星との別れ

 眩い日差しは、今や地平の彼方に沈みつつあり、夕焼けと木々を彩る紅葉が、雅な紅の時間を演出してくれている。

「いや~、新鮮だな~」

 十月も末の頃、私とルイはとあるキャンプ場を訪れていた。

 彼と連絡を取り合っていく中で、またいっしょに天体観測をしたい、という話が出て、二人で天体観測ができる場所を探した結果、安価で一晩過ごせて、自然豊かで、周りに明かりが少ない場所ということで、キャンプ場が天体観測の場として選ばれたのだ。

 キャンプ場でチェックインをして、小さなコテージを借りてから、私たちはキャンプ場のテーブルにて、牛肉やキャベツなどをジュージューと焼いて、ディナーバーベキューを行っている。

「こうやって、自分で食べ物を焼いて食べるって経験は、まだあんまりしたことがないんだ」

 そう言ってから彼は、金網の上で焼いていた牛肉を、自分の紙皿の上に取って食べた。

「そうなの? じゃあ、普段はどうやって食事してるの?」

「それはもう、暖めて調理してくれる機械に入れて食べてるよ……ってしまった!」

「え? それって電子レンジのことだよね?」

「電子レン……そうそう、電子レンジのこと! いや~、あれってほんとに便利だから助かるよね!」

「ほんとそうよね! 電子レンジって現代人の必須アイテムだと思う!」

 相変わらず彼には変なところがあるが、もう慣れっこなので、私も動じないで対応できる。それどころか、次はいつこの〝不思議モード〟が発動するのかと、楽しみにしているくらいだ。

「もぐもぐ……。それにしても、このお肉って本当においしいね! 自分で焼いてすぐに食べるからなのかな?」

「そうだと思うよ! やっぱりこうやって、自分で料理して作るのは楽しいもの! ルイもたまには、自分でごはんを作って食べてみなよ!」

「そうだね、そうしよっかな。それに、もっとこっちでの生活にも慣れないといけないし」

「そうそう、色々体験してみると楽しいよ! それに、こうやって仲間といっしょに体験してみると、もっともっと楽しくなると思う!」

 『あなたとだから特別に楽しい』……そう言ってみたかったが、今はまだ、恥ずかしさが勝って、言葉にすることができなかった。

「本当に、本当にそうだよね。……僕、気の合う人と一緒に遊ぶのが、こんなにも楽しいなんて思わなかったよ。……本当にありがとう」

 彼は、少し物憂げな表情になり、視線を下に向けた。

「え? 大丈夫?」

「あ、ごめん、心配させちゃったね。僕、今が幸せすぎてさ、これって夢じゃないかと疑っちゃったんだ」

 そう言うと、彼はその藍色の瞳で私を見つめ、いつもの朗らかな笑みを浮かべた。

「あはは、何言ってるのよルイ~。変なこと言ってると、ルイの分のお肉も食べちゃうぞ~」

「え!? ちょっと、それはだめだよ!」

「もう遅いよー。もぐもぐ」

 私は彼の側にあった肉を素早く奪い取り、口の中に入れた。

「こらー!」

「もぐもぐ。ふふふ」

 こうして楽しくお話しをしていると、あっという間にバーベキューの時間は終わってしまった。

 優美なる紅の景色は、辺りを包み込む闇に取って代わられ、私たちの天体観測の時間が始まった。

「いや~。待ちに待った天体観測の時間が来たね~」

 ルイはうきうきしてぴょんぴょんと飛んでいる。

「そうね、本当に楽しみ」

「今日はオリオン座流星群が活発なんだってね。うまくいけば、たくさんの流れ星が見えるかも」

「うんうん」

 それから私たちは、借りている小屋の近くにブルーシートを広げて、その上に寝袋や食料、双眼鏡などの荷物を置いてから、簡易式の椅子を組み立て、その上に座って星を眺めた。

