風を追いかける

七種夏生

①ホテル・表彰式


 眩い光が私を照らした。

 東京、以前の私ならエントランスに入る事すら叶わなかった高級ホテルの上階で、有名な小説大賞の表彰式が行われていた。真っ赤なドレスに身を包んだ私はステージの上、舞台中央に立って来賓席を見下ろしている。

 軽妙な語り口で、大賞受賞者の柚野奈々ゆずのななが描く物語の魅力を語っている司会者。

 ちらっと、その視線が私を捉えた。慣れない化粧が浮いているだろうか、それとも衣装?

 気が気ではなくて、だけど視線を泳がせるわけにもいかず、背筋を伸ばして正面を向く。


「それでは、大賞を受賞しました柚野先生にお話を伺いましょう」


 きた……

 両手でマイクを握りしめ、正面を向く。

 昨晩あれほど練習したのに、いざとなると頭が真っ白になって、声が出てこない。


「あ、えっと……この物語は、私のものではありません」


 いきなり、おかしな事を言ってしまった。

 呆気に取られる司会者、来賓席の先生方。

 取り繕おうと、なんとか口を開く。


「本来、この場所に立つべきは私ではなかった……この物語を語る前に、皆さんに聞いてほしい話があります」


 緊張でうまく言葉が出てこない。

 大丈夫だろうか、変な事を言っていないだろうか。大丈夫、私は小説家だから。

 自分の言葉でちゃんと、真実を。

 彼女の夢を、柚野奈々のファンの人たちに伝える。


「この物語は……」


 小説家として生きることを決意した私、月野絵奈つきのえなと、

 小説家として死ぬことを決意した彼女、七瀬柚子ななせゆずの、

 同じ夢を追いかける、青春物語。

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