「死闘と偽りと」

 魔力の跡を辿るという行為は、音を聞く行為に似ている。魔力も音もその場に留まり続けることはなく、そして小さくなるほど感覚を研ぎ澄まさなければ辿ることができない。

 酒場からここまで追う間にも、魔力は刻一刻と薄れていく。魔力とは何かに定着し、もしくは循環しなくてはすぐに霧散してしまう脆いものだ。俺は微弱な魔力に全神経を傾けていた。

 すっかり朝の活気に湧く市街地を、人混みを縫うように駆け抜けて行く。魔力の源に近付くにつれ、人ごみは徐々に薄れ、それに比例して周囲の景色は整った上品なものに変わる。

「この方向、中心から離れてるな……」

 高級な住宅に囲まれ、振り返ればマルレーンを一望できるそこはリゾート区だった。ここはマルレーンの高台にある一等地で、金持ちどもの別荘や、高級な宿泊施設が多く軒を連ねる。一件ごとの敷地も広く、そこに構える邸宅もバカみたいにでかい。きっと中では鼻持ちならない成金どもがふんぞり返っていることだろう。

 なだらかに傾斜した通りを駆け上がりながら俺は情報を整理する。

 殺された酒場のマスター。襲い掛かってきた謎の男。不自然な通信器。

 これらはまだ点でしかない。だがこれらが繋がり線となり、結果何が現れるのかは通信相手にかかっている。

 俺は左腕があった場所を押さえ、薄く笑みを浮かべる。この俺の腕を奪ったんだ。その代償がどれほどのものか、思い知らせてやらなくては。

 正直、もうベルゼル探しなんてそっちのけになってしまっているが。

 そうしているうちに魔力は一つの屋敷の前に俺を導いた。広大な前庭の向こうに聳える大きな屋敷。居並ぶ金持ちの家々と比較してもなお大きい豪邸だ。門前には屈強な警備員が直立不動で立ちはだかり、鋭く剣呑な目を周囲に向けている。ただの別荘にしてはいささか物々しい。

 きな臭い匂いがプンプンしやがる。強すぎて鼻が曲がりそうだ

 すぐにでも乗り込みたい衝動が俺の足を動かそうとするが、それをぐっと押し込める。好奇心旺盛であることは認めるが、後先を省みないほど馬鹿でもない。中の様子がわからない以上、迂闊な真似はできない。少なくとも、失った左手を戻す必要はあるだろう。

「ま、場所はわかったんだ。今はそれでよしとするさ」

 俺は自らに言い聞かせて踵を返そうとした時、巨大な門扉が重々しく開く。

 警備員の敬礼を受け姿を見せたのは、一人の老人。

 見た目の割にはしっかりとした足取りは老いを感じさせない。身に纏ったベージュのローブには金の刺繍が施され、身なりの良さから初老の紳士といった出で立ちだ。

 警備員に一言、二言告げ門を出たその老人はその場で僅かの間、佇む。

 そして、不意にこちらを向いた。

 老人と正面から目が合った瞬間、背筋を寒気が走り、俺は指先一つ動かせなくなる。

 魔法ではない。奥底からこみ上げてくる、久しく忘れていたその感情。

 それは、恐怖。

 原初の頃から植えつけられた、俺という存在のと共にある根源的な恐怖。

 それはやがて記憶の奥底に埋もれた絶対的存在の輪郭を思い起こさせた。

 馬鹿な。ありえない!とこの人間はどうやっても繋がらない。

 頭を振ってすぐに自身の考えを打ち消そうとするも、生じた感情は拭えず、胸中にこびり付いて離れない。

 そうしているうちに、気付けば老人は俺の目の前まで歩み寄っており、人畜無害そうな穏やかな笑顔を向けていた。

「こんにちは」

 老人が何を言ったのか、一瞬わからなかったが、それがただの挨拶だとわかり「あ、ああ」と曖昧に返す。

「差し出がましいようですが、見たところ、お怪我をされていらっしゃるようですが?」

 俺の左肩の付け根を見、気遣うように言う。よく見ればジャケットの下から血が滲んでしまっている。

「た、たいしたことは無い。ちょっと転んだだけだ」

「でも、出血しています。然るべき場所で診てもらったほうがいい。人を呼びましょうか?」

 心底俺の身を案じているように見える老人だが、先ほどの感覚が拭えない俺にはその姿の方がひどく奇異に見えた。

「いや、本当に大丈夫だ。いつものことだ」

 腕がなくなるのがいつもの事なわけねぇだろ、と自分でもツッコミたくなるが、そんなことより早くこの老人から離れたい一心だった。

「そうですか。でもあまり無理はなさらない方がいい。ちゃんと治癒術師に診てもらうのですよ?」

 幸い、老人は俺の言動に不審がる様子はなく、忠告をすると「では失礼」と言い残し、去っていった。老人が視界から消えると、全身に絡まり俺の体を雁字搦めにしていた緊張の糸が切れ、肩の力がどっと抜ける。

「あのジジィ、一体何者だ……?」

 改めて冷静に今の老人を分析してみても原因がわからない。魔力の質や量が異常というわけでもなく、酒場の男のような不気味な雰囲気を持っているわけでもない。

 結局、俺が感じた感覚に答えは出ず、後味の悪い思いだけが残る。額に手を当てるとべっとりとしたいやな汗が掌を濡らした。こんな嫌な汗をかいたのは召喚以来初めてだ。

 俺は背後を振り返り、老人の出てきた屋敷を仰ぎ見る。

 外観は全く変わってはいないが、初めて見たときとは全く違うもののように見える。この中には一体どんな、魑魅魍魎が巣食っているのか。

 酒場から通信機の通信相手を突き止めるべく魔力を辿って来たが、その先はとんでもない場所に繋がっていたようだ。どうやら酒場のマスターはこの魑魅魍魎と関係したがために命を落とす羽目になったのかもしれない。

 はじめはただの直感だけで入った、しがない酒場。

 そこにあった場違いな通信器と人間離れした身体能力の怪しい男。

 通信器の魔力の先には物々しい警備に守られた屋敷と人ならざる雰囲気を持つ老人。

「どうやらとんでもねぇ魔窟にたどり着いちまったようだな」

 この魔窟を暴くには準備がいる。せめてエリカを説き伏せて、シフトを上げさせる必要がある。

 俺はまたここに戻ってくることを心の中で誓い、屋敷を背に踵を返した。


 しかし、どういう訳だろうか。

 宿に戻るまでの道中、言い知れぬ不安が胸中に蠢いていた。

 老人から受けた異質な感覚がまだ残っているというわけではない。

 先ほどとは違う、全く別の感覚。俗に言う「嫌な予感」というやつだろうか。

 まさかと思うが、エリカの身に何か起こったのかもしれない。

 確証は無いがともかく、俺は一刻も早く宿戻るべく足を急がせた。


 *


 旧埠頭跡。この街が交易都市として発展する前の、小さな港町だったことを示す数少ない名残の場所。村が街となって活性化し拡張されるにつれ、忘れ去られ、ついには海流の変化により封鎖されて久しいこの場所は賑やかな街並みからは遠く、人が訪れることは無い。ただ朽ちるのを待つだけの廃屋や物置小屋が、経過した時間を物語っている。

 そんな忘れ去られた場所にエリカは足を踏み入れる。束の間見せた晴れ間も、今は曇天に覆われている。もう少しすれば叩き付ける様な強い雨が再び街を襲うだろう。

(飛び出してきちゃったけど、ヴァル君怒るだろうなぁ……)

 空を仰ぎ、今頃になってエリカは少し後悔する。

 もしヴァルダヌがその場に居たなら、飛び出すエリカを強引にでも引き止めただろう。あまりに都合が良すぎるし、罠の可能性を指摘したことだろう。

 が、今のエリカにその冷静さを求めるのも酷な話である。

 エリカにとってベルゼルとは魔法の師以上の、特別な感情を抱いていた。


 ――魔法学の最高峰たる王立魔法学校に幼少の頃から身を置き、魔法一筋に生きたエリカ。

 年頃でありながら彼女にとっての関心は、綺麗な衣服でも流行の化粧品でもなく、まして色恋沙汰など眼中にすらなく、常に魔法にまつわることだけであった。

 魔法に没頭し魔法使いとして秀でる一方で、世間や周囲との不一致は時に周囲の物笑いの種になり、歳を重ねるほどに彼女を悩ませる要因となった。

 理解されない事に思い悩んでいたそんな時、ベルゼルと運命的な出会いを果たす。

 当時、魔法学校での特別講演に招かれたのが、魔法研究において数多くの成果を残したベルゼルであった。

 公演の後、エリカは彼と言葉を交わす機会を得る。高い魔法技術と深い知識を有し、魔法の探求にのみ生きるベルゼルの姿にエリカは自分を重ねた。

 そしてそんな彼女の言葉に耳を傾けたベルゼルもまたエリカを深く理解、共感し、その上で魔法使いの在り方として肯定してくれた。そんな彼女が、ベルゼルに憧れを抱いたのはごく自然のことと言える。

 魔法学校を卒業したエリカは、すぐにベルゼルに弟子入りを志願した。

 高名なベルゼルの元には常に弟子入りの希望が後を絶たなかったが、ベルゼルは誰一人として弟子を取ることはなかった。それだけに、実力を認められ、唯一弟子入りを認められた時の喜びは天にも昇る心地だった。

 それからは彼女の人生において最も充実した時間だったといえる。彼の放つ魔法はどんな美しい景色よりも陶酔させ、彼の語る理論はどんな色男の甘言よりも心を魅了した。

 だから、師匠のこととなると盲目的な行動に走り出してしまう。師匠の情報が手に入ればどんな危険にでも躊躇わず足を踏み入れていった。ヴァルダヌが冷や汗をかいたのは一度や二度ではない。

 第一級指名手配という烙印は、彼女に昼夜を問わず狙われ続ける生活を強い、精神的負荷を常に与え続けた。少女のようなあどけなさを残す彼女がそれらに耐え、正気を保っていられたのは一重に、ベルゼルの存在があってこそだろう。彼の存在が在るから、彼女は心を折ることなくここまで来られたのだ。

 師匠に会いさえすれば、全てが救われる。その叡智でもって、全てを解決してくれる。

 いつしかエリカは、無意識にそう思うようになっていった。そのベルゼルがようやく見つかり、それも向こうから出てきたとあれば心が逸り、冷静でいられなくなるのも仕方ないことであった――


 無我夢中で走り、唯一残っている石造りの桟橋の先端に到達してようやく足を止めたエリカは改めて周囲を見回した。目の前には無限に広がる大海原は、空同様に激しく荒れている。背後を振り返れば砂浜と、倒壊寸前の家屋が数件、強くなりつつある風に軋みをあげながら佇んでいる。もう少し行けば民家もあるが、この辺に人影らしいものは見当たらない。ただでさえ人が寄り付かない場所なうえに、この天気だ。よほどのことがなければこんな所には来ない。来るとすれば、それは明確な目的を有した人間であろう。今のエリカのように。

 いるはずの師匠が見当たらない事にエリカは徐々に表情を不安げに曇らせていく。会いたい一心に胸が詰まる思いだった。

 その時、一つの廃屋の扉が開く。錆びついた蝶番が細長い悲鳴のような音を上げ、中から人が現れた。

 深緑色のローブを頭まですっぽりと被ったその人は、ゆっくりとした足取りでまっすぐにエリカのほうへ歩み寄ってくる。

 エリカは期待に胸を膨らませて思わず足を踏み出したが、その顔が師匠のものでないことがわかり、すぐに止まる。ローブから垣間見えるのは年老いた老婆の顔だった。腰こそ曲がってはないが、高齢であることは間違いない。

「あなたが、エリカ・カーティスさんね?」

 歩みながら表情同様に柔和な声で話しかけてくる老婆。距離が空いているのに、意外に声が通る。

 返答に躊躇したが「はい、そうです」と素直に答える。それを聞いた老婆は嬉しそうに表情を綻ばせた。

「驚かせてしまってごめんなさい。私の名前はアネット・トレヴァー。あなたを呼んだのは私よ」

 見るからに温厚そうな老婆が師匠の名前で自分を呼び出した理由がエリカにはわからず、返答に苦慮していた。

「えっと、アネットさん?一体私に何の御用でしょうか?お師匠の名前を使ったということはお師匠を、ベルゼル師匠をご存知なのですか?」

 問うエリカを、アネットと名乗る老婆は笑顔のまま見つめていた。

「ええ。私はベルゼルさんを知っているわ。もう結構長い付き合いになるわね。もちろん、あなたのことも彼から聞いているわよ」

 ゆっくりと歩み寄りながら、エリカの疑問に丁寧に答えていく老婆。

「本当ですか!でしたらお師匠は今どこにいるのですか?!」

 エリカは一転して歓喜に震えていた。鼓動が極端に速くなるのを感じながら、エリカは興奮した口調で問う。

「落ち着いて、エリカさん。その質問に意味はなくってよ」

 距離を置いて立ち止まったアネットは宥めるようにそう言った。エリカがその言葉の意図がわからず首をかしげていると、アネットはおもむろにローブから手だけを出す。その手には年季の入った古い、しかししっかりとした造りの杖が握られていた。それは一目で、魔法用の杖であるとわかった。

