第276話 本当の友人になれた日

 私とコロン様を乗せた馬車はロラード家に到着して、私とエマは着替えや教科書などの荷物を馬車から降ろす。


「では、コロンお嬢様、テレジア様を迎えに行ってきます」


「あぁ、ついでだから、カイ様も一緒に連れて来て、カイ様お一人では大変だと思うから」


「分かりました、コロンお嬢様」


 そう言う事で、私たちを降ろした馬車は、テレジアを迎えに行くため再び出発する。


「では、レイチェル様の部屋にご案内するわ」


 私はコロン様に案内されながら館の中を進んでいく。その中で、私の中にあった疑問をコロン様に投げかけてみる。


「あの、コロン様」


「なにかしら?」


「歌だけでコロン様のお兄様方やその同僚の方々にかなりの人数の手ごたえがあるので、そちらに搾って計画すれば、成功は確実だと思うのですが、何故、マルティナは演劇の方まで手を伸ばすのでしょうか?」


 正直、歌だけに搾れば、公演の成功は確実であろうが、演劇については、まだ海の物か山の物か分からない状態である。そんな状態で演劇の方が失敗すれば、歌の方での成功分をマイナスにしてしまうかも知れない。ここは堅実に成功が約束されている歌だけに搾る方が良いのではないかと思う。


「あぁ、その事ね、マルティナはね、姉としてカッコいい所を見せたいのよ」


 コロン様は肩越しにチラリとこちらを見る。


「姉として?」


 コロン様は立ち止まって、私に向き直り語り始める。


「そう、演劇に弟妹達を招待して、一人でも立派にやっていける所を弟妹達に見せたいのよ、だから、わざわざ低年齢向きの演劇も行うのよ」


「…それは、婚約破棄の事で家から追放されたとしても、姉としての立派な姿を弟妹達に見せておきたいという事ですか…」


 マルティナは普段、のほほんとしているが、やはり慕ってくれる弟妹の事は色々と気にかけていたのか… 出来れば、あの家族は別れることなく、あの幸せな姿のままでいてくれたら良いのだが、それもあのジュノー卿の判断しだいという事か… マルティナのやる気を認めてくれたらよいのだが…


「でも、結局の所ね、私もマルティナも最初の願望からは逃れられないのよ」


 コロン様はそういうと再び歩き始める。


「最初の願望?」


「えぇ、マルティナは小さなころから、弟妹が一杯いたから、構ってもらえない寂しさを、誰も自分の事を見てくれないと思って、誰かに自分がここにいるという事を知ってもらいたい見てもらいたいという願望が強かったのだと思うの。だから、その表れがそのアイドルという前向きな形で出てきたのだと思うわ」


 なるほど、マルティナのアイドル宣言は寂しさの裏返しの自己顕示欲なのか…


「では、コロン様は?」


「私は…そうね、アレン皇子を導き、国母となって帝国の人々を導くのが私の務めだと、今までずっと考えていたわ…でも、アレン皇子と婚約破棄になり、アレン皇子を導く必要もなくなり、国母となって帝国の人々を導く事ができなくなった…でも、今さら、自分だけの事を考えろと言われても… 結局、私も人が恋しいのよね… 誰か一緒にいてくれないとやる気が出ないというか生きる意味がないというか… だから、マルティナを導いて、今度は文化で皆と一緒になろうと考えたのよ」


 マルティナが自己顕示欲なら、コロン様は承認欲求だと思う。社会に貢献することでアイデンティティを感じているのであろう。


 二人とも見た目や正確はかなり異なるが、人格を形成する根元の部分では、我が道を行くというタイプではなく、他人あっての自分という所は同じなのか。


 だから、コロン様はマルティナと二人三脚と仰っていたのだと思う。



 その後、私はロラード家で滞在する部屋に案内され、荷物を片づけた後、皆で話し合う会議室へと向かう。先に会議室に来ていたコロン様は私をお茶に誘う。


 よく考えてみれば、最初にコロン様にお茶に誘われた時にはかなり緊張していた記憶がある。あの時はいかにしてコロン様に気に入られるか、信用されるかを考えていて頭の中がそれだけで一杯だった思い出がある。


 それが今ではこうして自然体でお茶をして会話が出来ている。そう思うと、知り合いではなく本当に友人になれたような気がするし、私もこの世界の一員として馴染んできたような気もする。


 今、こうしてマルティナやコロン様に協力している事にしても、ゲームの中にあったイベントをなぞっているのではなく、マルティナとコロン様という現実の友人のゲームのイベントではない手助けをしているのだ。


 コロン様がアレン皇子との決別を決めた時、彼女は未来の白紙地図を手に入れたと言っていた。現在の私もゲームのイベントではない、白紙の未来に向かって白紙の地図を歩いている状態である。


「レイチェル様、なんだか嬉しそうな顔をなさっていますが、どうされましたの?」


 コロン様が私の自然と零れ出た笑みを見て問いかけてくる。


「…私は今まで、夢で見た未来の光景にそって生きてきました。でも、今の状況はその夢にはない全くの白紙の地図を見て歩いている状態なのです。でも、考え直すと、それが普通の人にとっては当たり前の生き方です。だから、私はようやくこの世界で当たり前の生き方ができるようになってきたのだと思いまして」


 コロン様は私の言葉を聞いて少し考えてから、ゆっくりと話し始める。


「普通の人間からしてみれば、先の未来が見えた方が、失敗を回避して成功を掴めるのですから良い事の様に思えます。でも、レイチェル様の言葉を考えると、結末を知っている本を読むような事だったのですね…」


「その意味もあります。でも、それよりもなんていうか…本を読む、読者の俯瞰した視点ではなく、本の中の登場人物になって他人事の人生ではなく、自分自身の主観的な人生だと思えるようになってきたのですよ。その事が少し嬉しかったのですよ」


 私の言葉にコロン様は何かはっと気が付いた顔をして、その後、穏やかな優しい顔になる。


「レイチェル様は今まで疎外感を感じておられたのですね、他の子供たちが遊んでいるのを眺めている様な感じで…」


 私もコロン様の言葉ではっと気が付く。私自身、無意識な所もあり、言葉足らずというか舌足らずというか、上手く言語化できない事があったが、私自身、物事を達観したような所があったが、実際はそうではなく、私は皆と一緒になれない寂しさの疎外感を自分は達観していると思い込んでいたのだ。


 前世での私は、私に憑りつく存在の為、皆に上手く溶け込めずにいた。そして、この世界に来てから、私は転生者として、全ての事柄を俯瞰して客観的に見てきた。


 でも、漸くこの私を友人として友達の輪に入れてくれる仲間が現れたのだ。だから、私は嬉しいと感じる事が出来たのだ。


「あの…ひとつお願いしてもいいかしら?」


 コロン様は私に声を掛けてくる。


「なんでしょうか、コロン様」


「その…お互いに様付けは終わりにしませんか?」


 私はその言葉にはっと息を飲む。私は今までコロン様を物語の中の憧れの人物として様付けで呼んで来た。でも、それは私が無意識に作っていた私と彼女の障壁のような物だと初めて気が付いた。


「ダメですの?」


 息を飲んで固まっている私に、コロン様は不安そうに訊ねてくる。


「そ、そんな事は無いです! 本当に友人になれたようで少し驚いたというか戸惑って…でも…凄く嬉しくて…」


 私がそう答えると彼女は嬉しそうに微笑む。


「では、もう様付けでなくていいわね、レイチェル…」


「…はい、コロン」


 ようやく、私たちは本当の友人になれたのであった。


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