「わー、やっぱり星はきれいだな~」

 ルイが楽しそうに声を上げる。

 夜空には、無数の星々が悠然と並び輝いている。

「そういえば、舞は学校の方はどう? 楽しんでる?」

 ルイはふと、私に訊ねた。

「学校? うん、最近は楽しく過ごせてるよ。ルイは?」

「僕はね、実は……あんまり上手くやれてないんだよね」

「そっか……。でも、そんなの気にしなくていいと思うよ! 学校も、確かに大事だと思うけどさ、世界はもっと広いんだから!」

 そう言うと、彼は弾みのある明るい声で答えてくれた。

「そうだよね! この世界には、空に広がるこの星たちみたいに、無限の可能性が秘められているんだって、僕は信じてる!」

「ふふ、その意気だよ。私とルイが出会えたみたいに、世の中の可能性は、ほんとに広いんだから」

 私にとって彼と出会えたのは、本当に幸運なことだった。

今まで私は、誰かと一緒にいて、楽しく過ごせている時でも、『何かが違う、自分だけが浮いていて、離れた所に置いて行かれてしまう』……そんな風に、心のどこかで感じていた。  

心の奥に、満たされない寂しさを抱いていた。

 けれど、ルイといる時だけは違った。まるで、生まれた時からそばにいたかのように、彼の存在は、私の心によく馴染んで、胸の奥にあった虚しさを、暖かく包み込んでくれた。

 今も、彼の傍にいる間は、ずっと暖かい。

「……ずっと一緒にいたいな」

 小さく呟いた。

「え? 何か言った?」

「あはは、ごめん、ひとりごと」

「そっかー」

 それから私たちは、ぽつぽつと言葉を交わしながら、星座を探してみたり、双眼鏡で星を拡大して見てみたりしていた。

「そういえばさ」

 ルイが話し出した。

「学校って、部活っていうものがあるじゃん? 舞は、何か部活に入ってたりするの? やっぱり、天文部に入ってるのかな?」

 ルイの質問に、私は答える。

「んーとね、私は天文部じゃなくて、美術部に入ってるよ」

「そうなんだ! 意外だな~」

「やっぱりそう思う?」

「うん。どうして、美術部に入ろうと思ったの?」

 ルイは、不思議そうに私に訊ねた。

「最初は、天文部に入ることも考えたんだけどね。でも、星を見るのは、そういう場所に囚われないで、自由気ままに楽しみたいと思ったの。それに、自然のきれいな景色を絵に残したりするのも、私は好きだからさ」

「なるほど、舞は多趣味なんだね!」

「あはは、多趣味ってほどじゃないよ。ただ私は、自然のきれいな景色が好きなだけ」

「そっか。舞らしいと思うよ」

「私らしい?」

「うん。舞ってなんだか、頭の上にスズメを乗っけてそうな雰囲気があるよ」

「あはは、なにそれ! そんなこと言ったら、ルイは、気づいたら頭の上にツバメの巣ができてそうな感じするよ~」

「え、巣ができてる!?」

 そう言って、ルイは頭を触り出した。

「いや、本当にできてるって意味じゃないよ!」

「なんだ。それならそうと早く言ってくれよ~」

「ルイが勘違いしただけだよ!」

 まったく、ルイはお茶目さんなんだから。

 そして、また私たちは静かに星を眺め続けた。

 しばらく見ていると、東の空の下の方にある、オリオン座の近くから、上方に向かって、緑色の光の線が、後を引いて進んでいった。

「舞! 今、流れ星見えたよね!」

「うん! 今のってきっと、オリオン座流星群の流れ星だよね」

「そうだと思う! いや~、きれいだったね~」

「本当、きれいだったよね。でも、三回お願い事を言う時間なんて、全然なかったね」

「三回お願い事? ……ああ、ほんとだよね、流れ星ってあっという間だからさ。三回お願い事を言えるぐらい続いたら、すごくラッキーだと思うよ~」

 そうなのだ。私は昔から時々、家の近くで、夜空を徹夜して見ることがあったのだが、長く続く流れ星には、めったに出会えなかった。それでも、短い流れ星でも見ることができたなら、私にはとっても嬉しい出来事だ。