 同時に、人畜無害そうな老婆から漲る魔力と覇気を感じ、全身が総毛立つ感覚を覚える。

「なぜなら……貴方は今、ここで死ぬのだから」

 アネットはより笑みをより深く――嗜虐の笑みでそう告げると、杖の先で石造りの桟橋をコンッと軽やかに叩く。

 次の瞬間、呆然としていたエリカの足元が轟音を上げ、木っ端微塵に爆砕した。

 あたりは一瞬にして煙と熱気に包まれていた。


 賞金稼ぎバウンティハンター

 暴力を生業とするならず者というのが一般の大方の認識で、事実その認識は正しく、賞金稼ぎの約九割はそういった輩である。

 では残りの一割はどんな人間なのか。それは本職プロの賞金稼ぎたちである。

 行き当たりばったりで行動したり、小物ばかりを狙う有象無象と違う。入念な情報収集や準備を行い、確実に獲物を追い詰めて仕留める。

 そして、彼らが狙うのは常に高額の賞金首のみ。それは彼らの力量の自信とも言えるだろう。

 無論それには豊富な実戦経験と高い戦闘技術が不可欠である。故に本職プロの賞金稼ぎには引退した警官や軍人などが多い。

 アネットもまた、そんな本職プロのバウンティハンターの一人である。

「少し威力が強かったかしら。身元がわからなくなってしまっては元も子もないのに」

 アネットは一人呟くと、悠然とした足取りでまだ煙の立ち込める桟橋の先へ歩み寄る。生死を問わない賞金首を殺した場合、その賞金首の遺体、もしくはその一部を持ち帰らなければ捕獲ハントにはならず、賞金が発生しない。もっとも、その証拠能力の関係上、首以外の部位が認められた例は稀である。

「波が高い。早く死体を回収しないと……!」

 その時、一際強い風が吹き、粉塵と煙を拭い去っていった。

 そしてアネットは目の前の光景に、目を大きく見開いた。

 爆砕された桟橋のあった場所のさらに先の海上――そこには一人の人間の姿が。

 それは仕留めたと思われた標的、エリカ・カーティスだった。エリカを中心とした足元一帯は、流氷のような巨大な氷が浮いていた。

 魔法の心得があるアネットには、何が起きたのか瞬時に理解できた。しかし、だからこそにわかには信じられなかった。

 石造りの桟橋を粉々に砕くほどの威力の魔法。それも予備動作無しの、すぐ足元での爆発。

 しかし、エリカは防いでみせた。発動時の僅かな魔力に反応し、発動を上回る速さで防御魔法を展開した。

 それだけでも驚きに値するが、さらにエリカはその爆発の勢いを利用して桟橋から離脱し、そして氷結魔法で足場まで作り上げた。不意打ちの魔法に、複数の魔法を同時に展開し回避して窮地を脱したのだ。

 アネットは内心で舌打ちをしながら思う。

 瞬時の機転と判断力、そして魔法の知識と技術も侮れないレベル。

 以上かもしれない。

 一方、氷上に着地したエリカは、膝立ちで埠頭の先端にいるアネットをひたと見据えていた。

「あれを回避するなんて、さすがはベルゼルさんのお弟子さんね。長いこと賞金稼ぎバウンティハンターをやっているけれど、あれを避けられたのは初めてよ」

賞金稼ぎバウンティハンター……じゃあ貴方も私の賞金が目的なんですか」

「ええ、そうよ。この歳まで賞金稼ぎバウンティハンターを続けるのは身体が堪えてね。だからいつもこうして、いろいろ仕掛けた上で向こうから出向いてもらうことにしているのよ」

 腰を叩く素振りをしながら言うアネット。それだけ見れば、老いを嘆いているごく普通の老婆の姿だ。

「それじゃあ、お師匠の名前を使ったのは私を誘い出すためで、お師匠のことを知っているというのは嘘なんですね」

 その問いには微塵も期待はなく、確認程度のものであった。

 しかし、アネットの返した答えは予想外なものだった。

「いいえ。さっき言ったことはすべて真実よ。ベルゼルさんとは古い知人で、どこにいるかも知っているわ」

 思いがけない返答にエリカも動揺を隠せなかった。ベルゼルの名を出したのは自分を誘い出し、また仕掛けた罠に気付かせないように気をそらせるためだけの嘘八百だと思っていたからだ。

「……どうしたら教えてもらえますか?」

「そうね。大人しくその首を差し出してくれるなら、墓前に教えてさしあげるわ」

 アネットは実に楽しそうに返す。自分の言葉に一喜一憂する相手の姿が愉快で堪らないといった様子だ。

「わかりました。なら――」

 そう言いながら、エリカがポケットから取り出したのは皮の手袋だった。

 ただの手袋ではない。表裏ともに魔術式がびっちりと刻み込まれている。入念に魔力を込め、複雑な紋様が刻み込まれたそれは、見るものが見ればいかに高レベルの魔術式を組み込んだ魔道具であるかかわかることだろう。

 キュッと手袋を両手にしっかりと通し、軽く拳を握ってエリカは言い放つ。

「なら、あなたを倒してから聞き出すことにします」

 そう言うと同時に、彼女からは尋常ではない魔力があふれ出し、吹き荒ぶ風よりも強くアネットの肌に打ち付けられる。

「最近の子は敬老精神というものが無いのかしら?そんな乱暴な事を口にしたら、ベルゼルさんもお嘆きになるでしょうね」

 その長い年月を戦場で生きた老媼には、そのプレッシャーもそよ風程度にしか感じなかった。

「私は手荒なまねはしたくはありません。痛い目を見る前に教えてください。そしてお師匠の名前を利用したことを謝ってください」

 静かな怒りを湛えた声でエリカはそう告げる。

「おやおや。まるで悪者は私とでも言いたそうな物言いね……この犯罪者風情が!」

 吠えると同時に、杖を大きく振り下ろす。発生した無数の『スピト』の光弾がエリカ目掛け飛来する。その数は優に二十を超えていた。

 エリカは氷上を駆けてそれらを躱し、同じく『スピト』を放つ。同じ数の光弾はその全てが寸分違わず、吸い寄せられるように正面から激突した。同じ魔法使いが見たなら舌を巻くほどの正確な迎撃だ。

 惜しむらくは、相殺には至らなかったことだ。

 『スピト』はシンプルであるが故に、術者の魔法技術や練度が如実に現れる魔法である。

 アネットの光弾は見た目こそエリカのそれと比べて一回り小さいが、魔力密度が数倍に圧縮されており、速度も数段速い。さながら"重光弾”といったところだ。

 エリカの光弾は弾けて消えたが、アネットの重光弾は軌道を逸れながらも直進し続けた。

 空気を圧し潰す低い唸りを上げ、重光弾はエリカの脇を過っていく。それだけで、まともに食らえば致命傷は免れないほどの高い殺傷能力を有していることを如実に示していた。

 そして、彼女が戦いに慣れた魔法使いであることも。

「まさかあなたは、魔道士!?」

「兵士は老い衰えて前線を退く。けれど、魔道士は老い、退きはしても衰えはしない。覚えておきなさい!」

 重光弾と共にアネットは声高に言い放つ。

 魔道士――数多の強力な攻撃魔法を修め、軍人として各種訓練を受けた軍属の魔法使い。

 追われる側にとって、その攻撃性を比べれば捜査官エージェントよりも遥かに驚異的な存在であると言える。

 魔法に肉体の衰えは関係ない。一流の賞金稼ぎバウンティハンターに退役魔道士は多い理由の一つだ。

「そんな狭い氷の上でいつまで避けきれるかしら?」

 余裕の笑みでアネットは次々とスピトを打ち出す。対してエリカは迎撃と回避で手一杯の状態だ。

 さらにアネットは山なりに撃ち下ろす軌道を織り交ぜる。それを瞬時に把握し、果敢に迎撃する手腕は流石であったが、軌道を逸れた重光弾が次々と足元の氷塊へ突き刺さる。高威力の重光弾は減衰して尚、分厚い氷塊を砕くに十分な威力を内包していた。

 それこそがアネットの狙いであった。

 足元を少しずつ切り崩され、いよいよエリカは防戦一方となる。

(このままじゃまずい……!)

 意を決したエリカは呪文スペルを唱える。するとパキパキという音を立てながら、先端が鋭利に尖った七本の氷柱が発生した。それらは矛先をアネットに向けると一斉に射出される。

 空気を切り裂く細い飛翔音を響かせ、矢のような速さで迫る冷たい凶器たち。

「あらあら必死ね。でも、そんなのじゃあ私には届かないわ」

 余裕の笑みを浮かべ、杖をくるりと一回転させるアネット。その円周内に魔法陣が展開し、それは見る間に高熱の炎の盾に変わった。アネットを射抜くはずだった氷柱は、その炎の盾に触れると同時に一瞬にして蒸発する。

 しかし、蒸発した氷柱の水蒸気が、霧散しないどころかその濃さを増し、完全にアネットの周囲を覆う。

「なるほど。組成を変えて、攻撃と目くらましの二段構え、といったところかしら。となると次に来るのは……」

 言いながら、アネットは瞬時に右手を真横に突き出す。一瞬後、水蒸気の霧を突き抜け、無数の光弾がアネットに飛来する。だが、それらはまるでアネットを避けるように軌道を曲げ、あるものは水中に沈み、あるものは黒雲の空に消えた。放たれた魔法の照準を狂わせる対魔法用魔法『ジャマー』である。

「残念だったわね。確かにいい戦略だったけど、まだまだ詰めが甘いわ」

 アネットは水蒸気の向こうにいるエリカに言い放つ。無論、その間も周囲への警戒を怠らず、いつどこから奇襲を受けても対応できるように隙無く構えている。が、あまりの反応のなさにアネットは僅かに訝る。

 一際強く風が吹き、視界を覆っていた霧が吹き飛ぶ。

 視線の先に、エリカの姿はなかった。

 そしてアネットは素早く視線を巡らせ、彼女の姿を探す。

 果たして、今まさに最後の氷塊を蹴り、砂浜に着地するエリカの姿を見つけた。

(ふむ……やはり標的の脅威度は改めた方がいいわね。まったく、事前の情報が役に立たないのは引退前も後も変わらないものだわ)

 さして悔しがる様子もなく、アネットは冷静に納得していた。

 一方、砂浜に降り立ったエリカは、すぐに攻撃魔法を高速展開する。

 桟橋の先に立つアネットは逆に逃げ場がなくなり、立場は逆転。今が攻撃のチャンスである。

(――なんて思っている顔ね。何も知らず、無邪気なこと)

 フードの奥でアネットはほくそ笑む。

 地の利を得たエリカは、ここぞとばかりに攻撃魔法を展開。魔力が循環、洗練され魔法として発動する――直前、背後から唐突に魔力を背中で感じる。

 振り返るよりも早く、衝撃と轟音がエリカの身を襲う。

 反射的に障壁魔法を展開していたため、大きな傷こそ免れたものの衝撃で前のめりに体勢を崩してしまう。

 そして、それを予見していたかのようにアネットは、爆発の発生とほぼ同時に魔法を展開していた。

 両手に発生した火球の群れ――軍用の炎熱系攻撃魔法『フレヴ』が、放たれた猟犬のごとくエリカに向かって殺到する。

 混乱しながらも危機を察知したエリカは、呪文スペルを唱えて宙を引っ張るような動作で大きく腕を振り上げる。すると、その腕の軌跡を追うようにして、美しい氷の幕が広がる。

 氷結系の障壁魔法『ジヴ・ヴァント』。純白のその氷幕を砕かんと、火球はその身を投じる。脆そうな見た目に反し、氷の幕は火球の衝突に耐えた。

 耐魔防御魔法である『ジヴ・ヴァント』による氷幕が十分に機能していることを確認すると、攻撃に転ずるべく別の魔術を展開。

 すると今度は左の足元で爆発が起きる。

 防御を破られたのではない。幕の内側で生じた爆発だ。

 完全に慮外からの爆発は、エリカに悲鳴を上げる間も与えず、その身を幕の外まで吹き飛ばした。

 無防備に身を晒して倒れ伏したエリカに、その数をさらに増やした火球群が迫りくる。

 朦朧とする意識の中でエリカはなんとか這いつくばって氷幕へと逃げ込む。

 だが、わずかに間に合わなかった。

 ほとんどの火球は氷幕に阻まれるが、先頭の火球はエリカの肩へと直撃。その衝撃と凄まじい高熱に彼女は身を捩って悲鳴を上げた。

 軍用魔法によって作られた火球の炎は自然の炎の温度をはるかに上回る。このままでは腕が消し炭になるのに数分と要さないだろう。

 肩に食らいついたまま放れない火球に、エリカは氷結魔法を展開した掌で握りつぶす。火球はジュッ、という短い断末魔を残して消える。

 目下の危機は取り除いたものの、袖から下が炎によって焼け落ち、肩口から覗く焼け爛れた皮膚が見るからに痛々しい。神経を炙るような痛みが全身を駆け巡り、額から脂汗が滲み出る。

 傷口を魔法で応急処置を施すエリカの思考は困惑に占められていた。

(一体、何が起きたの?)

