第105.5話 猛攻の続き
「あすみん、いつもよりノッてたね」
「もう二日前ですし、ギアを上げてますから」
「うーん? ギアってよりは、気持ちよく歌えてた、って感じがするけどね?」
「そうですか?」
葵たちとの顔合わせを程々に済ませると庵は、明澄と
スタジオの中央に敷設されたステージでは二人がリハーサル中で、庵は壁際の邪魔にならないところで見学させてもらっている。
今ちょうど一曲歌い終えたところで、ステージ上の二人は手応えを感じているようだった。庵も思わず拍手しそうになるくらいだったし、明澄たちのパフォーマンスは仕上がっていたように思う。
踊りは歌に花が咲いたようなキュートな振り付けで、本人たちの可愛らしさに合っていたし、歌にしても明澄のあの凛とした涼やかで透き通るような声から奏でられる歌声は、今でも耳に残っているほど。
3D姿になった本番当日が楽しみだ。
「若いっていいねぇ。わたしはダンス三十分で死ねるわ」
ワクワクした気持ちで彼女たちを眺めていると、隣から出番まで待っていた、葵の呟きが聞こえてくる。
哀愁漂う呟きに庵は「いやいやそんな」と苦笑した。
「葵さんもまだ若いでしょう?」
「今年で二十四だぞ。もうばばあよ、ばばあ。焼肉行っても塩タンとハラミがメインなくらいでね」
「そのうちヒレだけでいいとか言いそうですね」
「ホントにね。そんなばばあと違って、やっぱあの二人は華があるのよね。メジャーデビューしたらいいのにね」
庵と冗談を言い合う葵だが、最後の一言だけは本気っぽさがあった。
その言葉を脳内で反芻させていると、明澄と澪璃がステージ上でまた歌い始めていた。
今度はアップテンポな曲調にパワフルなダンスで、先程とはうって変わった雰囲気に庵は息を飲む。綺麗だとか可愛いだとかかっこいいとかよりも、その全部をひっくるめて尚足りない圧倒的な凄みを感じた。
(推しが強すぎる……)
確かに葵の言うように二人には華がある。彼女たちは学生でなければもっとライブに出たり、アイドル寄りの配信者として活動していたかもしれない。
現に今日の彼女は、ある意味アイドルらしさ全開だった。
と言うのも、見学に来た庵に気付いた明澄は歌っている最中、庵だけにファンサービスをしてくるのだ。
庵に向かって微笑んだり手を振ったり、ウィンクしてみたりと、庵だけのアイドルのようだった。
明澄が放課後に見せたあの猛攻は、まだ終わっていないのかもしれない。
(……ほんと、かなわないよなぁ……)
思わず庵は目を逸らしてしまった。焼き付けたいのに、見続けたいのに、今までの情けない自分が庵は嫌になって、明澄のことを真正面から見れなくなりそうだった。
あんなことを人前で言わせたことを、はっきり言って後悔していた。庵が少しでも踏み出していればきっと明澄に、告白まがいのことをさせなかっただろう。
面倒くさい騒動も庵がいつまでも日和っていたのが原因だ。
今だって明澄はアピールするようにステージ上から、庵のことをその千種色の瞳で捉えて離さない。
だから、庵はそんな明澄が眩しくて、情けない自分を見てほしくないと思ってしまうのだ。
「目は逸らさない方がいい」
「えっと……」
葛藤や後悔を抱きながらよそ見をしていると、ふと全部を見透かされたような葵の一言に、庵はどきりとした。
「だれも見てくれる人が居なきゃ、わたしたちに価値はないからね。」
寂しそうな口振りで言う葵はそれを経験したことがあるのだろう。
配信者の初めたては見てくれる人がいなかったと、過去に明澄も言っていた。ごく当たり前のことだし分かっていることだが、それは辛いことなのだ。
だからこそ、見てくれていたはずの人が見てくれないというのはもっと辛いことなのだと、庵は理解する。
「まぁ、それはライバーとしてのことだけど、見てくれる人がいるってことは、大事なことだよ。ほら、彼女は君に見てほしそうにしてるぜ?」
「……ええ、知ってます。なので、ちゃんと見ます」
「うん! ぜひ、そうしてあげなよ」
(我ながらほんと駄目過ぎるな)
自責と自戒と自虐を混じらせながら、庵は自嘲気味に笑う。
けれど、その次に顔を上げて、しっかりステージに逸らしていた視線を戻した。
すると、庵を待っていたかのように、いや間違いなく待っていた明澄が、ダンスを続けながら全力で笑みを作る。
(やっぱ敵わん)
そんな尊さと愛らしさと甘さを含んだ明澄の笑顔に、どぎまぎしながら、もう一度胸の内で庵は白旗をあげた。
「さて、わたしもリハに入ろうかな。先生はゆっくりしてるといいよ……あぁ、そうそう。私もウィンクとかしてやろうかね?」
「やっぱり気付いてますよね……」
「明らか君の方にだけサービスしてるからなぁ。それ見てハトちゃんが尊死してるし」
葵がどこまで知っているのかは想像に及ばないが、きっと色々と気付いている。恐らく、それを含めてのさっきの語り口だったのだろう。
明澄に隠す気がないので仕方ないとは思うものの、恥ずかしさから呻き声を漏らさずにはいられない。
近くで口許を押さえながら震えている姫乃とか見ると、もうなんというか勘弁してくれ、と言いたくなった。
そして当の本人はステージ上で庵の気も知らないで、気持ちよさそうに歌っている。未だ時折手を振ってきたりするのだからたまらない。
やっぱり聖女様の猛攻は続いていた。
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