「あ、また!」 

 ルイが指をさした場所の近くで、一つ二つと、短い光の線が流れていった。

「三つ連続で見れたね! ラッキーだ」

「ほんとね!」

 ぐっと握手をして喜びを分かち合う。

「まだ来るかもしれない! じっと見てよう!」

「そうね!」

 それから私たちは、食い入るように星空を眺めていたが、しばらく流れ星は見れなかった。やはり、運がよくないと、連続で流れ星を見るのは難しい。

 さらに待ってみると、時折、ぽつりと光の線が流れ、最初に見た物と合わせて、計六つの流れ星を見ることができた。そして気づくと、空はもう明るくなり始めていた。

「ふぁ~。今日はもう終わりかな」 

 ルイが背伸びをしながら言う。私も立ち上がって背伸びをしてみた。

「そうだね……。もう、夜が明けちゃうよ……」

「名残惜しいな~。でも、今日は流れ星がたくさん見れて、本当によかったよ」

「うん……」

「舞、どうしたの?」

 ルイが心配そうに、私の顔を覗き込んだ。

「あのね、ルイ……。私、あなたに伝えたいことがあるの……」

「伝えたいこと?」

「うん。私……あなたと過ごせて、本当に楽しかった。幸せだった。あなたといると、すごく心が癒されるの」

「舞……」 

 両手を強く握り、拒絶されてしまう恐怖に震えながら、それでも私は、精一杯に胸の奥にある想いを打ち明ける。

「私、ルイのことが好きなの。これからもずっと、私のそばにいてほしい」

 想いを伝えても、受け入れてもらえるかはわからない。彼が、私との時間を望まないのなら、私にはどうすることもできない。

私は、不安で身体を震わせながら、彼の答えを待った。

「舞……僕も、君のことが好きだよ」

「ルイ……!」

 うれしくて、思わず涙が溢れそうになる。

「でも、今はダメなんだ……」

「そんな……! どうして……!」

 ショックだった。想いを受け入れてもらえたと思ったのに、すぐにこんなことを言われてしまうなんて。

「僕は、もうすぐ故郷に帰らなきゃいけないんだ。君といられるのも、今日が最後なんだ。……今まで言わないでいて、本当にごめん」

「ルイ……」 

 彼が今まで、過去のことを話したがらなかった理由が、ようやく分かったような気がしたいずれ国に帰ってしまう身だから、離れ

てしまうことで、相手を悲しませてしまわないよう、他人と深く関

わらないようにしていたのだろう。 

 でも、それなら、私の気持ちはいったいどうなるの……?

「ひどいよ……! それなら最初から、私とは付き合えないって言ってほしかった……! 私にこんな、夢を持たせるような時間を与えてほしくなかった……!」

 瞳から、いっぱいになった涙が溢れだした。目の前にいる彼の顔も、涙で揺れてよく見えない。

「舞、本当にごめん。僕が犯した過ちは、決して許されることじゃないと思う。僕のことは。忘れてくれてかまわない。それでも、もし、もしも……二年の月日が流れても、僕のことを好きでいてくれたなら……その時は、僕のことを待って行ってほしい。……必ず、迎えに行くから」

「嘘よ、そんなの……信じられない」

「舞……」

 涙で乱れた顔を、私は両手で覆いつくした。

そんな私を、彼は優しく、けれど、確かな力を込めて抱き締めた。

「舞、君の気持ちは、痛いほどに分かる。嫌いになってくれてもいい。でも、さっき伝えた言葉だけは、どうか信じてほしい。この言葉だけは、命をかけて守るから」

「ルイ……本当に……信じていいの?」

「ああ……絶対に、二年後に僕は帰ってくる。決して嘘にしないと、心に誓うよ」

「…………信じる」

 彼に体を預け、お互いの存在を確かめるように、強く、強く抱き締め合った。

「舞……好きだ」

「ルイ……私も好きだよ」

 瞳を閉じ、私は彼の唇を受け入れた。

 交わした初めてのキスは、泣きたいほどに甘く……この瞬間を、二度と忘れることがないように……融け合うほどに、深く、深く、お互いを求め合った。

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