第143話 私の部屋ではない

 あの気まずい応接室での一件があった後、昼食の時刻となり、私の家族と、セクレタさん、ディーバ先生、そしてマルティナと一緒に昼食を摂る事となった。


 実のところ、私が学園に入る前の屋敷にいた時は、自室でセクレタさんと一緒に昼食を摂る事がほとんどだったので、なので実家の食堂で、家族と一緒に食事を摂るのは初めての事であった。


 しかし、実際に食堂に行って昼食会が始まって見ると、母親の姿はない。父が言うには、持病もちで気分が悪くなったので、昼食会は欠席したそうだ。その代わりに私の弟と妹であるロータルとロッテが同席していた。


 母親と同じ銀髪で父と同じ濃い茶色の瞳をした二人は、私が学園に入学した時からあまり変わっておらず、以前のままの性別だけが異なる双子で、衣装を取り替えればどちらが弟か妹か分からないほどよく似ている。


 その二人が私の視線の端で、じっとこちらの様子を伺っているのが見えたので、私は微笑みながら、二人に向き直る。しかし、二人は私と目が合うと、肩をビクつかせて慌てて目を逸らす。


 やはり、相変わらず二人は私に懐いてくれるどころか、怯えた様子だ。


 一体、転生する前のレイチェルと二人の間に何があったのだろうか、目が合うだけで怯えるほどの事を転生の前のレイチェルが行ったのか…それで母親が私を避けているのか…


「そういえば、セクレタさん」


「あら?なにかしら、レイチェルちゃん」


「お連れの方がいたのでは? 同席されないのですか?」


 私が尋ねると、セクレタさんはふぅっとため息をついた。


「あの人たちと食事をするのはね…ちょっと…」


「マナーができていないとかですか?」


「いえ、そうじゃないのよ、一部の方…特にレイチェルちゃんやそのお友達のマルティナ様、あと、その子たちも食事どころではなくなると思うのよ…それに元々、あの人たちは爵位持ちでもないから、正式な食事会に同席するのはちょっとね…」


 私やマルティナ、弟と妹が食事どころではなくなるってどういうことなのであろう?


 その後、父とディーバ先生、セクレタさんは日常会話を交わしながら食事をして、私とマルティナもお互いに小声で話しながら食事を続けた。途中、マルティナが私の弟妹に笑顔で手を振ると、弟妹達も笑顔で手を振ってマルティナに返していた。どうしてだ。


 そして、午後の一時から現場の下見が始まるという事になって、それまでの時間は自由時間となる。先生やセクレタさんたちは父とお茶を飲みながら話を始めたので、私とマルティナは手持無沙汰になった。


「ねぇ、レイチェル。貴方の部屋を見せてよ」


「いいわよ、マルティナ、でも私の部屋は何もないわよ」


「何もないと思っているのは本人だけで、他人から見ると違う場合が多いのよ」


「そうなの? でも、家探ししても何も出ないわよ」


 そうマルティナに答えて、彼女を私の部屋に案内する。


 こうして、実家の部屋に向かう廊下を進んでいるが、私にとってのこの家は、転生したばかりの思い出が強すぎて気楽な実家にいる気分には浸れない。逆に当時の心細かった記憶が強いので他人の家を歩いている気分になる。


 廊下の壁も床の様子も、私が学園に旅立った時と同じなのに、郷愁の念が湧かない。もはや、寄宿舎の自室でマルティナやエマがいる風景こそが私の家で、私の落ち着ける場所になっているのだと、改めて思う。


「ここよ」


 私は自分の部屋の扉の前に立ち、マルティナに声を掛ける。私はドアノブに手を掛け、一度唾を呑み込んでから扉を開く。


 中を見渡すと、私が学園に旅立った時のままである。中に進み家具や調度品を確かめると、ちゃんと清掃されている様で、誇り一つない。その事が、私が戻って来るまでこの部屋の時間が凍結されていたような錯覚を覚える。


「へぇ~ 寄宿舎の部屋と同じでシンプルな部屋ね」


 マルティナが私の横をすり抜け、部屋の中へと進んでいく。


「というが寄宿舎の方が色々荷物が多いんじゃない?」


 マルティナがベッドに座り込む。


「そうかもね…というか、この部屋は私の部屋だけど、私の部屋じゃない感じがするのよ」


「えぇ?実家なんでしょ?また、どうしてよ」


 私はマルティナの側に近づいて、その隣に腰を降ろす。


「私の転生した場所はこの家の庭で、目覚めたのがこのベッドの上だったのよ」


「えっ? ここ? 私、座っちゃっているけどいいの?」


 マルティナは目を丸くしてベッドを見る。


「別にいいわよ、ある意味、ここは私が新しく産まれた場所で、死んだお墓ではないから」


 私は軽く笑って答える。


「でも、どうして自分の部屋じゃない気がするの?」


「私は転生してからここで暮らしていたのだけれど、何時覚めるか分からない夢でも見ている様な気持ちでいたの、だから、私が目覚めて元の世界に戻り、本来のレイチェルがこの身体に戻った時にそのままの状態にしておきたかった…だから、ずっと他人の部屋を借りている気分だったの」


 私の言葉にマルティナは頭を捻って考え始める。


「なんだか分かる気がするわ、私の場合は学園の礼拝堂で目覚めた訳だし、その後、自分の部屋に戻ってもまだ日の浅い所で、日本の一般庶民の私には広すぎる部屋だったから落ち着かなかったわ」


「だから、私の部屋にいりびったっていたのでしょ?」


「そうね、自分の部屋じゃないけど、みんなのいるリビングって感じで居心地が良いわね」


 そう言って、マルティナはにこっと笑う。


「私も、なんだか家族のいる場所みたいに思えて、今では寄宿舎のあの部屋が一番居心地がいいわね」


 私もそう言って、マルティナに微笑みかけるが、ふいに誰かの視線を感じる。


「ん?誰?」


 私が視線を感じた先を見ると、扉の所に、私の弟妹のロータルとロッテの姿があった。二人は扉の隙間からじっと私の姿を見ている。


「どうしたのよ?二人とも?」


「あら、レイチェルの弟妹ね、こんにちは~」


 マルティナが微笑んで手を振る。しかし、今度は食堂の時の様に手を振って返さない。マルティナはその二人の様子を不思議に思って首を傾げる。


「どうしたのよ?さっきは手を振って返してくれたのに…」


 そう言って、マルティナが残念そうな顔をしていると、妹のロッテの方が口を開く。


「お友達のお姉ちゃんは怖くないの?」


 声を掛けられた事でマルティナは気を取り直して二人に向き直る。


「お友達のお姉ちゃんって私の事?」


 二人は無言で頷く。


「それで、怖くないのって、何が?」


 マルティナが二人に尋ねると、二人は互いに顔を見合わせてから、マルティナに向き直り、二人でユニゾンして返事をする。


「レイチェルお姉さまに、くっついている物…」


 私もマルティナはその二人の言葉に凍り付いた。


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※はらついの次回は現在プロット作成中です。

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