愛しているよ

 翌朝、目が覚めるとゾンビのスミスさんが傍らに立っていた。俺が目を覚ましたことに気が付くと、一礼して去って行った。鑑定すると解呪まで8755時間……。長いな……っていうか無理だろ。


 でも最高だったなー。


 その日は初体験の余韻で何もする気が起きず、ぼーっとしていた。

 そして夜が来た。俺はバルコニーまで行き、空を見上げ月を見つめる。


「今日も満月だろ。ほとんど丸い。うん、満月だね!」


「マスター、今宵も月が綺麗ですね」


 背後から美しい声が聞こえ、俺が勢いよく振り返ると、スミスさんはアルテミスの姿になっていた。


「満月の度合いが97%以上ならこの姿に戻れます。大体ひと月に4日程度はあります」


 俺は「そうなのか」と返しつつ、喜びで体が震えるのを感じた。

 今日もアルテミスは美しく、つい見とれてしまう。俺は恐る恐るアルテミスに聞く。


「今夜も抱かせてくれないかな?」  


「はい。喜んで」


 即答だった。他の配下のモンスター同様、俺の言いなりなんだろうか。少し攻めた命令をしてみる。


「口でしろ」

「ああ、マスターに命令して頂けるとは、なんて光栄なのでしょう!」


 アルテミスはすぐに俺の近くまで来て、俺の服を緩め始めた。


「マスターの喜びこそが私の喜び」


 恍惚とした表情で俺の命令に従うアルテミス。俺の言いなりになる美女に気分は高まる。今夜もそのまま力尽きるまでアルテミスと縺れ合った。




 それから翌月も、その翌月も満月期の4日間はアルテミスと抱き合った。


 いつもバルコニーでするわけにもいかないので、配下たちに月明かりが入る寝室を作らせた。

 雲が満月を隠そうものなら、配下のモンスターに命じ雲を消し去った。


 一日も早く呪いが解けるように、ゾンビのスミスさんの時もなるべく俺の傍に置いた。

 人間たちには「ついにゾンビと結婚したか」と揶揄されたがそんな事は気にしない。スミスさんの本当の姿、アルテミスは俺にとって世界最高の美女なのだから。


 ようするに俺はアルテミスに惚れてしまったのか。人間ではない人型の♀。しかも美形。多分この世界にアルテミス以外にはそんな存在はいないだろうから。




 俺は探すものが、人化の秘法と、アルテミスの呪いを解く方法の二つになった。配下に情報収集をさせ、自身は世界中を探し回る。


 ある時、配下のモンスターから、人化の秘法がとあるダンジョンにあるという情報を入手したと報告を受けた。

 俺はスミスさんを連れて、そのダンジョンへ向かった。

 ダンジョンの最奥まで容易く到達したものの、そこにある広間には何も見当たらない。また偽の情報だったか、と思いながら俺は広間の真ん中まで歩いて行く。


 すると俺の足元に魔法陣が出現し光り輝く。これは拘束用の魔法陣だな、俺を捕らえる為の罠か。


 ふん、こんなもの俺に効くわけがない。

 俺は腰に下げた剣を抜いて、魔力を通わせる。そして地面に描かれた魔法陣を切りつけた。


 しかし、魔方陣にはかなりの魔力量が込められており解除できない。

 仕方ないので配下を召喚しようとするが、召喚魔法を行使しようとすると魔力が霧散してしまい召喚もできなかった。これは少しまずいな。

 魔法陣の外周部分には、紫色の結界が展開され触れると俺の身体ですらダメージを受ける。


「上位の術士100人がかりで、国宝級の封印用アーティファクトに魔力を送って作り出した魔法陣だ。貴様でも抜け出せないようだな」


 広間に男の声が響いた。声の方に視線を向けると、一人の軍服を着た中年の男が立っている。

 そいつは勝利を確信したのか、俺の前まで来て薄ら笑いを浮かべ解説する


「俺もこんな事はしたくないんだが、強力なモンスターを使役する貴様は迷惑だから消せとの勅命でな」

「悪く思うなよ。大人しく魔石に封印されてくれ」

 

 そのとき、バシッと衝撃音がした。

 スミスさんが紫色の結界に体当たりしている。その身を砕かれながらも、再生を繰り返し魔法陣の中に進入しようとしていた。


「ただのゾンビ風情が壊せる魔法陣じゃあないんだ。大人しくしていろ」


 軍服の男はそれを見て笑っている。


 俺はスミスさんが己の身を砕きながら、結界にぶつかり続けるのを、見ていられなくなり思わず叫んだ。


「もうやめろ! たとえ封印されてもいずれ自力で抜け出して見せる。いくらお前が死なないと言っても痛みはあるんだろう!」


 だがスミスさんは体当たりをやめない。しきりに「ますた……、たすける」と呟きながら結界に突進を続けていた。


 人間だった頃に強力な術士だったからか、呪いで魂魄と霊体が変質したからなのか、あるいは想いの強さがなせる業なのかは分からないが、スミスさんは結界を強引に通り抜け魔法陣の中に侵入した。同時に俺は魔法陣からはじき出される。