 アネットが複数の魔法を同時に展開した様子はない。しかし、直前に感じたのは明らかに魔力の反応である。

「さっきも言ったでしょう?色々と仕掛けたって。まさか最初の一つだけだと思っていたのかしら」

 答えはアネットの口から語られる。

「この砂浜には、いくつもの感応式魔法を埋め込んでおいたわ。でも安心して。威力は抑えてあるわ。爆発で体が粉々になってしまったら賞金が手に入らないもの。そうね。まともに食らってもせいぜい、両足が消し飛ぶ程度よ」

 ぞっとさせるようなことを言いながら、アネットは悠然と砂浜に降り立つ。

「なんの警戒もなくこんな場所にノコノコと出てきた自分の迂闊さを呪いなさい」

 すでに獲物を仕留めたかのような物言いであったが、しかし、アネットは知らない。

 エリカ・カーティスという人間は、こと魔法に関しては常人と全く異なる感性と思考回路を有しているということを。

(まさか軍用の魔法を自分の身で味わうことになるんなんて、なかなかできない経験よね)

 恐怖を感じるより、魔術師として貴重な体験だと思ってしまっている自分にエリカは内心で苦笑すると、現在の状況を分析する

 魔道士ではないが、感応式魔法の理論はエリカも理解している。

 罠魔法トラップとも呼ばれるそれは、“場”に魔法を固定し、術者の施した条件で発動するというものだ。

 特筆すべきはその起動条件の豊富さにある。

(物理接触や感圧じゃない。それならきっと、あの人は砂浜に降りてこない。時限式はタイミングが良すぎるからあり得ない。おそらく、私個人を判別している……なら、考えられるのは生体認証バイオメトリクスね)

 個人固有の特徴をトリガーに起動するこのタイプは、近年発展が目覚ましい新たな魔法技術でもある。

 虹彩や指紋、骨格や顔の作りなどの情報を魔法の起動に使用する。民間ではセキュリティに活用できるとして銀行の金庫や機密情報の保管などで運用されている。

(けれど、それにしても起動のタイミングが良すぎる気がする。一体私の何を認識して――!)

 魔術師としての頭をフル回転させ、持ちうる魔法の知識で突破口を見出そうとするも、それを待ってくれるほど目の前の相手はお人好しではなかった。

「学校の先生なら問題をじっくり考える時間をくれるでしょうけど、ここは教室ではないのよ?」

 言葉と主に火球が雨霰と降り注ぐ。灼熱の猛攻の前に、氷幕にも亀裂が走る。元々は護身用の緊急防御的魔法であるため、その耐久度には限界がある。

 本格的な防御魔法は、今のエリカの手持ち魔道具だけでは展開できない。

 一般的に複雑な、もしくは大掛かりな魔法を行使するには時間をかけるか、補助のための魔道具や魔装具エクイップが必要となる。アネットが携えている杖や、エリカのグローブなどがそうであるが、この両者の違いは魔法戦を想定した戦用魔道具か、携帯用の護身装備か、である。

 師匠と再会するつもりであったエリカは、まさか魔法戦になるとは露ほどにも思っていなかった。

「防戦一方で情けないったらないわ。それともベルゼルさんの一番弟子はこの程度かしら?がっかりね」

 氷の幕越しに投げかけられる、嘲りをたっぷり込められた言葉にエリカはぎりっと歯を食いしばる。

 馬鹿にしないで!と喉元まででかかったが、ある予感が脳裏をよぎる。

(私を揺さぶっている?ここから出てくるのを狙っているの?)

 自らの考えを、頭を振って否定する。

 (いや、違う。出てくるのを待っているんじゃない。攻撃させようとしているんだ)

 その予感は確信に変わる。思い返してみれば、いずれも都合よく魔法攻撃を展開したタイミングで発動していた。

 脳内で理論として構築され、が魔法として可能だとエリカは瞬時に理解する。

(でも、それだけじゃ足りない。正体がわかっても反撃の糸口にはならないわ)

 そして次に砂浜全体を見渡す。入り江状の狭い砂浜と、それを囲むように防波堤の石垣が続いている。一体ここにどれだけ、自分を陥れる魔法が仕掛けられているのか。エリカには想像もできなかった。

 状況を整理し、現状の取り得る選択肢を吟味するも、いずれもここで戦うことは絶望的に不利であるという結論に達する。

(もうこうなれば、やるしかない。覚悟を決めなさい、私!お師匠の一番弟子!)

 エリカはピシャリと自分の頬を打つ。自らを奮い立たせ、一世一代の賭けに出る。


「バカにしないでください!この感応式魔法が生体認証バイオメトリクスなのはお見通しです」

 幕の向こうからエリカが叫ぶ。「ほう?」とアネットは感心したように眉を吊り上げると、余裕から攻撃の手を休めて耳を傾けた。

「そして認証の条件トリガーになっているのは、“私の魔力反応”ですね」

 魔力の波長は、個人によって微妙に差異がある。指紋や虹彩同様、二つとして同じものは無いのが常識である。さらには使用する魔法によってその波形は顕著な特徴を示す。

 当然、この魔法を可能とするには対象であるエリカの魔力サンプルが不可欠だが、エリカは行く先々で捜査官や賞金稼ぎバウンティハンターと交戦している。その現場からエリカの残留魔力を採取するのは個人のアネットにも可能であった。

「正解よ、優等生のお嬢さん。正確には、あなたが攻性魔法展開時の発生する放出魔力に反応して発動する。こんな短時間で見破るなんて、さぞ学校では成績優秀だったんでしょうね」

 自身の策が見破られたにもかかわらず、アネットは枯れ枝のような手を打って微笑む。

「もっとも、わかったところでどうしようもないけれど。なにせ、あなたの唯一の武器である魔法が発動条件なのだから」

「さぁ、それはどうでしょう?」

 しかし、エリカは自信満々の声で否定する。

「どんなすごい魔法かと思いましたけど、案外大したことなくて拍子抜けしちゃいました」

「あらあら。それは勇ましいことね。首だけになっても同じことが言えるか興味深いわ」

 歴戦の魔道士師と一介の若い魔術師。アネットからすれば子供が強がっている程度にしか感じなかった。

 だが、なんとエリカが氷の幕から出て、アネットの前にその姿を現す。それも、攻撃や逃げる素振りを見せるわけでもなく、堂々と真正面に相対したのだからさすがのアネットもわずかに訝しげる。

(何か策でもあるのか……でも、魔法が使えないなら、たかが知れている。この距離なら大したこともできまいて)

 彼我の状況からアネットは懸念を捨て去ると、攻撃を再開。エリカが炎に焼かれ、悶え苦しむ姿を想像しながら魔法を展開した――その時だった。

 足元からの魔術反応に敏感に反応したアネットは、防御魔法を展開しながら反射的に飛び退った。一瞬の後、アネットが立っていた場所が砂を巻き上げ爆発した。

 間一髪、反応できたのは一重に、エリカの妙な自信に僅かに警戒を残していたからだ。

 爆発から免れたアネットであったが、その表情は驚愕に凍りついていた。これまで崩れなかった余裕の笑みが消えた瞬間だった。

「……何をした?」

 声の下に困惑と苛立ちを隠し、アネットは問いかける。

 これがただの爆発なら、別の魔法攻撃であるなら、これほどまでに驚きはしない。

 だが、今の爆発は、間違いなく感応式魔法のものであった。

 この感応式魔法は軍で習得し、そしてこれまで数多の魔法犯罪者を葬ってきた必殺必中の術式である。それが意図せず爆発するなどありえない。

「わからないでしょう。あなたは魔法を暴力のために修めたから、乱暴で残酷な使い方しかできない。けれど、私は違います。私は魔法理論の探求を至上命題とするベルゼル・レイマンの弟子です」

 見下した物言いが鼻につき、アネットは内心で苛立ちを募らせる。

 そんなアネットの内心を知ってか知らずか、エリカは彼女の足元を指差して言い放つ。

「せっかく一つ一つ丁寧に仕込んだ感応式魔法ですけど、術式を書き換えさせていただきました」

「……私を素人だと馬鹿にしてるわね。これは軍用魔法よ?あなたのような小娘に書き換えるなど――」

「不可能だ、と言いたいのでしょう?でも、ちゃんと理論を学び、構造を理解してれば不可能じゃありません」

 被せるようにエリカは自信満々に言い切る。

「魔法は人知を超えた秘術でも、神から与えられた奇跡でもない。突き詰めれば“理”です。どれだけ複雑だろうとそこには理論があり、摂理に従って発動する。式から答えを導き出せるなら、その逆もまた可能だとお師匠は仰っていました」

 理屈の上では不可能ではないことはアネットも理解していた。

 本来、魔法は展開から発動までのタイムラグは殆どない。そして発動してしまった魔法を解除することはできない。だから攻撃魔法には相殺や防御に重きが置かれる。

 しかし、感応式魔法は、その場に存在している魔法術式だ。魔法が使えるなら触れることも介入することも可能ではある。

 現実的にあり得ないと断ずる一方で、感応式魔法が確かに自分の魔力に反応して発動したのも事実。この二律背反に、歴戦のアネットをして実戦の中で判断を迷わせた。

「もし疑うなら、試してみますか?大丈夫ですよ。聞いた話では、まとも食らっても手足が吹っ飛んじゃう程度の威力だそうですから」

 両手を広げながら挑発するように言うエリカ。さらには笑いながらゆっくりと、ステップでも踏むかのように砂浜を悠然と闊歩する。

 自分の半分にも満たない齢の小娘に、アネットは怒りが腹腔から込み上げてくる思いであった。

 一方で、その思考は何度も修羅場をくぐり抜けた古兵にして狩人の冷静さを失ってはいなかった。エリカを正面に見据えながら状況を分析し思考を巡らせる中で、彼女は一つの疑問を抱く。

(こいつはなぜ攻撃してこない?)

 仕掛けた側だからこそわかる。今この状況は千載一遇のチャンスのはず。

 相手は爆発を恐れて反撃をためらい、そうでなくとも足元に意識と対処を向けなければならない。攻める側としては格好の標的である。

 しかしエリカはわざわざ姿を晒しておきながら、今なお挑発の言葉を口にするだけだ。

(私の真似をして、挑発に乗って魔法で攻撃してくるのを期待している?だとしたら、あまりにお粗末。あり得ないわ)

 アネットはさらにエリカを注意深く見据える。相変わらず憎たらしい言葉を垂れながら砂浜を歩いている。それでも距離を開けているのは、警戒のためか――

 いや、先程よりも明らかに離れている。

 警戒するにしても攻撃魔法の準備にしても、不自然すぎる間合いだ。

 その視点で注視すれば、エリカが少しずつ離れていっているのは明らかだった。

(すなわち書き換えはブラフ。実際に書き換えたとしても、それはせいぜい一つか二つ程度!)

