第366話 祭りの後の寂しさ

 私たちは朝食をとりながら、未来の事務所についてあれこれと、まるで、子供の秘密基地や秘密の花園の建設計画を話す様に、夢や希望を織り交ぜて話し合った。


 マルティナのみんなが集まれる漫画喫茶風リビング、ミーシャのお菓子作りができる台所、オードリーの自分の姿が確認できるような鏡張りの壁の練習室、テレジアのカイさんと一緒の個室、コロンはマルティナと同じリビングであるが、みんなで転がって、雑魚寝もできる物が良いと言っていた。


「レイチェルはどんなのがよいの?」


 コロンがメモをとりながら聞いてくる。


「私は…お風呂かしら?」


「お風呂?」


 コロンはメモから顔をあげて尋ねてくる。


「えぇ、マルティナのジュノー家で入ったお風呂が良かったから、あんなのがあればいいなと」


「あぁ、ジュノー家のお風呂ね、あれは転生者の初代皇帝が作らせたものだから、レイチェルが気に入るのも当然ね」


 丁度、その時、食堂の柱時計が9時の鐘をゴーンと鳴らす。


「あら、そろそろ学園に片付けに行かなくてはならない時間ね」


「もう、そんな時間?」


 マルティナが少し寂しそうな顔で言う。この合宿が終わる事を寂しがっているのだ。


「そうね、最後に施設の後片付けをする新兵さんを見送らないとね、今回は彼らにかなりたすけられたから」


「あぁ、新兵さんたち、みんな、愛想がよかったから、ちゃんとしないとね…」


 マルティナはテーブルに手を突っ張って、立ち上がる。


「では、行きましょうか」


 そうして、私たちは学園祭での最後の仕事をする為に、皆で学園へと向かった。今日の学園までの当校は、昨日のパーティーで夜遅くまで大人は飲んでいたので、兵隊さんたちもロラード家の邸宅に泊っており、一緒に馬車を並べての当校だ。


「では、作業をお願いします」


 学園に到着すると、コロンはすぐに施設の解体をお願いする。昨日、パーティーでたっぷりと御馳走になった兵隊たちは、愛想よくその言葉に答えて、もくもくと作業に取り掛かっていく。


「こうして、誰もいない会場を見ると、昨日の満員の観客が嘘の様ね…」


 マルティナが作業風景を眺めながらポツリと漏らす。


「すぐに軍の演習の仕事もあるから、すぐに観客が満員だったことに慣れて実感していくと思うわ」


 マルティナの言葉にコロンが答える。


「そうね…そうなるかもね…」


 マルティナはしみじみと答える。


「ところで、コロン」


「なにかしら? レイチェル」


 声を掛けた私にコロンが振り返る。


「軍の演習の他に、仕事の話が来ていると噂を聞いているのだけど、実際の所はどうなのかしら?」


「あぁ、その話? そうね、コンサートとは違うけれど、マルティナとミーシャの二人でやっていた生放送の時に宣伝をしてもらえないかという話が来ているわ。特にオペル座とかね、オードリーや他の出演者をゲスト出演させてくれって言われているわ」


「なるほど、あの生放送ね、今回のイベントの成功はあの放送があったからこそと言えるからね、では、あの放送を定期的に行っていくのね」


「出来る限り、そうしたいわね、でも、マルティナとミーシャの都合もあるからどうかしら? どう?マルティナ、ミーシャ」


 コロンは近くにいるマルティナとミーシャに声を掛ける。


「うーん、週何回かだったら良いけど、毎日は決まった時間を取られるので辛いわね」


「そうですね…毎日は話すネタを考えるのがきついかも…後、今回のように夏休みを挟むとその間、帝都から離れられなくなりますね」


 マルティナとミーシャの意見は当然の意見である。確かに毎日、決まった時間に放送するのは難しいかも知れない。前世のテレビはよく毎日同じ番組をやっていたものだ。


「そうね… 毎日だとクオリティーを維持するのも難しいし、マルティナの地方公演の時は出来なくなるわね… ムルシア先生にあの録音する魔法具をもっと作ってもらって、予め放送内容を収録するのがよさそうね」


 だんだん、前世の現代日本とやっていることが変わりなくなっている所が恐ろしい。


「他に言われている仕事の話はないの?」


「えぇ、あるわよ、今、帝都の街中には、放送を流す魔術具を五か所しか置いてないけど、うちにも置いて欲しいと言ってきてるところが殺到しているわ。これまでは、こちらから頭を下げて設置させてもらっていたけど、これからは逆になって、収入も得られそうね…」


 コロンが扇子を取り出し始める。恐らくこれからの収益の事を考え出したのであろう。


「あっコロンさんっ!」


「どうしたの? ミーシャ」


 ミーシャの声にコロンが振り返る。


「私のお父様が、ディーバ先生からあの魔法具の権利を買い取って、ラビタート家で増産したいって仰ってました。なんでも、転移魔法陣の設置工事もそのうち頭打ちになるから、次の事業をしたいそうです」


