第2話


 結び屋に辿り着いたのは、偶然である。僕は誰かと結ばれるために彷徨っていたわけではない。しかし、僕は飢えていた。誰かを愛していたかったし、誰かに愛されていたかった。この愛に対する飢えが、まさか自分をここへ導いたとでもいうのだろうか。僕のそんな考えを見透かしたかのように、女は話し始めた。


「私、ここへ来たのは偶然じゃないと思う。私はずっと、誰かと結ばれて、愛し合いたいと思っているから。愛に飢えてるんだよ」


「えっと」


「?」


「名前、聞いてもいい?」


「名前?」


「?」


「名前なんてないよ。そんな大昔の人みたいに。まさか、あなたには名前があるの?」


 名前がない。この女は記憶喪失なのか。いや、違う。「名前がない事」を覚えている。それに、名前がある人は大昔の人だと。意味が分からない。


「ソウ。僕の名前はソウっていうんだ」


「ソウ、か。それに似た名前、本で読んだ事あるよ。珍しいね、名前があるなんて」


「分からないな。逆にこっちが聞きたいよ。今時、名前がないのが普通だなんて。君は何処から来たの?」


 女は自分の故郷について話し始めた。





 女は貧しい村に住んでいた。その村の住人は“蛍”を探し集めながら生活をしている。水や食料が殆ど存在しないその村には多くの“蛍”が漂っていて、“蛍”が灯す光は村人達の命の源になっている。そんな村で育った女には家族がいなかった。唯一の友達だった歳下の女の子は目が見えず、女と逸れて一人になり、その間に“蛍”を見つけられずに死んでしまった。一人ぼっちになった女は気力を無くして“蛍”を探し集める事をしなくなり、やがて衰弱し倒れた。目が覚めたら、この村の結び屋に居たという。





 駄目だ。分からない。結び屋の事も分からなければ、この女の事も分からない。蛍を捕まえてどうするつもりだ。その光が何になるというのだ。それとも、そのまま食べるとでもいうのか。“蛍”は別の何かを示す言葉なのだろうかと考えていると、女が言った。


「あんな村に生まれたくなかったよ。あの村には、笑っている人はいない。“蛍”を集めて飢えを凌いで、時々暗い空を見て、微かに光る月を眺めるだけ。知ってる? 大昔、人間は月に行ったんだよ」 

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