 確信を得たアネットはエリカに向かって大きく足を踏み出しながら、大胆にも攻撃魔法の術式を展開する。

 起爆は、しなかった。

「小童が、謀ってくれたわね!」

 アネットがそう叫ぶのと、エリカは背を向けて脱兎のごとく駆け出すのは同時だった。

 その背中目掛けて、ありったけの火球を放つアネット。これまでの怒りを具現化したかのように紅蓮の火球は一際強く燃え盛りながら猛然と迫る。

 だが、その火球は標的に達することなく、空中で弾けるように消失していく。

 エリカが背中越しに撃ち出した氷の短矢、氷結系攻撃魔法『ジヴ・フレシェット』がその尽くを射抜いたのだ。

 仕掛けた感応式魔法は、一切反応しない。

 ――感応式魔法の書き換えは、確かに理屈の上では可能だ。

 だが、それは困難を極め、実際には膨大な時間がかかる。

 自信満々に言ってのけたエリカであったが、実際にはアネットの直近二つが限界であった。

 ただし、起動させないよう無力化するのは格段に容易である。

 無論、あくまで比較すればの話であり、並の魔術師ではどちらも等しく不可能に近い芸当だ。

 エリカの挑発的な言葉の裏では、恐ろしく複雑かつ緻密な作業が高速で繰り広げられていたのだ。

 足元の感応式魔法を一つ一つ無効化しながら歩を進め、同時に次の感応式魔法を探索するの繰り返し――そうして悟られぬよう、少しずつアネットから離れていた。

 この砂浜から、脱出するために。

 アネットがこちらのハッタリにどの程度で気付くかだけは、完全に賭けであった。

 忌々しげに舌打ちするアネットはさらに火球を展開する――が、魔術展開をキャンセルし、杖を突き出して防御魔法を緊急展開。

 直後、ジヴ・フレシェットによる氷の短矢の群れが今度はアネットを襲う。凄まじい速度と密度による凶暴な弾雨は、多重障壁の大半を削り取る程であった。

 負傷こそ免れたものの、逸れた短矢によりローブの裾はズタボロにされる。

 忌々しげに顔を歪めながら視線を戻した時、砂浜にエリカの姿はなかった。

「感応式魔法より、砂浜の方が厄介だったわ。砂ってこんなに足を取られるものなのね……」

 肩で息をしながら呟くエリカが立つのは、防波堤の石垣の上。

「あらあら。そんな高いところに登って。危なから降りてらっしゃい」

「降りたほうが危ないですよ!せっかくですけど、私はここで失礼させてもらいます」

「あら、ベルゼルさんの居場所は聞き出せなくてもいいのかしら?」

「あなたは賞金稼ぎでしょ?あなたも賞金首をむざむざ逃したくはないはず。私の首がほしいなら、場所を移しましょ」

 そう言って、エリカは石垣の向こうへと消えた。

 感応式魔法以外にも、何が仕掛けられているかわかったものではない。ここはアネットのテリトリー、いや狩場に違いない。

 そして、それに付き合ってやる義理はない――エリカはそう判断したのである。

 一人残されたアネットは、「ふふふふ」と小さな声で笑った。

 その表情は顔の皺を逆立てた、夜叉の如き恐ろしい笑顔であった。

「いいわ。子供の戯れに付き合ってあげましょ。そして……ここで死んでいた方が良かったと、後悔させてあげる」


 *


 俺はその言葉を聞き、まず唖然として言葉を失ってしまった。

 信じられないと天を仰ぐ俺に、看板娘はどうしたらいいのかわからず、おろおろとしてしまっている。

 俺の嫌な予感はある意味で当たった。

「あの馬鹿は、おとなしく留守番もできないのかよ……」

 肩を落としてがっくりとうなだれる。あれ程ここから出るなって言っておいたのに、どうやらエリカは自らここを出て行ったらしい。まったく、どうしてあいつはそんな簡単な言いつけも守れないんだ。馬鹿なのは知っていたが、まさかここまでとは。

「で?あいつはその手紙とやらを見るや否や出て行ったんだな?」

「あ、はい。まぁ手紙というかただの紙だったんですが……」

 ……罠だ。内容は知らないが、そんなことは問題じゃない。

 俺たちはまだこの街に入って数日しか経っていない。この宿に入ってから一切外に出ていないエリカに手紙を出すやつなど、まずいない。

 いるとすれば十中八九エリカを狙う人間だ。

捜査官エージェントじゃないな。奴らはそんな回りくどいことはしない。そうなると賞金稼ぎバウンティハンターか)

 少ない情報から足取りを追い、宿まで突き止めるような輩だ。エルバでのようなゴロツキ集団とは訳が違う。恐らく手練の賞金稼ぎが手薬煉引いて待ち構えていることだろう。

「どこに行ったかなんてわかんないか?」

「わかりませんよ。だって白紙だったんですから」

 そりゃそうだな。となると今の俺にはエリカの魔力の跡を追うくらいしか方法がない。普段は当局の追跡を警戒してエリカは魔力を極力抑えている。その微弱な魔力を追うのは容易ではない。

 不幸中の幸いは、まだエリカが出て行ってそれほど時間が経っていないということだ。人の発した魔力は魔道具などのそれよりはまだ残留時間が長い。

 俺は看板娘に短く礼を言い、宿を飛び出していく。


 *


 ついに曇天は泣き始め、大粒の雨が石畳を叩き始めた。

 砂浜を離れ、雨に濡れるのも構わずひたすら走り続けるエリカと、その後姿を睨めつけながら追うアネット。気付けば街中にまで足を踏み入れていた。

 二人の距離は縮まることも開くことも無く、常に一定の間隔を保ったままだ。追いつけない訳ではなく、深追いをすることで思わぬ反撃を食らわないよう、どんな攻撃をされても対処できるギリギリの距離を保っちながら隙を窺っているのだ。

 けして侮ってはいけない――この仕事を持ちかけたの言葉が、今になって思いだされる。

 罠を仕掛け、一人になったタイミングでおびき出し、確実に仕留める。数多の指名手配犯を葬った確実性の高い方法を選んだつもりだったが、それでは足りなかった。

 この小娘は、想定を上回る獲物だ。内面こそまだ未熟だが、こと魔法に関しては間違いなく一流だ。魔法の知識と技術、機転と判断力は小娘と侮ることはできない。

 どういった経緯で第一級指名手配を受けたのかは知らないが、本来であればさぞ名のある魔術師となっていたに違いない。

(だからこそ、潰し甲斐があるというものね)

 有望な若い芽を摘み取り、踏み躙る快感を想像し、舌なめずりをする。

 そうなると、そろそろ仕掛けたいところだ。このまま追いかけっこを続けて、思わぬ邪魔が入るとも限らない。警察や王国捜査官エージェントあたりに横取りなどされたら堪らない。

 そう思った矢先、前を行くエリカが唐突に足を止めた。


「ようやく勝算でも編み出せたかしら?それとも観念する気になったのかしら?」

 これだけの距離を走りながらアネットは息一つ切らすことなく、平然とした口調でエリカに軽口を叩く。

 だが、全く意に介さず、エリカは不敵な笑みを作る。

「観念するのはアネットさん。あなたの方です。周りを御覧なさい」

 エリカはアネットを指刺し、声高らかに言い放つ。

 そう言われアネットは警戒に周囲を素早く見回す。目に見えるものだけでなく、魔力の反応も密に探る。しかし、そこは罠が仕掛けてあるわけでもなく、味方が潜んでいるわけでもない。

 そこは街中でも特に大きな目抜き通りの一つ。朝の活気に多くの人々が行き交う日常の光景があるだけだった。

 行き交う人々は道の真ん中で向かい合うエリカとアネットに一瞥をくれるも、関わり合いになりたくないのかすぐに視線を戻し先を急いで行く。

「……あなたの言いたいことが理解できないわね。説明してくれるかしら?」

 声に若干の苛立ちを含めながら睨み付けるアネット。そんな視線にも臆すことなく、エリカは自信満々に言い放つ。

「こう人が多いと魔法は使えないでしょう?」

 そう、エリカはただ闇雲に走っていたわけではなく、ある条件の場所を求めて走り続けたのだ。

 その場所とは、人ができるだけ密集しているこの繁華街であった。

「下手に魔法を放てば罪の無い善良な一般人も傷つけてしまいます。あなたにそんなことができますか?」

(私、今ものすごく悪役みたいだなぁ。本当に指名手配犯みたいなこと言ってるよ……)

 エリカは内心で嘆く。

(無関係の人を巻き込むようであまり気が進まない作戦だけど、相手もプロ。下手に一般人を巻き込むようなことはできないはずだわ)

 魔法が使えなければ、相手はただの老人。あとは人混みに紛れて逃げるか、オリンの時のように眠らせてしまうのもいい。

 そんな算段をしていたエリカはしかし、フードの奥で目を細めて笑みを浮かべるアネットを見た瞬間に悪寒が走る。

 そのアネットの口が何かを呟く。

 直後、耳をつんざく悲鳴が群衆の中から上がる。

 反射的に目を向けると、そこには盛大に燃え上がる人間松明があった。

 それも一人ではない。

 人混みのそこかしこで、おぞましいまでの悲鳴を上げて路面をのたうち回っていた。

 その激しい炎は雨粒程度では気休めにもならず、音を立てて燃え盛る。

 一体何が起きたのか。混乱と恐怖で周囲の人々は硬直し、朝の目抜き通りに一瞬の静寂が支配する。

「みなさん逃げてください!あれは指名手配犯の魔法使い、エリカ・カーティスよ!」

 その静寂を破る大音声。その声の主はエリカを指差し、通り中に聞こえるようはっきりと言い放つ。

 その場の殆どの人間は、指差された娘が指名手配犯だとは知らなかっただろう。こんな状況でなければ、訝しむものもいたかもしれない。

 だが、目の前の焼死体を見れば、その真偽はさして問題ではなかった。

 人々は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすようその場から逃げ出す。我先にと、半ばパニック状態になって駆け出し、あるいは建物に飛び込むと扉を固く閉ざした。

 瞬く間に通りにはエリカと、声を上げたアネット、あとは消し炭となった焼死体だけが残った。

「……話の途中だったわね。善良な一般人が、なんだったかしら?」

 何事もなかったかのようなアネット。唖然とするエリカは、こみ上げてくる怒りにわなわなと打ち震えた。

「あ、あなたは、こんな……狙いは私でしょう!?どうして、こんな酷いことができるんですか!?」

 エリカの糾弾の叫びが、静かになった通りに木霊する。しかし、それに対するアネットはいたって平静に、そして不気味なほどにこやかに返す。

「ええ。まったくもって同感ね。善良な市民を盾にした挙げ句、魔法で焼くなんて。いかにも極悪な指名手配犯ならやりかねないわね」

「とぼけないでください!やったのはあなたでしょう!」

「それを誰が信じるのかしら?誰が証明してくれるかしら?」

 事ここに至り、エリカはようやく悟る。

 自分の策が裏目に出たことを。

 そして目の前の老婆が、まともな倫理を持ち合わせていない狂人であることを。

「指名手配中の魔法使いを偶然見かけ追いかけるも、卑劣なことに市街地で魔法を放ち、無辜の市民を巻き込みながら逃亡を図ろうとした……まぁこんな筋書きね」

 無関係な人間を魔法で焼き殺したとは思えない、涼しい顔でアネットは言ってのける。

「魔力反応をちゃんと調べれば、私ではないことはわかるはずです!」

「ええ。そうでしょうね。後で警察でも捜査官でも訴えるといいわ。できるものなら、ね」

 事も無げに返され、エリカは悔しげに唸る。

 指名手配犯のエリカの話をまともに聞く人間などいないことは想像に難くない。

 そもそも、前言したようにアネットは標的を生かして捕らえることはしないと明言した。必ず殺して差し出す、と。だからどうとでも丸め込むことはできる。

「……魔法は、人の願いや望みを叶えるためにある。人にはできないことを成し遂げ、幸せにするために魔法使いはいる。それを、こんな酷いことを平気でできるあなたに、魔法を使う資格はない!」

「よりにもよって魔法犯罪者がそれを言うのだから、滑稽以外の何物でもないわね」

 魔法使いとはあまねく理性的で、崇高な使命を持つ賢者であり、知の探求者である――そう信じてきたエリカにとって、ケラケラと嘲り笑うこの老婆はもはや理解の範疇から外れた、そして容認できない存在だった。

「私はあなたを認めない……あなたのような人を、魔法使いなんて断じて認めない」

 煮えたぎるような怒りが込み上げ、静かな声となって吐き出される。かつてない怒りが、エリカを突き動かしていた。

「別に犯罪者風情に認めてほしいとも思わないけれど。それじゃ、あなたのお花畑理論に則って私も私の望みのために魔法を使うとしましょうかね……あなたの首をもぎ取り、賞金に変えるために」

 言葉とともに、これまで感じたこともない魔力がアネットから放出される。触れるもの焼き尽くすかのような攻撃的な魔力が、砂浜での戦いがまだ本気でなかったことを如実に語っていた。

「実戦なんて久しぶりね。これまで楽してばかりだったから、鈍っていないといいんだけれど。港湾警察が来る前にちゃっちゃと済ませましょ――」

 言葉の最後はアネットの姿とともに消える。

 ふと、エリカの頭上に影が差す。空は黒雲で覆われている。日が陰るようなことはない。

 直感的に危険を感じたエリカは、反射的に身体を前方に投げ出す。

 一瞬後、背後で轟音と共に石畳が爆砕し、衝撃と石礫がエリカの背中を打ち据える。

 路上を転がったエリカは、慌てて背後を振り返る。そして、舞い上がる土煙の向こうを唖然としながら凝視した。

 そこには、を石畳に突き刺したアネットがいた。

 高々と跳躍し、落下の勢いを乗せた拳の一撃が固い石畳を砕いたのだ。

 無論、生身の人間に行える所業ではない。

 霞んで見えないほどのスピードと見上げる程の跳躍力。そして石畳を砕く膂力。

 エリカでなくても、誰もが思い当たる可能性は一つしかない。

「強化魔法……!」

「あらやだ。やっぱり鈍っていたわね。力加減を誤って、危うく頭蓋を粉砕しちゃうところだったわ」

 強化魔法――人間の肉体に作用する魔法体系の一つ。

 アネットが使用したのは、筋力を中心に内蔵や心肺機能までをも強化する『バルクス』。前線で戦う兵の身体能力を強化する軍用魔法のスタンダードである。

「その魔法、第Ⅳ級の禁止魔法ですよ!」

「第Ⅰ級の魔法犯罪者に咎められる筋合いはないわね」

 石畳から拳を引き抜き、呆れながらゆっくりと立ち上がるアネット。

「あなたは知らないでしょうけれど、魔導士は引退後、警察や賞金稼ぎバウンティハンターなど特定の職に就いた場合、緊急を要する時に限り、第Ⅳ級までの禁止魔法の使用が許されているわ。そう、例えば善良な一般人が危険にさらされた時とか」

 語るアネットの顔は痛快そのものだった。

 そもそも、目的のために無関係な人間を焼き殺すことも厭わぬアネットに、遵法精神やモラルに訴えることは無駄でしかない。

「悪いけれど、少しだけ大人しくしていてくれると助かるわ。次はうまく首から下だけをミンチにしてあげるから!」

 瞬きの間に、アネットは肉薄する。例え鍛えられた男であっても、反応できる速度ではない。

 雨粒を弾き飛ばし、空気の唸りを伴いながら突き出される拳。

 しかし、その拳がエリカの身に届くことなく、ただ空を切る。

 アネットは舌打ちをし、魔力と空気の流れを追ってすぐさま視線を上方に向ける。

 そこには重力に引かれ、バランスを崩しながらも向かいの青果屋の屋根に着地したエリカがいた。

「強化魔法は魔道士だけの専売特許じゃありません」

「人を糾弾しておきながら、自分が使うことには躊躇がないのね。いかにも魔法犯罪者らしい見下げた倫理観ね」

 エリカも強化魔法の理論は知っている。さすがに行使したことはないため即興ではあるが、それでもアネットの『バルクス』と遜色はない次元で発動させてのけた。

 これで条件は五分五分――ではない。むしろ、程遠いことをエリカはよく理解していた。

「強化魔法同士でぶつかるなら、戦闘技術の差が雌雄を決するのが基本。温室育ちのお嬢さんは、喧嘩すらしたこともないでしょう?」

 アネットの言わんとすることは、至極簡単な理屈である。

 強化魔法による恩恵は、老若による運動能力の差をフラットに均す。二人の身体能力そのものに差はない状況だ。

 そうなれば、より戦い慣れした方が有利である。

 アネットは元魔道士。魔法以外にも射撃や格闘など戦う術を一通り習得している。

 方や、訓練を受けた元軍人。方や、元研究職の魔法使い。

 肉弾戦になればエリカに対抗できる術は無い。上を取ったことで僅かに地の利を得たが、下手に魔法を仕掛ける素振りを見せれば、その瞬間にアネットの接近を許してしまう。

 しかし、「ふむ……」と、アネットは顎先を揉みながら思案する。

 状況としては自分のほうが有利である事は理解している。

 だがその一方、相手がただの魔法使いではないことはここまでの経緯で痛感している。魔道士であるアネットをして、エリカの魔法による対応力は未知数であると分析。

 強引に攻めれば手痛いしっぺ返しを食らわないとも限らない。確実を期する狩人の思考は、それを危険であると断じた。

(まぁ、隙がないなら、作るまでのこと)

 アネットはこれまでのやり取りを思い返す。

 いくら魔法には長けていようとも、内面の方はまだ未熟な子供も同然。

 老獪な魔術師は内心でほくそ笑み、エリカを揺さぶるのに最適な言葉を口にした。

「しかし、ベルゼルさんもさぞお嘆きでしょうね。唯一の弟子が、平気で禁止魔法を行使する犯罪者に成り下がるなんて」

 その物言いに、エリカはムッとして反射的に食ってかかる。

「信じてもらえないでしょうけど、私は意図して禁止魔法を使ったわけじゃありません。それをお師匠は知っているんです。お師匠だけが私の無実を知っているから会わなくちゃいけないんです」

「でも、あなたが指名手配されてから今日まで、それを公に証明していない。なぜベルゼルさんは今もなお沈黙し、公の場に姿を見せないのかしら?」

「そ、それは……」とエリカは言葉を濁す。

 それはエリカがこれまで考えることを無意識に避けていた事でもあった。

 そもそも、事の発端となった術式はベルゼルの指示によるもの。すぐにでも当局へ事情の説明を行い、誤解を解いてくれる……そう思っていた。

 しかし現実には指名手配以降、公の場にベルゼルが姿を見せたという話は一度も聞かない。

「きっと、何か訳があるんです」

 苦し紛れに絞り出した言葉は、今日まで自分に何度も言い聞かせてきた言葉でもあった。

 そんなエリカの内心を見透かしているかのように、「訳、ねぇ」と鼻で笑うアネット。

「そ、そうです。何か事情がなければ、お師匠は無実の弟子を見捨てるような人じゃありません!」

弟子ならそうでしょうね」

 縋るようなエリカの悲痛な望みの声をピシャリと遮る。

「公表されていないから、あなたがどんな魔法を行使したのかは知らない。けれど、禁止魔法は、まして第Ⅰ級ともなれば偶然や間違いで起きるようなことではない。違うかしら?」

 エリカ自身も述べたように、魔法とは理論があり、摂理に従って発動する。当然、術式を誤れば意図せぬ効果や事象を引き起こすことは往々にしてある。

 だが高位魔法、それも異界の高位存在の召喚ともなると話は違う。

 異なる世界と現世の接続コネクト。異界存在との交信コンタクトと、そのための触媒コネクション。召喚に必要なこの三大要素はいずれも高度な術式である。間違いでできるほど単純ではないのだ。

 そして、そこに考えが至らないエリカではない。だが、それを突き詰めると望まぬ結論に辿り着くような気がした。だから今日まで、考えないようにしてきた。

「本当にベルゼルさんを慕うなら、自分の罪を認め、償うのが真っ当な魔術師の在り方だと思うのだけれど?」

「それでも、私はやっていません。犯していない罪を認める事はできません」

 毅然と言い放つと、アネットはこれ見よがしにかぶりを振って深いため息をつく。そして、

「自分の罪を認めないばかりか、罪から逃れるために師まで利用とするなんて、見苦しい事この上ないわ――ベルゼルさんがあなたに会いたがらないのも無理のない話ね」

「!?それはお師匠が言ったんですか!?どういう――」

 狼狽するエリカはこの時、自分が戦闘の最中であることを失念していた。問いただそうと躍起になるあまり、アネットへの注意がおろそかになっていた。

 そして感情を刺激し、隙が生まれるのを狙っていたアネットはこの機を逃しはしない。

 アネットは口の中で短い呪文スペルを唱える。すると、エリカの周囲に小さな爆発が発生する。爆竹程度の小さな爆発ではあったが、虚を突かれたエリカの注意を引くには十分であった。

 小爆発と同時にアネットは石畳を強く蹴る。『バルクス』によって強化された脚力は二階分の高さを越えるのに一秒も要さなかった。

 目の前に着地したアネットに驚愕するエリカ。舌打ちする間も惜しみ、とっさに呪文スペルを唱えようと口を開く。

 しかし、その口を素早く突き出された左手がガシッと覆うように掴み、詠唱を阻んだ。

 くぐもった声を口の中で発しながら、押さえつける腕越しにアネットと目が合う。

 その目が喜悦に細むと同時に、後ろに引いた右腕の拳を打ち下ろされる。石畳すら砕く無情の拳がエリカの胸に大穴を穿った――と思われた。

「なっ……!」

 アネットの驚愕の声と共に拳は直前で急停止する。いや、停止させられていた。

 驚愕したのはアネットだけでなく、エリカもまた同様であった。

 拳を受け止めたのは、正六角形の特殊な文様の結晶体。

 その表面で淡く光るそれは魔法回路で、それも一目で分かるほど高度で複雑な術式であった。

 凄まじい拳のインパクトを完全に吸収し、エリカには雨粒ほどの衝撃も届いていない。

(これは私の魔法じゃない。こんな魔法術式は見たこともない。まるで別世界の魔法みたい……あっ!)

 そこでエリカは、いつかの相棒との会話を思い出した。


 *


 強制的に魔力が持っていかれるのを感じたのは、ちょうどこの朽ちた埠頭まで来た時だった。

 間違いない。アイツは戦闘状態にある。

 エリカの残した微細な残留魔力が、ここに来て急に濃くなったあたりからも察しがつく。

 先端が爆砕した桟橋。ところどころ抉れた砂浜。設置され発動していない攻撃魔法。わずかに鼻に突く、焦げたような匂い。

 エリカの状況はわからない。でも、が発動したということは、少なくともまだ生きてるのは間違いない。

 同時に、それはアイツが窮地にいるということでもある。

 魔法が通用しないか、使えないか。もしくは魔法を使っても倒せない相手か。何にしても、厄介な相手に違いないだろう。

「方角は……市街地の方か」

 あの魔法は俺の魔力を使っているから、漠然と方角ぐらいは感じ取れる。

 そして俺は一も二もなくその場を後にし、魔法の方角へ駆け出した。道中、いつだったか俺がエリカにあの魔法を施したときのことを思い出す――


「保険?」

「ああ。一応、念のためにな」

 それは、俺が召喚されてしばらく経ち、何度目かの追手を退けた後の事。

「お前は事、魔法に関してはエキスパートだ。それは認める。だがそれ以外に関しては全くの一般人。いや、一般人以下。世間知らずでバカな魔法オタクの社会不適合者――」

「ちょっと言い過ぎじゃないかしら?!」

 耐えかねたエリカは声を上げるが、無視。

「だがこの先、追手が正々堂々真正面から挑んでくるとは限らない。俺を引き離したり、お前が一人になる状況に仕掛けてくるなんてこともあり得る。俺一人じゃカバーできない状況を想定して、お前にこの魔法、『忌祓いみばらえ』を掛けとく」

「い、いみ、え?」と、聞き慣れない魔法にエリカは首を傾げる。

「まぁわかりやすいように便宜上、魔法とは言ってるが、お前ら人間の使う魔法とは違うかもしれない。どっちかというと呪詛、呪いの類かな」

 エリカたちが暮らすこの世界と、俺のいた神界では魔法の在り方が大きく異なる。今なお、この世界の魔法使いが研究をしているが、全貌の解明には至っていない。

 だから理屈を一から説明するには時間がかかるし、そもそも理解もできないだろう。

「え、ってことはそれは神界系の魔法よね!?それを私に!?やったぁぁぁぁぁ!ねぇねぇ、それじゃあついでだし、他にもいくつか教え――」

「ああもう、うるせぇな!お前ホント、魔法絡みの話になるとテンションがおかしくなるのな。後で教えてやるから、今は俺の話を聞け!」

 俺がなだめると「けちぃ」とあからさまに不貞腐れた態度を取る。誰のために手間かけてやってると思ってんだ、こいつは。

「こいつは術者に対する一定以上の威力の攻撃を感知すると自動で発動する。一度発動すれば、以降は自動的に攻撃を防ぐ」

「自動型の防御魔法ね。王国所属の魔道士が使うのを見たことあるわ。でも、あれなら私でも使えるわよ?たぶんだけど」

「あんなのは精度も耐久度も限界があるだろ。こっちのはどんな高速で高威力の魔法でも受け止める。上限はない」

「じ、上限なし!?」

 驚くエリカを無視して、説明を続ける。

「発動は自動だが、こいつはよほどのことがないと発動はしない。一定以上の攻撃、つまりお前が死ぬレベルの攻撃が向けられた場合が発動条件だ」

「死ぬレベル……ってまたざっくりね」

「まぁな。こいつはごく限定的な未来予知演算を行い、防ぐべき攻撃を判別してるんだ」

「そんなすごい事を!?そんなのもう魔法の範疇を超えてるわ!とても私には扱える自信がないよ」

「心配すんな。一度掛けときゃ、あとはほったらかしでいい。魔力供給も俺から行われる。死んでさえいなきゃ必ず発動してお前を守ってくれる。だから厳密には呪いなんだ」

 俺の説明にアホみたいに口を開けてただただ唖然としていた。一般人ではなく、魔法に精通したエリカだからこそ、次元の違いを理解しているのだろう。

「だが、こいつを過信するなよ?そもそも、こいつが発動するような状況に陥るな。可能な限り、俺から離れるようなことも避けろ。俺がお前を守ってやれればそれが一番なんだからな」

「え。それってどういう……」

「俺はお前の盟約者だ。お前に万が一のことがあったら、この世界で一番困るのは俺なんだ。その事を忘れるな」

 俺がそう言って顔を向けると、なぜかエリカは嬉しそうに微笑みながら潤んだ目を向けていた。

「世界で一番だなんて、ヴァル君。そんなに私のことを……」

「ったく、このポンコツは。何を勘違いしてやがる!心配とかじゃなくて、単純に困るんだよ!お前が死んだら、俺も死ぬんだ。もう忘れたか!?俺の身体を留めておくことができなくなって魂が消滅するって、何度も説明しただろうが!」

