第17話 二人の恋愛観
テスト終了から一週間が経過したある日の昼休み。
今日は冬季休暇明けのテスト順位が張り出される日で、構内はいつもより喧騒が増していた。
「君は順位を見に行かないのか?」
そして、昼食を食べ終わる頃になると、クラスメイト達はみんな順位を見に行ったらしく、教室内はほとんど空っぽ。
そんな中、人気がなくなったことをこれ幸いとひと眠りするため教室に残っていた庵の元に奏太が現れた。
「どうせ後で纏めて成績表を渡されるし」
「確かに尤もな答えだね」
「見に行って順位が上がるなら行くけど、変わらないだろ?」
「君は冷静だな。結果が気になる側からすれば羨ましいよ」
仕事の所為で今は順位より休息の方が必要だし、興味がないこともあって淡々と答えれば、奏太はどこか感心したようだった。
それを横目に庵は眠りに就こうとする訳だが、
「奏太、それは違うわ。冷静なんじゃなくて、こいつは単純に無頓着で無関心なだけの唐変木よ」
そんなセリフと共に奏太の後ろから現れた女子生徒がそうはさせてくれなかった。
「ひでぇ言われようだな」
「間違って無いと思うけど?」
「オブラートに包めって言ってるんだよ。お前の彼氏はちゃんと包んでたぞ」
姿を見せたのは赤み掛かった亜麻色のミディアムヘアの少女で、彼女は
胡桃はスラリとした体躯にあどけなさが残る端正な顔立ちをした、明澄とは毛色の違う美少女。
口はそこそこ悪いが、基本的に面倒見が良いし成績だって良い。
口以外は同じような性格の奏太とお似合いの少女だった。
「言われたくないなのならもっとしゃんとなさいな。イメチェンしたり、部活したり社交的になれば女子も寄ってくるわよ」
「やることが多すぎだろ」
「胡桃に随分と言われてるなぁ」
「奏太も友達として言ってあげたら?」
厳しめにお小言を貰うが、ちゃんと相手を気に掛ける発言だからこそ庵も怒ったりはしない。
それにもう少し厳しい少女を知っているからというのもあった。
「朱鷺坂君も彼女は欲しくないのか?」
「要らねぇ。出来てもすぐに振られる自信すらある」
「そんなことないと思うけど」
「そうね。あんた女子の間ではそれなりに悪くない評価なんだから」
「寡黙でクールってやつだろ」
「あら知ってたのね。奏太が教えたの?」
「いや、オレは教えてないよ」
明澄が言っていた女子の間での噂は本当だったらしい。
けれど、実際の庵を知ったら女子たちはどう思うのだろう。
ガッカリされるのだろうか。考えるのは少し怖かった。
「じゃあなんで知ってるの?」
「風の噂だ」
「怪しいな」
「怪しいわね」
「怪しむな」
「だって殆ど女子しか知らない話だもの。あなた本当は彼女でもいるの?」
「居ねぇよ」
「そう。でも恋人っていいわよ。ねぇ奏太?」
「ああ、最高だ」
「やめろイチャつくんじゃねぇ。空気が甘くなる」
問い詰められたと思えば、恋人自慢をされ終いには目の前でイチャイチャするのを見せられる始末。
もはやイチャつく口実を作られたようにしか思えない。こうなると面倒臭い。
自分たちの世界に入り始められると、見ている方が恥ずかしいまである。
だから、庵は早く順位でも見に行ってこいバカップルめ、と口にして教室から追い出すことにしたが……成功はしなかった。
「あら、聖女様じゃない」
「こんにちは。朝霧さん」
なぜなら、二人はちょうど何かの用事から教室に戻ってきた明澄と遭遇したからである。
どうやら胡桃と明澄は顔見知りらしい。
それもそのはずで、彼女らは常に成績トップの位置にいる。
二人はテストでよく一位と二位の順位を入れ替えていた。
「聖女様も順位を見に行ってきたのかしら?」
「いえ、飲み物を買いに出ていました」
「見に行かないの?」
