第112話 夢の共有
「コ、コロン様…私はもう大丈夫ですから、御放し下さい」
コロン嬢のたわわな胸に抱きしめられていた私は息苦しくなってきたので、コロン嬢に解放を要求する。
「あら、レイチェル様、もういいの?」
「はい、オードリー様を説得する時に一気に吐き出してきたのでもう大丈夫です」
コロン嬢は私を解放して席に戻り、そのコロン嬢に私は再び向き直る。
「それと、コロン様にもう一つお話しないといけない事があります」
その私の言葉に何を話すのかを察したマルティナがビクリと動き、目を見開いて私を見る。
「レイチェル様は色々と抱え込んでいる事が多いのね、話して頂けたら私も力になりますわ」
それは難しいだろうと心の中で思う。ディーバ先生ですら私に憑りつく存在に対して打つ手を持っていないのだから…
「この問題は、私が前世から転生する前…いや、もっと前の人生を送っていた時から始まっているのかも知れません…」
本当に私は『アイツ』と何時から共に過ごしているのであろうか…
「私には、そうですね…悪魔と言うか…悪霊というか…悪神というか…そのようなものが、前世の時から憑りついています… それは恐ろしい存在で、人を肉体的に殺すなら、魂として存続したり私のように生まれ変わる事もできますが、そいつは人の魂を喰らいます。なので、魂を喰われてしまうと、本質の存在自体が殺されて消えてしまうのです…」
「前から黒いオーラが見えると思ったら、呪いを掛けられているのではなく、憑りつかれていたのね…」
「えっ? コロン様は見えていたのですか?」
私はコロン嬢から思わぬ言葉が出て来たので驚きの声をあげる。
「えぇ、侯爵令嬢の嗜みですから…それとデビドが貴方の事を怯えていたようでしたし…それよりも、その存在を取り払う事はできないの?」
コロン嬢の後ろで直立している黒い執事はビクリと動く。しかし、侯爵令嬢にそんな嗜みが必要だったとは…
「えぇ、ディーバ先生にも相談させて頂いているのですが、どうやらその存在は私の魂に鎖でつながれている様でして…難しいとの事です」
「魂に恐ろしいものが鎖で拘束されている…レイチェル様、貴方はやはり特別な存在の用ね… 通常なら、憑りつかれている物に影響を受けてその人も変わっていくというのに、貴方は人間らしさを保ったままだわ」
「どうなのでしょう? 私に憑りつく存在は私に復讐することが目的の様なのですが、私自身には干渉してきません。どうやら、人の魂を喰らう事で拘束から逃れて、逆に私を取り込み、その後で私の大切な人たちを殺して回るつもりなのです…」
「その目的はどうして知りえたの? その存在が語りかけて来たの?」
「いいえ、拘束する鎖が一本切れた時に、夢で見せられました…」
私はあの時の夢を思い出し、少し身体が震える。
「…夢? 夢でそのような事を…」
コロン嬢が目を細める。
「はい、夢です…それもかなり現実味を帯びた夢を見せられました…音や感触、臭いや味に至るまで、生々しい夢を…」
コロン嬢は私の話を聞いて、目を閉じて暫し考え込み、再び目を開いて私を直視する。
「レイチェル様…私も貴方に話さねばならない秘密があります…」
コロン嬢は決意を決めた目をしている。
「コロン様からですか?」
「えぇ…私も夢を見たことがあります…それも不思議な夢を…」
彼女の表情が少し曇る。あまり良い夢ではないのだろう。
「それはどの様な夢ですか?」
「それは、学園生活の夢ですが、普通の夢では無かったのです…どういう訳か、私とレイチェル様、貴方とアレン皇子を巡って争っている夢です…」
コロン嬢の言葉に私だけではなくマルティナもビクリと動き、驚きで目を見開く。
「そうですね…例えていうなれば、今のシスティーナ王女の立場が貴方に入れ替わっている様な夢でしょうか…」
間違いない、コロン嬢の見た夢はゲーム本来のシナリオに沿った夢だ。でも、一体どうして、その夢を…
「コロン様! その夢はどこまで見たのですか!?」
マルティナがコロン嬢に前のめりで尋ねる。
「どこまでと言うか…入学式の所から、今現在に至るまでしか見ていないけど…何故だか、その先に良くない事が起こるような気がするの…」
「えっ? 入学式からの夢をみているのですか?」
「えぇ…そんな事は無かったはずなのに、入学式でアレン皇子と、その…レイチェル様が人目を憚らず仲良くなさっている所から始まって、最近のシスティーナ王女のように一緒に行動するところまで何だけど…その先も薄っすらと見えるような見えないような…」
ゲームの冒頭部分からの今現在に至るまでのゲームのシナリオ通りの夢だ。まさかコロン嬢がそんな夢を見ているなんて思いもしなかった。
「その夢はいつ見られたのですか?」
「不思議な事に、この学園に入る前からこの夢が始まっているのよ…そして、何度も定期的に見るの…」
アレン皇子達の『攻略対象』にしろ、コロン嬢たちの『悪役令嬢』にしろ、時々、ゲームのシナリオ通りの強制力のようなものが働くのは、この夢が原因なのかも知れない。
コロン嬢にゲームの事も話してしまうか…いや、ゲームなどという概念は分からないであろう。しかも、自分がただの登場人物だなんて、荒唐無稽すぎて信じてもらえないかも知れない。
「コロン様、実は私も同じような夢を見たことがあります…」
私はゲームの話を夢として語る事にする。
「その夢の中での私は、コロン様が見られた夢と同じようにアレン皇子達と仲を深めていました。でも…その為に、私と関わった多くの人が不幸になる結果を見てしまいました」
「では、私が薄っすらと感じている予感のようなものは、貴方の夢の中では現実のものとなっているのね…」
「はい…だから、私はそんな不幸な未来には辿り着きたくないので、夢の中の話通りには行動しませんでした」
「あぁ、やはりそうでしたのね… 入学当初、貴方が夢の通りにアレン皇子たちと仲良くなり始めるのではないかと、不安に思っておりました…でも、貴方はそうなさらなかった…別の時にも同じような事があったのに、貴方は同様に夢とは異なる言動をされました。だから、私は不思議に思っていたのです」
そして、コロン嬢はマルティナに向き直る。
「マルティナ、貴方も同じ夢を見ているのではないの?」
「えっ?コロン様!どうしてそれを!?」
「だって、夢の中のマルティナはレイチェル様の事を蛇蝎の様に嫌っていたはずなのに、ずっとレイチェル様の部屋に入りびたって、仲良さそうにしているのだもの。私、ちょっぴり嫉妬してしまいましたわ」
そう言って少し意地悪そうな表情を作るが、すぐに優しい笑顔に戻る。
「二人ともオードリーの事だけではなくて、私の事も助けて下さっていたのね…ありがとう…私、こんな良い友人を持てて、本当に幸せだわ…」
コロン様は私とマルティナの手をとり、優しく握りしめる。
「コロン様…」
「私もコロン様のような素敵な友人を見捨てる訳にはいきません」
そう答えながら、私とマルティナはコロン嬢の手を握り返す。
「ありがとう…マルティナ、レイチェル様、本当にありがとう…」
私たちは改めて友情を確かめ合っていた。その様子を黒い執事は遠い目をしながら眺めていた。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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