「うんうん。わかってるって。そういうことにしておくよ。そういうキャラだもんね」

 うわっ。すっげぇムカつく。なんだよ、キャラって。

「いいか、よく聞けよこのバカ。万能に見えてこの魔法は――」


 *


 拳を受け止めた結晶は、空気中に溶けるように消えていく。

 驚愕に硬直していた両者は、我に返ると同時に動き出す。

 至近距離のアネット目掛けて掌を向け、魔法を展開させるエリカ。その魔力を感じ取ったアネットは強化された脚力を爆発させ、屋根の上から素早く飛び退く。

 後ろ向きで勢いよく滑空するアネットの眼前に閃光が煌めき、無数の『スピト』の光弾が高速で迫る。

 しかし、間一髪で展開された『ジャマー』によって照準が狂わされ、左右の建物に激突して消える。

 そうして通りの石畳に着地したアネットは、同じく前方に降り立ったエリカを睨む。

 エリカの周囲には、攻撃を受け止めたものと同じ結晶が、漂うようにゆっくりと回転している。

(これが『忌祓いみばらえ』……助かったよ、ヴァル君)

 この場にはいない相棒に心の中で感謝を述べた。

「さすが第Ⅰ級魔法犯罪者。そんな小賢しい切り札まで忍ばせて。ゴキブリ並みのしぶとさね」

 余裕の笑みを崩さぬアネットであったが、その声には驚愕が滲んでいた。

 自身の渾身の一撃を完全に制した、体系すら不明の高位防御魔法。防御魔法は軍でも数多く使用されるが、これほどのものは他に例がなかった。

 正体不明の魔法を前に攻撃の糸口を見出すことができず、攻めあぐねるアネット。

 絶体絶命の窮地を脱し、鉄壁の防御を得たエリカは形勢逆転――したかに見えた。

 だが、そのエリカの目に浮かぶのは勝利の確信ではなく、密かな焦りであった。

 ヴァルダヌの忠告を思い出しながら、漂う結晶を横目でちらりと見遣る。

 漂う結晶の数は、六片。

 それはそのまま、エリカの命運のカウントでもある。

「これが発動した以上、もうあなたの攻撃は私には届きません。無駄な抵抗はやめて、降参してください」

「……さぁ、それはどうかしらね?」

 エリカの内心とは裏腹に、アネットの戦意は些かも落ちてはいない。それどころか、古強者の勘が早くも何かを感じ取っていた。

 声、表情、呼吸――何を隠しているかはわからずとも、それらからエリカの感情の色は、言葉ほどの余裕が無いことを読み取っていた。

「諦める前にやれることはすべてやる。どうせ無駄なら、構わないでしょう?」

 さらに挑発するような言葉に、エリカは言葉を返すことができなかった。

(こうなったら、なんとか早く決着をつけなくちゃ……!)

 エリカは短期決戦へと持ち込むべく魔力を精錬し、全力で魔法を展開。浜辺で見せた攻撃魔法『ジヴ・フレシェット』を発動し、無数の氷の矢を放つ。

 だがこの時すでに、アネットはぐっと姿勢を屈めて地面を蹴った後だった。

 氷矢の群れを頭上にやり過ごし、距離を縮めてくるアネット。エリカは並行展開していた『スピト』を直上から浴びせかける。

 だがアネットは全く速度を緩めることなく、右へ左へ巧みなステップで光弾の雨をくぐり抜けてなおも迫る。

「っく!」

 エリカは苦しげな声を漏らしながら、強化された脚力で後ろ足に跳ぶ。

 しかし、わずかに遅かった。

 地を蹴ったエリカ目掛け、踏み込んだアネットが伸びるようなアッパーを繰り出す。

 風圧を生みながら迫る拳の前に、先程と同じ光景が再現される。拳の軌道上に結晶が瞬時に出現し、拳を受け止めた。

 そしてやはり同様に、結晶は役目を終えるとその場で消失していった。

 その光景を目の当たりにし、エリカは舌打ちしながらヴァルダヌの言葉を思い返す。


「――万能に見えて、この魔法は制限がある。だから、こいつが発動するような事態は極力避けろ。で、発動したら全力で逃げろ」

「え?でも、そんな万能な防御なら安心じゃない?」

「いいか、この『忌祓いみばらえ』は、無限に防御できるわけじゃない。魔力に応じた回数しか防御ができないんだ。しかも、一回毎の魔力量は膨大だ」

「それはわかるけど、ヴァル君は私達とは比較にならないくらい魔力があるんでしょ?魔属なんだから」

「そうだな。俺が盟約に縛られてなければな」

「……あっ!」

「そうだ。俺たち盟約者はシフトで縛られてる。シフトが低いと、使える魔力の総量も抑えられちまう。ただでさえ、お優しい主殿は俺をサードシフトより上には上げたがらねぇからな。おかげで満足に魔法も使えやしねぇ」

「うぐぅ……前にも言ったけど、それにはちゃんと理由が――」

「それは何度も聞いた。でも、そんなのは関係ねぇ。『忌祓いみばらえ』は条件を満たせば、強制で発動しちまう。術者の魔力量なんざお構いなくな」

「そっか。もしシフトが低い状態でこの魔法が発動しちゃったら、最悪、ヴァル君は身体が維持できなくなるってことね」

「ああ。だから、。それが最低のファーストシフトでも俺が出せる魔力の限界だ。この回数を超えると『忌祓いみばらえ』は消失するから、それまでになんとか逃げ切れ――」


 起動時に一回消費し、そして今また一回発動した。

 すなわち、防御できる回数はあと五回。

 アネットの攻撃は止まらない。

 跳躍するエリカを俊足で追い抜くと右足を軸足に旋回。着地したエリカの背後から裏拳を繰り出す。完全に死角からの攻撃も、しかし結晶は問題なく機能し、やはりその攻撃を防いだ。

 残り、四回。

 さらなる追撃を、エリカは許さなかった。

 この間にエリカは『テイザー』の呪文スペルを詠唱。足元に魔法陣が展開され、放出された電撃が大地を奔る。

 しかし、わずかに遅かった。

 アネットは地を蹴って跳躍し、その眼下を紫電が虚しくスパークして終わる。

『テイザー』は地面や床、足場を媒介し、その上に立つ者へと流れる。故に、宙にいるアネットには届かなかった。

 一方、ローブを激しくはためかせてエリカの直上へ高々と舞い上がったアネットは、脚を大きく振り上げながら落下軌道に入る。

 そして、落下の勢いと脚力を乗せた踵落としをエリカの脳天目掛けて放つ。

 唸りを上げて振り下ろされる踵は、まさに戦斧の如き一撃。人一人程度、容易く圧殺する力を秘めたその一撃も、結晶は音もなく受け止める。

 残り、三回。

 瞬く間に半分を削り取られてしまった。

 こう接近されては打つ手がない。エリカは足に力を溜めると一気に跳躍。手近な建物の屋上へと退避した。

 すぐに追ってくると予想したエリカは素早く屋上のど真ん中に陣取り、その場で待ち構える。

(来るなら来なさい!魔法でも本人でも、迎え撃つ!)

 姿を見せた瞬間に打ち放てるよう、魔力を練りながら複数の攻撃魔法を準備する。

 しかして、姿を見せたのは火球が一つ。それも『フレヴ』ではない、勢いも火勢も明らかに劣っている。

 火球は鈍い速度でそのまま直上数メートルに達すると、軽い破裂音を上げて弾けて終わる。

 威嚇にもならない、安物の花火のような魔法――しかし、をエリカは見逃さなかった。展開仕掛けていた攻撃魔法を全てキャンセルし、即座に腕を大きく振り上げる。『ジヴ・ヴァント』を展開し、自身を覆うように氷壁を作り上げる。

 直後、屋上には無数の火柱が上がる。

 破裂した火球は軍用炎熱系魔法『テルミト』。高い発火性を内包した魔力の粒を狭い範囲にばら撒き、触れた瞬間に千度にも達する超高温の炎を発生させる凶悪な魔法だ。無論、そんなものを全身に浴びれば人体など瞬く間に消し炭と化す。

 氷壁で辛くも粒に触れることは免れたものの、木造家屋の屋上は一瞬にして火の海と化し、高温の空気がエリカの喉を炙る。

(強化魔法で強化してなければ、危なかった……でも、ここにいたら危険だわ)

 エリカは次に避難する場所を探すべく周囲に視線を走らせる。

 と、その時。立ち上る炎幕を突き破り、一直線に迫りくる影。

 アネットだ。彼女は肩を突き出した体勢で猛然と迫りくる。

 意表をついた攻撃に、エリカの防御も回避も間に合わない。

 凄まじい勢いのタックルも、小さな結晶は一身で受け止める。生じる衝撃はベクトルを歪められ、全てが結晶に集約され取り込まれるようになっている。

 残り、二回。

 この時、同時にエリカも動いていた。

 間に合わない判断すると、防御を結晶に任せて魔法を展開。目を瞑りながら掌をアネットの眼前に突き出す。

 次の瞬間、その掌からは網膜を焼く激しい閃光が放たれ、アネットの動きを止めた。

 放たれたのは閃光魔法『ライオット』。それ自体に殺傷力や特別な力は無く、魔力を強烈な光に変える魔法だ。魔法使いの護身用や、軍や警察が奇襲の際に用いられる。

 さすがのアネットも視界を奪われ、僅かに怯む。その一瞬の隙にエリカは脱兎のごとく駆け出す。そして屋上の縁を蹴り、通りをはさんで向かいの建物に向かって跳躍した。

 目指すは三階建ての建物の屋根上。

 驚異的な跳躍力であったが、そこは元々運動能力の低いエリカ。屋根に着地するつもりが思ったより勢いが足りなかった。

 結局、三階部の窓に飛び込んでしまう。

 派手に窓ガラスをぶち割り、室内へと転がり込む。何もない広い空間の部屋は、どうやら使われていない空きテナントのようだった。

 悪態をつくのも後回しに、慌てて起き上がりながら割れた窓越しに、通りの向こうに目を向ける。雨風など存在しないかのように炎は燃え盛り、建物の屋上を覆い尽くしていた。

 アネットの姿は、どこにもない。

「まさか炎に巻き込まれた……?いや、そんなわけないわ」

 窓辺から身を乗り出して目を凝らしていたエリカは、ふと、何かを感じ視線を真下へと向けた。

 そして、目が合ってしまった。

 杖をくわえ、壁面に張り付いているアネットと。

 フードがめくれ、見上げた顔が雨粒に晒されていた。そして、そこに刻まれた深い皺が、ゆっくりと歪む。

 それが笑みだと認識すると同時に、エリカは何かに引っ張られるように身を引いた。悪寒を感じた体が、何かを考える前に無意識でそうさせたのだ。

 そのエリカの鼻先を、『フレヴ』の火球が猛スピードで落下していった。

 僅かにエリカの前髪を焦がして落下していく火球とすれ違いながら、室内へと降り立つアネット。雨を吸ったローブがべしゃり、と音を立てる。

「千載一遇のチャンスに攻めではなく逃げを取る。魔法は一流でも所詮は素人。致命的に詰めが甘いわね」

 濡れて額に張り付いた前髪もそのままに、ゆっくりとエリカに近付くアネット。それに合わせてエリカも後ろに後退する。

無敵の防御は、有効に使うものよ」

 ぎくりと、エリカの表情が露骨に強ばる。残念ながらここでポーカーフェイスを演じられるほど、彼女に胆力も経験もなかった。

「完璧な魔法など存在しない。高性能な魔法にはそれなりの条件が伴うのは常識。見慣れない魔法には、威力偵察でその特性を探るのが魔法戦の鉄則よ」

忌祓いみばらえ』の発動後、アネットは様々な攻撃を繰り出すことで、この未知の魔法の特性を測っていたのである。

 アネットは浮遊する結晶を指差しながら淡々と語る。

は死角や意識外からの攻撃にも反応し、それでいて、あなた自身に確実に当たるものだけを正確に受け止める。単純な耐衝撃性能だけでも、軍用の高位防御魔法をも超えているというのに、高精度の脅威判定能力付きの自動防御を他の魔法のように使えるとは考えにくいわね」

 魔法の知識では自分に劣るアネットが、この短い間で神界系魔法の特性を正確に把握していることを、エリカは俄には信じられなかった。

 目の前の相手は、暴力としての魔法に魅入られた狂人である。

 その認識は、間違いではない。

 だが同時に、戦場で戦い続けた歴戦の魔導士でもあった。

 人としての倫理に欠けていようと、「戦い」という目的を叶えることに特化した魔法使い。その恐ろしさを目の当たりにし、エリカは戦慄した。

「術式を展開したり、魔道具で発動したような素振りはなかった。思うに、その魔法は自前ではないわね?」

 エリカは沈黙で返す。もはや何を言っても、確証を与えてしまうだけのように思えた。

「ということは、その魔法には何かしらの制限があるはず、と考えるのが定石。例えば時間か、あるいは……回数かしら?」

 エリカは突き動かされるように魔法を展開した。してしまった。

 それは、図星だと告げたに等しい。

『ジヴ・フレシェット』による氷矢の水平一斉射。室内にあっては回避のしようがない攻撃である。

 しかして、それすらもアネットの想定の範囲内であった。手にした杖の宝玉が煌めくと同時に魔法陣が展開。その中心より幾条もの赤黒い光が放たれる。自動迎撃型防御魔法『ファランクス』による熱線は、飛翔する氷の矢を正確に射抜き、その全てを一瞬にして蒸発させた。

 そしてエリカが狼狽えた隙に、アネットが床が軋むほど力強く踏み込み、一気に間合いを縮める。そして殺人的な威力が付加された回し蹴りが、エリカの首を刈り取るが如く放たれた。

 唸りを上げて迫るつま先を、結晶が阻む。

 残り、一回。

 それを確認すると満足げに笑い、素早く足を引いて再び間合いを取る。

「どうやら正解のようね。あと何回持つのかしら。もうそう多くはないんでしょう?」

 くるくると杖を手の中で弄びながらアネットは投げかける。もはや取り繕う余裕もなく、ただ悔しげにエリカは唸るしかなかった。

 もはや後が無いエリカに残された選択肢は少ない。

 どうやら、アネットはまず『忌祓いみばらえ』を打ち砕く気でいる。

 エリカはそこに一縷の望みを賭けることにした。

(殴るか蹴るかわからないけど、それなら必ず接近しなくちゃいけない。そこを狙って、一撃で無力化する!)