「だって、見に行っても順位は変わらないじゃないですか」
「その通りね。流石、聖女様は聡明だわ」
「おい、俺と反応が違うじゃねぇか」
明澄の回答が庵と同じでも、胡桃の反応が真逆なことに彼は抗議する。
「そりゃあ違うわよ。彼女はあなたと違って無頓着でも無関心でもないのだし」
「クソ。何も言い返せん」
「あ、そうだ、聖女様。こいつ、あなたと気が合いそうよ」
「……知っていますよ」
「なんて言ったの?」
「どういう意味ですか? と尋ねました」
唐突に胡桃は庵の事を明澄に勧めると、彼女はポソッとだけ答える。
聞き取れなかった胡桃が聞き返すと、明澄は言い換えて回答した。
「さっき同じ質問を彼にしたのだけど、あなたと同じことを答えたわ。仲良く出来そうでしょ?」
「あら」
「あなた誰とも付き合ってないんでしょう? 彼は変な所もあるけど絶対に浮気とかはしないタイプだからオススメしておくわ」
「……結構です」
「フラれたみたいよ。残念ね」
「おい、勝手なことをするな。一番悲しいやつじゃないかこれ」
「ふふっ。ごめんなさい」
庵はいつの間にか、勝手にオススメされて断られるという、残酷な仕打ちを受ける。
一度ちらりと明澄がこちらを見やったので、彼女も分かった上でそんな言い方をしたのだろう。
しかもその後に明澄は笑みを零している。
彼は女子二人の冗談にして遊ばれていた。
悪いやつらだ。そう庵は内心で諦めるしか無かった。
「というわけで奏太。私たちは順位を見に行きましょ?」
「今回は一位だといいな」
「一緒に勉強したし、大丈夫よ」
「そうだな」
そして何事もなかったかのように、二人は手を繋いでイチャつきながら出ていった。
「随分と遊ばれていましたね」
「くそ。やりたい放題しやがって。お前も楽しんで振ってくるし」
教室に二人だけが残されると、ちょっと楽しそうに明澄が声を掛けてきた。
庵が恨めし気に文句を垂れれば、「つい。ノリで」と彼女はクスリと笑う。
「でも、別にナシという訳じゃありませんからね」
「何が」
「朱鷺坂さんもいつか彼女ができるということですよ」
「そうかね」
「ええ。だってお金を稼いでいてしかもご飯まで作れますし優しいですし、それに気が利きますから。はい、これはモテますね」
と、明澄はフォローしてくるが、やはり前向きには思えなかった。
なぜかは庵自身も分からないが、今はどれだけ褒められても自分に彼女が出来るなんて思えなかった。
「言葉じりだけなら凄そうだけど、彼女が居ないのが現実だ」
「言葉だけなら良いママにもなれそうなんですけどね」
「最近はお前に世話されてるがな」
「確かに」
そう言い合いながら、二人は揃って苦笑する。
恐らく、庵が誰とも付き合おうとしたりしないのは、こういった関係が一番楽しいからかもしれない。
奏太や胡桃にしても一定の距離感を保ちながら、接する方が楽だ。
それは庵の経験の積み重ねの結果であり、独特な生活を送ってきたことにも起因する。
だから、彼女とか言われてもぴんと来ないわけだ。
「というかお前はどうなんだよ。なんで彼氏を作らないんだ?」
「なんでと言われましても。なんででしょうね」
そう尋ねられた明澄は不思議そうに肩をすくめる。
年頃の男女が、食卓を囲んだりある意味運命的とも言える出会い方をして、どうにも思わない方がおかしい。
前に誰とも付き合うつもりがないと言っていたが、やはり自分と同じで恋愛に興味が無いのかもしれない。
と庵は勝手に解釈する。そして実際、明澄も彼に対して同じことを考えていた。
そんなこともあって、庵と明澄の感情に変化が訪れるのは、もう少し先になりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます