第二話


 母親はずっとアリアを下に見ているところがあった。


 でもそれは「自分が母親だからとかそういった話ではないんだろうな」とアリアは幼いながらにそう思っていた。


 なぜなら、母親の態度が分かりやすく変わったのは「アリアに魔法の才能がある事が分かってから」だったからだ。


 それを踏まえて考えると……ひょっとしたらアリアだけでなくお兄様に対しても……そうなのかも知れない。


 アリアの前ではお兄様にものすごく期待を寄せている様な態度を取っているけれど、意外にアリアが見ていないところでそういった態度をしている可能性は否定出来ない。


 元々そういう人なのだ。


 ちなみに、宝石箱の件は無理やり動かそうとしていたところでタイミングよくアリアが部屋に入った事で壊される事はなかった。


 まぁ、たとえ動かせたとしても投げられたり叩かれたりしたところで母のか細い腕では何をどうしようと傷一つ付けられなかっただろうが……。


 なぜなら、その宝石箱には腕力なんて関係なく全ての攻撃を無効化する防御用の魔法がかけられていたからだ。


 ただ、その魔法は自称「神」とやらにもらった『魔力』が大き過ぎるが故に制御をするのが苦手なアリアがかけたモノで……。


「……」


 実はその宝石箱にかけた魔法は「魔法を使える者」であればすぐに分かってしまう程の強力な魔法だったのだ。


 つまり「魔法が使える」または「何らかの方法で学んで魔法を見る目を養って」さえいれば見ただけでこの魔法が分かってしまうというワケだ。


 そしてその事実を踏まえると……コレを「壊せる」と思って動かそうとした母親はその行動で「魔法を使えず、また勉強もしていない人間」という事を自分自身で表していたのだ。


「本当に救い様のない人……」


 実はこの国で魔法の才能がある人は年々減ってきている。


 でも、やはり魔法に憧れを持っている人は少なくなく、たとえ魔法の才能に恵まれなくても魔法関連の勉強をし、それに伴った職業に就いている人も多い。


 ただ、中には「魔法の才能に恵まれず、魔法の才能を持った人を逆恨みする人」というのも実は少なくなかった。


 しかし、魔法の才能に関しては『才能』というだけあって向き不向きや『運』も絡み、貴族や庶民など関係がない。


 だからこそ、こういった「自分は偉い!」と思っている人たちはこの事実を認められないのだろう。


 アリアもまさか自分の母親がそういった人だとは正直思いたくなかった。


 しかし、アリアのそんな思いも虚しく魔法の才能が分かると母親は自分に対する態度を大きく変えてしまった。


「はぁ、イヤな事を思い出したわね」


 そう思いつつ、早速魔法解除をした手紙をゆっくりと読み進めると……そこには驚きの話が書かれていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 人にはそれぞれの人生があって様々な経験していて……それがたとえ双子だろうが三つ子だろうが誰一人として誰かと「何もかも全く同じ人生」を歩んでいる人はいないとアリアは思う。


 それに、前世でアリアがプレイしていた乙女ゲームはあくまで「その長い人生の一部分」を切り取っているだけに過ぎない。


「……」


 前世の記憶を思い出し、ここが乙女ゲームの世界ででもまだ本編が始まってすらいない事に気が付いてアリアは悟った。


『この世界は現実で……たとえハッピーエンドで終わったとしても人生は進んでいく。それで「はい、終わり!」というワケじゃない』


 たとえゲームの本編とされている魔法学校を無事に卒業出来たとしても、その時の主人公の年齢は十八歳。


 少し現実的な話をしてしまうと、人生はこの後の方がずっと長い。


 むしろゲーム内の魔法学校にいた頃よりももっとずっとたくさんの色々な困難や壁にぶち当たるのは攻略キャラクターたちの身分などを見ているとよく分かる。


 なぜなら全員が全員この国の将来を担う若者たちばかりだからだ。それでいてのその中でもトップクラスの魔法の実力を持っているというおまけ付き。


 このゲームは『聖女』などの設定もない。


 それらを含めて考えても「元々庶民だった主人公は後々絶対に苦労するだろう」とゲーム本編が終わった後の事を考えたのだが……。


「それでも、きっと『二人は幸せに暮らしました』で終わりなのよね。きっと」


 そう、こうした物語というのは大抵こういった形できれいに締めくくられる。本当ならそこにあるはずの苦労などは一切説明せずに。


「まぁ。私には関係のない話なんだけど……それにしてもコレはどういう事なのかしら」


 アリアは魔法を解除して隠された部分を全て読み終えると、疲れたように一人で「ふぅ」と軽くため息をつく。


 いつもであればこうしたため息はあまりつかないのだが、今日ばかりはつきたい気分だった。


「……」


 なぜなら、その手紙の隠されていた部分には『兄上がクローズ公爵家の令嬢と婚約した』と書かれていたのだから──。

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