 魔法陣の周囲の紫色の結界が、スミスさんごと徐々に収縮して一つの魔石になる。俺がアルテミスの名を叫ぶと、彼女の声が聞こえたような気がした。

「マスター、私は不死身なのです。心配しないでください」


 眼前で起きた出来事に、青ざめへたり込む軍服の男。俺はスミスさんが封印された魔石を拾い上着のポケットにしまうと、ベルゼマータとヴェルガラードを召喚し「滅ぼせ」と呟いた。




 * * *




 それから、俺はこの魔石の封印を解除する方法を必死で探した。

 当然、アルテミスが封印された魔石は肌身離さず持っていた。一年近くが経過したある日、配下がどんな強力な封印も解除できるという魔王を見つけ俺に報告する。


 すぐさま俺はその魔王に会いに行く。残念ながら魔王は♂だったので服従させることはできない。力で屈服させようとすれば誇り高く死を選びかねないので、俺は土下座して頼み込んだ。


 何度もその魔王に会いに行き、手土産として世界各地で収集したアーティファクトをいくつも渡した。

 どれも貴重な品物だが、アルテミスに比べれば如何なる秘宝とて価値など無いに等しい。そうこうしているうちに、その魔王も俺の気持ちを汲んでくれ、魔石の封印を解除してくれると約束してくれた。



 儀式が行われ、封印が解除されると、姿を現したのはスミスさんではなくアルテミスだった。満月でもないのになぜだ?


「呪いは解けているのか?」


「ずっと、マスターが私をお傍に置いて頂いているのを感じておりました」

「そのおかげで、呪いは解除されたのです」


 どうやら魔石に封印されている間も、1m以内にいるという解呪の条件を満たしていたようで、呪いは解除されたらしい。


「アルテミス、会いたかった」


 俺はアルテミスに駆け寄り抱きしめた。


「ああ、マスター、私は最高の果報者でございます」

「俺の事は、マスターではなく名前で呼べ」

「はい、アキト様」


 封印を解いてくれた魔王に礼を言い、俺達は自分の城に帰った。




 待ちに待った一年ぶりの再会だ。早くアルテミスをベッドに押し倒したかったが、いきなりやらせろと命令するのは気が引けたので、封印を解く苦労話などをしつつ様子を伺っていた。


 ふと、アルテミスと目が合うが、俺はつい視線を逸らしてしまう。


「アキト様、遠慮しているのですか? 私を抱きたいと顔に書いてありますよ」


 俺の鼓動が跳ね上がり、思わず両手で自分の顔をペタペタと触ってしまった。落ち着け、実際に書いてあるわけないな。

 その動作を見ていたアルテミスは優しく微笑む。


「私の心も身体もアキト様の物なのです。遠慮など不要ですよ」


 アルテミスは俺に近づき、美しい顔を寄せそっと唇を重ねた。俺はたまらずアルテミスをきつく抱きしめ、貪る様にキスをする。そして、アルテミスを抱き上げ寝室まで運び、俺達は一心不乱に抱き合った。


 会えなかった一年分を取り戻すかのような、熱く濃厚な時間を過ごし満たされた後、二人で抱き合ったまま横になっていると、アルテミスが俺に甘えながら囁く。


「アキト様、愛しています」


 俺は「ああ」と答え、アルテミスの頭を撫でる。しかし、アルテミスは何か言いたげに俺を見つめているので「どうかしたのか?」と問う。


「アキト様は、私の事をどう思っているのですか?」


 俺がなんと答えたものかと迷い「それは……」とこぼすと、アルテミスは上目遣いになり俺を見つめて「それは?」と俺の言葉を反復する。


 俺は彼女の可愛らしい仕草が、愛おしくてたまらなくなる。


「俺も……し……るよ」


 想いを口にしようとしたが、言っている途中で恥ずかしくなり、小声になってしまった。


「ふふっ、アキト様、聞こえませんでした。申し訳ありませんがもう一度言ってください」


 アルテミスは俺にどうしても言わせたいようだな、可愛い奴だ。


 俺は意を決して、はっきりと言う。


「愛しているよ、アルテミス」

「ああ、アキト様!」


 俺のその言葉に、アルテミスは満面の笑み浮かべ抱きつき、唇を合わせてくる。気分が高まった二人は何度も縺れ合ったのだった。




 人間の♀に嫌われるという、チートスキルの副作用のせいで一時は絶望したが、アルテミスのおかげで幸せをつかむことができた。これからも、彼女を大切にしようと誓うのだった。

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腐った死体のスミスさんを仲間にしたら実は正体が超絶美女だった。 ゆさま @hekspyz

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