「あら、それは本当? なら、どんどん事業を拡大していけそうだわね…今後が楽しみだわ… ラビタート卿に商談の連絡をしておかないと…」


「それなら、設備の事だけではなく、放送する番組内容も色々と考えていかないとダメね、マリンクリンの声だけの劇を流すとか、あと、マリンクリンになったマルティナが、宣伝も兼ねて有名店を食べ歩きするとか?」


 私は日本での番組を思い出しながら、述べていく。


「いいわね!それ頂きだわ! レイチェル! 他にはもっとないの?」


 コロンは懐からメモを取り出して、色々と書き込んでいく。


「そうね…定番では、事件などを伝えるニュース番組や、天気予報とかも便利ね、釣りや農業などの野外活動をする人は天気の情報は重要だからね」


 そんな感じに、これからの新兵さんたちの施設の解体風景を眺めながら、今後の事業について、色々アイデアを出して話し合っていく。コロンはその一つ一つをメモにまとめていき、今後の事業に生かすつもりだ。まだ15歳だというのに、皇后を目指していた侯爵家の令嬢と言うのは、凄いものだ。


 そんな時に、隊長のランディーさんから声が掛かる。


「撤収作業が終了しました!」


 その声に、施設のあった場所を見渡すと、今朝まであった施設がきれいさっぱりに片づけられて、いつものグラウンドの姿に戻っていた。私たちが話に熱中している間に済ませていたのだ。


「もう、いつものグラウンドになってる…」


 マルティナがポツリとつぶやく。


「ランディー様、兵隊の皆さま、本当にご苦労様でした。皆様のお陰て、私の達のイベントは大成功することができました。ありがとうございます」


 そういって、コロンが兵隊さんに頭を下げて、私たちもそれに見習う。


「いえいえ、こちらこそ、美味い料理を御馳走になりましたし、今までに聞いた事のない歌をきかせてもらいました。今では隊の全員が皆さんのファンですよ」


 隊長がそう言うと、兵隊さんたちがうんうんと頷く。


「そう言って頂けますと助かりますわ。また、後日、演習の時にお世話になりますので、その時はよろしくお願いしますわ」


「はい、こちらこそお願いします。演習の時には、家族も呼んで皆さんの歌を聞かせてやりたいですよ」


 ランディーさんは良い笑顔で答える。


「では、皆さま、我々はこれで、戻ります!」


 最後にランディーさんが隊長らしくビシッと敬礼する。


 私たちもそれに答えて、貴族令嬢の作法で応える。


 兵隊さんたちはつぎつぎと馬車に乗り込み、馬車が動き出す。その姿に私たちは手を振って見送り、彼らも手を振って応えた。


「とりあえず、学園祭が終わったって感じね…」


 彼らの姿が見えなくなったところで、マルティナは振っていた手を降ろして呟く。


「そうね、暫くは、今後の話し合いで、すぐに何かするってことはないから、みんな、暫く休めるわよ」


「では、今日はここで解散ですか?」


 ミーシャがコロンに尋ねる。


「そうね、みんなの荷物はもうそれぞれの場所に運んであるから、合宿はおしまい…でも、いつでも遊びに来てくれていいから」


 そういってコロンがみんなに微笑みかける。


「そうね、またみんなでお祭りみたいに騒ぎたいわね」


「なんだかんだいって、合宿の間は楽しかったね」


 テレジアとオードリーがそういって微笑む。


「では、また次のイベントを考えておくわ、それまで、ゆっくりと休んで」


 そうして、みんなはそれぞれの家に帰っていく。学園の寄宿舎住まいの私たちは、そのみんなを最後まで見送っていた。そして、みんなの乗った馬車が見えなくなってから、私とマルティナはお互いを見る。


「じゃあ、私たちも帰ろうか」


「そうね、帰りましょうか」


 そうして、私とマルティナは寄宿舎に向かって歩き始める。


そして、私の部屋がある寄宿舎へと辿り着く。


「マルティナ、どうする? 私の部屋に寄っていく?」


 いつものマルティナなら、私より早く部屋に入ってソファーに腰を降ろすのだが、今日のマルティナは首を横に振る。


「ううん、今日は帰って、早めに寝るわ、まだ、疲れが残っているから…」


「そう…では、また明日ね」


「うん、また明日」


 そう言って、マルティナは自分の家へと戻っていた。


 私は寄宿舎に入り、自室へと向かう。そして、部屋の扉を開けて中へ入る。


「あっ! お帰りなさいませっ! レイチェル様!」


 中には先に荷物の運搬をしていたエマの姿があった。


「ただいま、エマ」


 私が微笑んでエマにただいまを告げるが、エマの顔は曇っている。


「どうしたの? エマ」


「そ、それが…私が荷物を運びにこの部屋に戻って来た時に、あれが…」


 そう言ってエマがテーブルの上を指差す。


 そこには、一厘の黒薔薇とメッセージカードが置かれていた。



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