 すなわち、狙うは『忌祓いみばらえ』を犠牲にしてのカウンター。

(肉体が強化されているとは言え、人体構造が変わったわけじゃない。出力を上げた『テイザー』なら……!)

 エリカの脳裏には、エルバでの戦闘が再生される。

 屈強な男をも戦闘不能にする電撃系攻撃魔法『テイザー』。電撃によって相手の筋肉を強制的に収縮させ、肉体を麻痺させるというものだ。

 そして強化魔法は、魔法によって肉体と身体能力を増幅させているのであり、人体の仕組みそのものが変わったわけではない。

 つまり、いかに強化された肉体であっても『テイザー』は通用するはずである。

 あわよくば気絶、そうでなくても動きを止めることができれば、その間に無力化する手立てはいくらでもある。

 加えて、先程は空中に回避されてしまったが、ここは室内であるためその心配もない。

 腹を決めたエリカは掌を突き出し、『スピト』を撃ち放つ。いかにも追い詰められ、苦し紛れに放ったといった様子で。無論、これは演技であり、アネットを誘い込むための演技だ。

 思惑通り、アネットは光弾を素早い切り返しで回避し、難なくエリカへ肉薄した。大きく引かれた右腕が、今まさに弩のごとく放たれる。

(来る……!)

 強化された動体視力でそれを判断したエリカは魔力を自身に収束させ、詠唱をするべく声を発する。

 しかし、突如全身にかかる高負荷と反転する視界にそれは阻まれる。

 エリカには視認できなかった。

 振りかぶった右腕ではなく、反対の左手がエリカの突き出された細い手首を掴んだのを。

 ――アネットは戦いの中で確信を得ていた。

 結晶による防御の発動条件は一定以上の威力を有した直接攻撃。

 つまり、掴む程度では発動しない、と。

 骨が軋むほどの握力で腕を掴まれたのも一瞬。その膂力でもって、驚愕するエリカは乱暴に投げ飛ばされた。凄まじい勢いは天井を突き抜け、その身を通りの上空へ高々と舞い上がらせた。

 瞬間的な高負荷と、続く衝撃に脳を揺さぶられてエリカの意識は一瞬の間、暗転する。

 意識を取り戻したのは、舞い上がった身体が通りの直上に達し、落下に転じた時。

 輪郭を取り戻す視界の中で、黒雲を背に拳を繰り出す体勢で迫るアネットの姿を見た。

 地に足の付かない空中では『テイザー』は用をなさない。他の魔法で迎撃を試みようにも、朦朧とした意識ではそれもままならない。

 すでに拳は目の前。

忌祓いみばらえ』の最後の一片が攻撃を受け止めた。

 ――零。

 役目を終え、消えゆく最後の欠片を、エリカは絶望に満ちた表情で見つめた。

 そこに撃ち降ろされる火球の一撃。赤い尾を引いて迫るそれを、反射的に両手を翳して辛くも受け止める。

 手袋を覆う魔力が一瞬にして火球を消し去るも、激突の衝撃までは消すことができなかった。受け止めたことで落下の勢いが更に加速し、エリカは硬い石畳へと背中から叩きつけられる。

 本来なら体中の骨が砕けるほどの衝撃は、強化魔法で強化された肉体であっても深刻なダメージを与えた。満身創痍で弱々しく立ち上がるエリカであったが、足腰に力が入らず前のめりにつんのめってしまう。

 横手から伸びた手が、その身を支えた。

 その細い枯れ木のような五指がエリカの胸倉を強く掴み、強引に目の高さまで持ち上げられる。

「ご自慢の防御もどうやら打ち止めのようね」

 そして、獲物を追い詰めた狩人の笑みと正対させられる。

「本当に残念だわ。できればたっぷり嬲りぬいてから殺したいところだけれど、生憎と私も忙しいの。名残惜しいけれど……さようなら」

 最後にそう告げると、エリカの胸に風穴を穿つ拳が無慈悲に放たれる。

 何とかしなければと焦る一方で、傷付いた身体はいかなる命令も拒んだ。

 自身に向けられた拳が、やけに遅く感じられる。人は死に直面した時、全てのものがスローモーションに見える、という話を思い出した。

 ――あ、だめだ。私はここで死ぬんだ。

 すべてが緩慢になった世界の中で、エリカは己の命運が尽きたことを悟った。

 ――悔しい。

 いつか、追手にやられる日が来るんじゃないかと、心のどこかで思ってた。相手がオリン君なら、もしかしたら諦めもついたかもしれない。

 でも、よりにもよってこんな人に負けるなんて。

 崇高な魔法を人を傷つけることにしか使えないような人でなしに。

 お師匠と正反対の、こんな醜い魔法使いに負けるだなんて。

 せめてさえあれば、私だってちゃんと戦えたのに……!

 ごめんなさい、お師匠様。私は未熟でした。

 ――お師匠。

 まだ教えてもらいたいことはたくさんあったのに。

 せめて最後に一目だけでも、会いたかった――

 込み上げてくる涙で、エリカの視界が歪む。

 そんなエリカのささやかな望みすらも打ち砕かんと、目前まで迫る拳。

 無念に胸を締め付けられながら、ぎゅっと堅く瞼を閉ざす。溢れた涙が、頬を伝って落ちていく。

 ……が、不思議なことにどれだけ待っても痛みがやってこない。代わりに、空気を振るわせる、皮を打ち据えたような乾いた音が鼓膜を震わせた。

 エリカは、恐る恐る瞼を開く。

 そして、見た。

 浅黒の肌に短い髪の後姿。

 もう見慣れた、盟約者にして相棒の背を。


 *


 間一髪、割って入るようにエリカを庇いながら老婆の拳を胸の前で受け止める。

 老人離れ、どころか人間離れした一撃は、人間なら間違いなく死に至る一撃。魔法で全身を強化されているのは、溢れ出る魔力で遠目にもすぐわかった。

 間髪入れず、至近距離の老婆目掛け膝を跳ね上げるも、やはり人間離れした素早さで老婆は軽やかに飛び退き、空振りに終わる。

 防御をしなかったのは良い判断だ。もし受けていたら、たとえ魔法で強化されていようと無事では済まなかったはずだ。

 間合いを取った老婆は、俺を凝視している。突然の乱入者を警戒しつつ、何者かを推し量っている、といったところか。

 老婆に注意を向けつつ、俺は後ろにいる我が主を見遣る。何が起きたのかわからないと言った様子で、ぺたんと座り込み、ただただ呆然と俺を見上げていた。

 路地に転がる焼死体を見た時はさすがに肝を冷やしたが、どうやら無事であるとわかり、内心で安堵する。

「ヴァル君、助けに来てくれたの……?」

 そう問いかけてくるエリカに、俺は穏やかな笑顔を浮かべ、頭にポンッと手を置き――わしっ!と掴んで、乱暴に目の高さまで持ち上げた。

「何やってるんだ!この大バカ野郎!」

 一転して怒りの形相で怒鳴りつける。優しい言葉でもかけてもらえると思っていたのか、エリカは困惑に目を白黒させるが俺はかまわず罵倒する。

「急いで駆けつけてみりゃあ、案の定トラブルに巻き込まれやがって。あれほど外に出るなって言ったよな?そんなに難しいか?子供だって留守番くらい出来るぞ?いや、躾ければ犬でもできる。よし、お前は今日から犬だ。今度似合う首輪を買ってきてやるから、部屋に繋いでおこう」

 怒り心頭の俺に対し、エリカは身を縮みこませて俯く。そしてぼそぼそと言い訳を呟く。

「だってお師匠からの手紙が届いたから居ても立ってもいられなくて……」

「そうかぁ。それじゃ仕方ないな……とでも言うと思ったかこのポンコツ!んなもん、十中八九罠に決まってるだろ!その犬並みに小さい脳味噌使ってちったぁ考えろ!」

「でもねでもね!この手紙の魔力は明らかに――」

「わかったわかった。もうお前が馬鹿なのは泣きそうなほどわかったから。帰ったら“待て”から躾けてやるからな。その前に“お手”の方がいいか?」

 取り付く島もない俺の態度に、いよいよ今にも泣き出しそうな表情になる。

「邪魔をしないで下さるかしら?」

 と、そんなやり取りに割って入る声。先程の老婆がにこやかな表情で立っていた。表情こそ笑ってはいるが、掴めそうな程の濃密な殺気が滲み出ていた。

「あなた、エリカさんのお仲間ね?申し訳ないけど、今私はエリカさんと取り込み中なの。邪魔をすると例え子供でも少し痛い目を見てもらうことになるわ」

 老婆の言葉に俺は辟易とする。どいつもこいつも見た目で判断しやがって。

「いいか。言っておくが俺は子供じゃ――」

 閃光が、疾走る。

 瞬時に展開して生み出された灼熱の火球が空気を焦がしながら眼前に迫っていた。

 魔力で作られた炎は自然のそれよりもずっと高温で、食らえばひとたまりも無い。

 そもそも瞬きも許さぬその速度は、明らかに首から上を吹っ飛ばす勢いだ。

 ただし、それは人間ならの話だ。

 迫りくる火球を無造作に、真正面から掌で受け止める。手の中で燃え盛る炎は、しかし、俺の皮膚に軽い火傷を負わせるのが精一杯だった。

 老婆の表情から笑みは消し飛び、驚愕に固まっていた。

 そんな老婆に、心優しい俺は丁寧に火球を投げ返してやる。来た時よりも数倍の速度で戻ってくる火球に、アネットは大いに慌てた様子で無様に転がるように避ける。

「何が少し痛い目、だ。殺す気満々じゃねぇか。でも悪いな。ただの人間相手ならこの状態2シフトで十分なんだ、生憎」

 老婆に向かって俺は不敵な笑みで言い放つ。人知を超えた存在を目の前に、老婆の表情からは余裕が完全に消え去っていた。

「……のはずなんだけどな」

 左腕の付け根を押さえ、呟くように独りごちる。

 目の前の老婆は魔法で強化され、人間離れした身体能力を発揮するが、それでも酒場の男には到底及ばない。

 いや、強さの次元が違うというか……やはり奴が普通じゃないということだろう。

「ヴァル君、どうしたのその腕!」

 と、左腕がないことにエリカも気付いたようで、素っ頓狂な声を上げた。

「……ちょっと野良犬に噛まれただけだ」

「どんだけ凶暴な犬がうろついてるのよ!下手な言い訳しないで!何があったの?」

 はぐらかしに失敗し、さらに激しく問い詰められてしまう。

「うるせぇなぁ。どうせシフト上げればまた生えてくんだ。なんでそんな大げさに騒ぐんだお前は」

「そんなの、心配だからに決まってるからでしょ!」

 エリカの一喝に俺は不覚にも言葉を失ってしまう。

「ヴァル君が私を心配するように、私だってヴァル君が心配なのよ?世界で唯一人、私の味方のヴァル君が。帰りを待つ私の気持ちも、少しはわかってよ……」

 怒りながら、それでいて泣きそうな表情をするエリカ。本気で怒っているらしく、さすがの俺も少しばつが悪い気分になる。

「……事情は後で説明するが、俺は本当に大丈夫だ。だから、心配すんな」

 額を指先でポリポリと掻きながら、なだめる様に言う。

 こくりと頷いて目頭を拭うエリカ。まったく、泣いたり怒ったり忙しいあるじ様なこった。

 鼻で軽くため息をつき、俺は改めて老婆のほうを向く。老婆は、魔力を練り上げながら、ただじっとこちらの様子を窺っていた。得体の知れない俺の存在に内心慄いているのが丸分かりだ。

