第029話 和解
ディーバ先生とリーフがマルティナ嬢を礼拝堂に運んだ理由を、私がどの様に話すのか、じっと見つめている。
玲子時代の話は出来ないとして、どこまで話すかだ。魂が欠損している事だけを話すのか、それとも背後霊の事まで話すのか… そもそも、この世界に背後霊の存在はあるのだろうか…
私は迷った挙句、背後霊の事まで話そうと決意する。そこまで話さないと、マルティナ嬢の意識が回復しない恐れがあるからである。
「私が実際に体験した記憶か、それともどこかで見聞きした記憶かは分かりませんが、マルティナ嬢を礼拝堂に運んだ理由をお話致します」
リーフはうんうんと頷く。
「マルティナ嬢の今の状態は、私に憑りつくものに恐れをなしたマルティナの背後霊と言われる存在が逃げ出し、その際に背後霊と癒着していたマルティナ嬢の魂の一部が欠損した状態にあります」
私の言葉にディーバ先生の顔が、ほんの僅かではあるが、驚いたような、口角が上がったような気がした。
「そんな状態の彼女をそのまま放置しておくと、良くない霊が現れて、彼女を乗っ取ろうとする恐れがありました。なので、彼女を神聖な場所に移動し、彼女に良い背後霊がつくようにと思って、礼拝堂に運びました。これが理由です」
「へぇ~そうだったのか~」
リーフは納得した顔をして、ディーバ先生はなんだか感心したような顔をしている。
「ふむ、どこで仕入れた知識かは分からないが、大変良い考察だ」
「そ、そうですか」
私自身の考察ではなく、玲子時代の知人、トモコの考察なので褒められても素直に喜べない。もし、トモコに大変良い考察であると伝える事が出来れば、彼女は喜ぶであろうか。
「私のマルティナ嬢に関する診断も同様の結果だ。しかしながら、マルティナ嬢の状態は更に深刻だ。先程、君は魂の一部が欠損すると言っていたが、彼女の状態は一部が欠損するというか、一部しか残っていない」
「あぁ、その事ですか…私の覚えている話では、背後霊は子供の頃からついていて、成長に伴い、子供の魂と同化していき、大体二十歳前後で子供の魂と背後霊が同化すると言われていました。マルティナ嬢は思ったよりも魂との癒着が進んでいたのでしょうか」
そこで私はふと思いつく。魂の大半を失い、それを背後霊によって補完する。しかし、それは同じ魂と呼べるものなのだろうか。
『テセウスの船』という言葉を玲子時代に聞いたことがある。船のパーツを交換していって、全てのパーツを取り替えた時、その船はもとの船と同一の船と言えるのかという問題である。
では、魂の場合はどうなるのか。テセウスの船とは異なり、もともと取り替えるパーツそのものが異なっている。あの事件での二人も人が変わったようだと言われていた。それではまるで身体を乗っ取られているのと変わらないではないか…
そこで私ははっと思い当たる。
私自身、この『レイチェル』という存在はどうなのか…レイチェルという肉体の器を、『二宮玲子』という魂が乗っ取った? では、元々の『レイチェル』の魂はどこへ行ったのか!?
もし、元の『レイチェル』が魂で、『玲子』が背後霊の様なものであるなら、レイチェルの『記憶』はどうしてほとんど思い出せないのであろう? あの事件の二人は背後霊で魂を補完していても、それまでの『記憶』は保持されていた。
『レイチェル』と『玲子』のケースと、あの事件の二人のケースでは何が違うと言うのだろうか… 魂、背後霊、記憶… この三つの関連性が分かったようで分からない…
「どうしたのかね? レイチェル君」
考察で思い悩んでいる私に、ディーバ先生が声を掛けてくる。
「いえ、マルティナ嬢の様に魂のほとんどを欠損し、それを背後霊で補完した場合、それはマルティナ嬢と言える存在なのでしょうか? それとその場合の記憶はどうなるのか… その辺りを考えておりまして…」
「ふむ、そこか…」
ディーバ先生はそう言うと、立ち上がり本棚から一冊の本を取り出して、私の所へ来て差し出す。
「これは?」
私は本を受け取り、そして尋ねる。
「神智学の教科書だ。選択科目で私が授業を受け持っている。先程、君が疑問に思ったことを教えている。興味があるのなら受けてみなさい」
確かに大いに興味がある学問であるが、先生から直接手渡しで教科書を受け取ってしまった以上、拒否はできないであろう。ただ、今の現状に少し疑問が浮かび上がる。
「ありがとうございます。是非とも受講させていただきます…それで、先生…」
「ん?なんだ?」
「私に憑りつくものの扱いはどうなるのでしょう? 私は、この憑りつくものの為に、牢獄にでも投獄されるのではないかと心配しておりましたが、先生が授業を進められたので、その心配はないという事でよろしいでしょうか?」
私がマルティナ嬢をこっそり運んだ理由、それがこの件である。私自身、『アイツ』の危険性については十分すぎるほど自覚している。なので、『アイツ』の存在が他者に露見した場合、人権意識の低そうなこの世界では、私は投獄やどこかで監禁、下手をすれば処刑されるのではないかと恐れていた。
「君が加害者であったのなら私は逮捕するつもりであったが、君は表立っては学園の生徒であり、子爵位の子女でもあり、今回の事件では被害者の立場の人間だ。私、個人の権限で、そんな事はできん。ただ…そうだな…」
ディーバ先生は顎に手をやり、考える。
「もしかして、悪霊を取り払うとかですか?」
ここは魔法も精霊もいる世界である。もしかしたら、そんな力で私に憑りつくものを払えるかもしれないと期待してみた。
「馬鹿を言うな! そんな事は大海の水を取り除けと言っている様なものだ! 到底できるようなものではない」
「そうですか…」
ちょっとは期待したのに残念だ。
「いや、ただ君の置かれた状況は危険でもあり、同情すべきものでもある。なので、定期的に私の所へ出頭して、逐一現状を報告するように、それと、今回のマルティナ嬢の様な事があれば自力救済をしようとはせず、先ず私に相談しなさい」
これは自分を頼れと、ディーバ先生は言っているのであろうか…
「先生を頼ってもよろしいのですか?」
「君は学園の生徒で、私は学園の教師だ。頼らないでどうする」
私は瞳に涙が溢れてくる。私は今まで、『アイツ』の事で、皆、私を避けるばかりで、誰にも頼ることが出来ず、自分一人で思い悩んでいた。そんな私に初めて頼れと言ってくれた人物が現れたのである。
「ど、どうしていきなり泣き始めるのだ!?」
「いえ、私、嬉しくて…初めて頼れる人が現れて…」
そう言葉にすると更に涙が溢れてくる。
先生は私の状況に、最初は戸惑っていたが、落ち着きを取り戻し、私にハンカチを差し出す。
「生徒と教師以前に、君は子供で私は大人だ。子供が大人に頼らないでどうする。さぁ、これで涙を拭いなさい」
私はハンカチを受け取りながら、先生の顔を見る。先生の顔は先程までの厳めしいものではなく、子供を諭すような優しい大人の顔になっていた。
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