
「ちょっと、待ってよ絵奈! 教えてよ!」
必死になって私を追いかける柚子が可愛くて、足を速めた。
「追いついたら教えてあげる!」
走り回って公園の出入り口で振り返ると、背後に柚子の姿はなかった。
「……インプット完了。さて、帰って書こうかな」
柚子はもういない。
わかってる。
全部私の妄想だけど、それでも、柚子は私の中で生きている。
私が作り出した物語の、私の人生という作品の中に、小説のキャラクターとして柚子は出てくる。
きっと一生、私が小説家として生きている限り。
死なないよ、柚子。
私は死なない。
最後まで書いて、書けなくなったら他の人の作品を見て、評論家みたいな事やったり。
何とかなるよ、何かあるよ、何とかする。
私はずっとそうして夢を、風を追いかける。
– 終 –
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