②学校・廊下(春)


 彼女との出会いは高校三年生になってすぐの春。

 学校の廊下、曲がり角でぶつかって私の荷物が床に散らばる……なんて、漫画にありそうなロマンチックなものだった。


「ご、ごめんなさい」


 肩先までのストレート黒髪、地味な眼鏡。文学少女とあだ名がついていそうな容姿の女子高生、七瀬柚子。三年になって同じクラスになった、私の同級生。

 七瀬柚子はぺこぺこ頭を下げながら、床に散らばった私の荷物を拾い集める。

 面倒くさいな、そう思ってふと、足元にスマホが落ちている事に気がついた。私のではない、七瀬のだろう。

 何を思ったか、私はそれを拾い上げ1を連打した。画面が切り替わり、表示されたとあるサイト。


「小説?」


 名前は聞いた事があった。小説を書いて何ちゃらっていう、素人が気軽に自作小説をネットに投稿できるサイト。

 指を滑らせて画面をスライド。

 そこには拙い文章の、小説らしきものがあった。


「七瀬さん、小説書いてるの?」

「え?」


 私の言葉に、七瀬柚子が振り返る。

 慌てて飛び上がり、私の手中にあるスマホを奪い返す。


「ど、どうして月野さんが……」

「んー? ぶつかった時に飛んできたから、拾って」

「拾ったからって勝手に……ロックは?」

「パスワード変えたら? 1が六つってさすがに簡単すぎじゃない?」

「い、今までは困った事なくて! ていうか、ぶつかってきたのは月野さんで、私がこうして荷物……」

「全部拾ってくれたの? ありがとっ!」


 七瀬柚子の脇を通り抜け、自分の荷物をまとめる。

 彼女は遠慮がちに、私の横顔を覗き込んだ。


「つ、月野さん……」

「なに?」

「み、見た? 私のし……私の」

「小説? あれやっぱり、七瀬さんが書いてたんだ」

「あっ! 違……いや、えっと」

「あのサイトなんだっけ? 小説を書いてネットに」


 私の唇に七瀬柚子の手のひらがぶつかった。

 驚いて目をぱちくりさせる私を、真っ赤な顔をした七瀬柚子が見上げる。


「だ、誰にも言わないで」


 七瀬柚子の手は震えていた。声も、すごく必死で。


「親にも言ってなくて、一人でこっこり投稿して……」


 その仕草が可愛くて、仲良くなれるかもなんて思った。

 だからかもしれない。


「じゃあ、私が最初の読者?」


 そんな言葉を投げかけていた。

 目を見開いた七瀬柚子の表情はやはり可愛くて、さらなる言葉を告げる。


「誰も知らないなら、私が最初の読者ってことじゃない?」


 七瀬柚子の手のひらが、私から離れる。指先を自分の唇に持っていき、「アクセスついてるから読んでくれてる人はいる、と思うけど……」などと呟く。

 しばらくして何かを決意したように、顔を上げて私の目を見つめた。


「読者になってくれる?」

「読者?」

「私の小説の、読者第一号になってくれませんか?」


 顔を真っ赤にして懇願する七瀬柚子が可愛らしくて、首を縦に振る以外の選択肢はなかった。

 それが私と柚子の出会い。

 柚野奈々という小説家の、プロローグのお話。

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