 もっとも、エリカが悪魔召喚をしたなど知らないだろうから、それも無理のない話だ。

 魔法犯罪者の具体的な罪状は公表されないのが基本だ。例えば、仮にエリカが悪魔召喚をしたことを公表した場合、その身柄を確保して召喚技術や俺自身を利用しようとする輩が現れることも考えられるからだ。

 奴もエリカに仲間がいる事は知っていたが、それが何者かまでは調べられなかったのだろう。

「で?あいつは何なんだ?」

「アネットさんっていう賞金稼ぎ。手紙を出したのもあの人みたい」

 自分を殺そうとする相手を律儀にさん付けをするのは、まぁこの際放っておこう。

「お前にしては随分手こずったみたいじゃないか」

「なんでも元魔道士だそうよ」

「軍人上がりか。そりゃ厄介なことだ」

 どうりでエリカが苦戦するわけだ。魔術師として優秀なエリカだが、元軍人相手にするにはやはり実戦経験もも足りなかったか。

 エリカも逃亡生活の中で魔法戦を経験しているが、くぐり抜けた修羅場の数は比べ物にならないはずだ。奴がそれなりに熟練の魔道士であることは、今しがたの一撃で察しがつく。

「それと、何かお師匠のことについて知っているみたい。古い知り合いで、居場所も知っているって言ってた」

「なんだって?」

 エリカがベルゼルを追っているのは俺たちしか知らないはずだ。

 無論、エリカがベルゼルの弟子であることは調べればわかることだろうから、誘き出す口実に使っただけとも考えられるが……。

「まぁいい。だいたい理解した。とりあえずこいつを喋れる程度にブチのめせばいいんだな」

 至極シンプルな結論を出し、右肩を回しながらアネットへと向き直る。向けられた殺気に、アネットは額に汗を浮かべながら構えた。

「待って、ヴァル君」

 と、背後からの声。一ミリも予想を外れないお決まりの言葉に、俺はため息をつく。

「へいへい。わぁってるよ。どうせいつもの、『手加減しろ』『殺すな』だろ?ンなこたぁ――」

 だが、次に続くのは言葉ではなかった。

 俺は全身に力と魔力が漲る感覚を覚える。エリカが俺のシフトを上げたのだ。

 確かにアネットは熟練の元魔道士かもしれないが、シフトを上げなくてはならないほどの相手ではないのは今し方証明したばかりだ。

「あの人は私が倒す。ヴァル君は一切の手出しを禁止します」

 いつになく真剣な表情のエリカ。その眼差しはアネットをまっすぐ睨んでいた。

 人と争うことはおろか、傷付けることすら思いつきもしないであろうエリカが、こうまではっきりと敵意を表すことがあるのかと感心してしまう。

 経緯は知らんが、どうやらアネットはこいつの数少ない逆鱗に触れてしまったようだ。

 面白いことになってきた、などと言える状況じゃない。

 今のエリカの状態は、盟約者として心配せずにはいられなかった。

 いつものワンピースは見るも無惨にボロボロで、よく見れば血が滲んでいる箇所が見て取れる。慣れない肉弾戦で負ったダメージだろう。

 何より、袖が焼け落ちて露出した肩からは見るも痛々しい火傷の跡がある。それ以外にも腕や顔の一部にも火傷の跡が見受けられる。総じて身体のダメージは深刻なはずだ。

「そんな状態でやれるのか?あのババァ、手強いんだろ」

「わかってる。でも、持ってきてくれたんでしょ?」

「ああ。一応な。っつか、こんな大事なもん、置きっぱなしで出るんじゃねぇよ」

 ポケットから取り出しながら呆れに近い悪態をつく。

「ありがとう。これで全力で戦えるわ」

「全力?おいおい、マジかよ」

「うん。。だから、ヴァル君には周囲の被害を最小限に留めてほしいの」

 エリカの意図を汲み取り得心が行く。

「この騒ぎだ。いつ警察どもが駆けつけてきてもおかしくない。周りは俺に任せて、さっさとやっちまえ」

 ブレスレッドを受け取るエリカは深く頷く。その目は完全にスイッチの入った目だ。いつものポンコツエリカじゃない。

 高位魔術師、エリカ・カーティスの目だ。

 さて、エリカがを使うとなると、俺は見通しの良い場所にいないといけない。その場を離れ、手近な建物の屋根へと跳ぶ。

 一方、俺が戦闘に介入せず、エリカがタイマンで挑むとわかったアネットは、目に見えて覇気を取り戻していた。

「あらあら。せっかく頼もしいお仲間が助けに来てくれたのに、いいのかしら?少しでも生き長らえたいなら、犯罪者らしくこそこそと這いつくばって逃げる方が賢明だと思うのだけれど」

 あからさまな挑発にも、エリカは一切動じない。ただ静かに、そしてはっきりと言う。

「最初に私は言いました。あなたを倒すと。そしてお師匠の居場所を教えてもらいます。何より……」

 言いながら、エリカはブレスレッドを手首に装着。

 装着者の魔力に反応し、ブレスレッド中央に埋め込まれた宝石が一際強く輝く。そしてそこから幾条もの光の筋が伸びたかと思うと、それらは宙で鮮やかに紡がれる。魔力によって編み出された純白のシルクが、エリカの指先から二の腕までを瞬時に覆った。

「一人の魔法使いとして、あなたの存在を許すわけにはいきません」

 強い意志を秘めた言葉に、アネットの目がすっと細められる。

「この期に及んで、まるで自分の方が罰を与える側だとでも言うような口ぶりね。犯罪者風情が……!」

 吐き出す言葉とともに顔の表情皺が怒りに逆立つ。その表情はまさに鬼か羅刹か。齢を重ねたものだけが見せる憎悪の面がそこにあった。

 その悪鬼が手にした杖の先が石畳を叩く。すると軽やかな音共に、無数の火球が宙に出現する。

「その認識不足の頭、是非ともかち割って中を拝見させてもらおうかしら!」

 吠えると同時に、周囲の火球を一斉掃射する。

 あらゆる角度から打ち込まれる火球群は速度も然ることながら、いかなる回避も許さぬ絶妙な狙いの軌道である。

 しかしエリカは避けることを選ばなかった。エリカが掌を大地にかざすと、シルクの表面に複雑な文様が淡く光りながら浮かび上がる。そして魔法陣が展開すると同時に足元から氷の塊がせり上がり、その身を上へ押し上げた。

 あのブレスレッドは装着者の思考を瞬時に読み取り、予め組み込まれた補助術式を生成する、エリカの魔装具エクイップ

 所詮、人間の身一つで行使できる魔法には限界がある。高度な魔法ほど、外部補助が必要になる。豊富な魔法の知識を有するエリカが、それを遺憾なく発揮するための、言うなれば戦装束に他ならない。

 今行使したのも、『ジヴ・ヴァンツァ』という氷結系の高位防御魔法だ。大通りを完全に塞ぐほどの幅と城壁が如き厚みの氷塊は、アネットの火球が全弾直撃しても小揺るぎもしない。

 しかし、この時すでにアネットは周囲に火球を従えて高速で接近していた。

 やはり接近戦に持ち込むか。

 手負いとはいえ、エリカに魔法戦を挑むのは愚策でしかない。

 あくまで自分の土俵で有利に、確実に仕留める。感情と戦闘をきちんと切り離す事ができるのはさすが元軍人。

 どこぞのクソ天使も見習うべきだな。うん。

 アネットが接近する前に、エリカは氷壁からふわりと飛び降り、その向こうに姿を消す。

「逃がすものかい!」

 低い姿勢から高速で迫ると、強化された脚力で一足飛びに氷の壁に飛び乗る。そして眼下のエリカの姿を確認するや否や、杖の宝玉部分を向けて魔法を放つ。

 次の瞬間には、一帯は炎の渦が発生し、エリカの姿を呑み込む。同時に、背後に従えた大量の火球を一斉に叩きつける。

 それだけでは飽き足らず、さらにいくつもの炎熱系攻撃魔法を同時展開して容赦なく浴びせかける。ここまで魔力を練っていただけあり、どれ一つを取っても凶悪なまでに殺傷能力が高い。

 無数の炎熱系攻撃魔法に晒され、一帯は瞬く間に炎の海と化す。石畳を、並木を、そして両側の家屋までもが激しく燃え盛る。

 古の人間が想像した、灼熱地獄の光景がそこにあった。

 もっとも、この地獄の獄卒はまだ満足はしていないようだ。ひとしきり爆撃を終えると攻撃の手を止めて様子を見る。氷壁より降り立ち、力を漲らせながら油断なく構える。

 今の魔法で仕留めたとは微塵も考えてはいまい。おそらく、炎から逃れようと飛び出てきたところを文字通り叩くつもりなのだろう。まさに狡猾に獲物を追い立てる狩人。

 ……と言いたいところだが、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 目を細めて炎の奥に意識を向けるも、違和感に眉根を寄せる。気配どころか、魔力の反応すら無い。

 そしてハッとなりながら魔力で炎を吹き飛ばすも、そこにエリカの姿はどこにもなかった。

 当然だ。やつが攻撃前に見たエリカの姿は、魔法で作った幻像。そうとも知らず、なにもない場所をただ攻撃していたのだから滑稽の極みだ。

 事ここに至り、周囲に視線を走らせて索敵するも、遅きに失する。膨大な魔力反応を感知し、アネットの首は強制的にそちらへ向けられる。

 遥か前方。緩やかな上り坂になっている通りの先にエリカの姿はあった。

 気付けば雨はほぼ止んでいた。黒雲の空には僅かな切れ間が生じ、そこから零れ落ちた一筋の陽の光がエリカの頭上に注がれていた。同時に小雨や陽光を受けて煌めき、光の乱舞が生まれる。

 その光景はまるで一枚の絵画のようであり、思わず息を呑むほどの美しさがあった。

 静かに佇むエリカは、胸の前で掌を合わせる。祈っているようにも見えるが、腕を覆うシルクの表面には緻密な文様が明滅しながら浮かび上がっていた。見るものが見れば、それは異様なまでに高度な魔術式であるとわかっただろう。

 そして半身に構えながら、合わせた掌を離してゆっくりと腕を広げる。

 その構えは弓を構える姿勢そのものだった。

 その手と手の間には眩い一条の細い光が生まれる。構えが弓なら、それは番えた矢である。その矢からは力強い魔力がまるで小波のように溢れ、大気を震わせていた。

 弓を構える姿勢と、神々しいまでの特殊な魔力を帯びた矢。そこから想起する魔法は、ただ一つ。

「し、神聖魔法だと!」

 アネットは思わず叫ぶ。

 ――神聖魔法。神界系魔法における最上位に位置するカテゴリー。

 これに部類される魔法体系は本来、天属のみが使用する『秘術』である。遠い昔、召喚された天属種によってこの世界にもたらされたという。

 元来、人間には行使不可能なほど高度な魔法であったが、長年に渡る研究と魔法技術の発達、そして人間の創意工夫により、擬似的にではあるが扱えるようになった。

 今エリカが展開しているのはその一つ、高位天使どもが使う『セイクリッド・ペネレイト』という、クソダセェ名前の攻撃魔法だ。弓を模しており、翼に次いで天使の象徴的なものでもある。

 神聖魔法の特筆すべき点は、神聖魔法は同じく神聖魔法以外では防ぐことができないというところにある。

 魔法を魔法で防ぐということは、撃たれた魔法の構成魔力の反対の性質をぶつけ、相殺するのが最も一般的だ。火属性の魔法に同等以上の水属性の魔法を当てるといった属性エレメントなどは広く知られた好例だ。

 対して神聖魔法には対となる属性エレメントが無く、構成魔力も特殊なため、神聖魔法は魔法による防御ができない。これに抗するには同じ神聖魔法で打ち消すか、物理的に耐えきるしか無い。

 元々肉体的に優れている魔属に、天属が対等に渡り合える理由の一つにこれが挙げられる。実に忌々しいことだが、これであれば格下の天属であっても、格上の魔属に致命打を与えられる。

 侵す事のできない唯一絶対の魔法。それ故に、神聖魔法などと呼ばれている。

 無論、それほどまで強力な魔法がおいそれと人間に使えるわけがない。技術的には可能になっただけで、個人が扱うには種々の問題がある。

 アネットに視線を向け狙いを定めるエリカは、苦しげに肩で息をし、ともすれば倒れそうになる身体にむち打って踏ん張っているのが見て取れた。

 神聖魔法の大きな問題は、消費魔力量があまりに大きすぎることだ。神聖魔法は高純度の魔力が不可欠で、純度の低い魔力では展開すら出来ない。故に魔力練成過程で大量の魔力を消費するこの魔法の性質上、ベストコンディション時のエリカでも二、三発が限界だろう。

 ここまで魔法戦を続け、満身創痍のエリカには一発すらも撃てるかどうか。一抹の不安を感じるが、こと魔法でエリカが見誤ることはないと信じる。

 左右の両手に展開された魔法陣。弓を持つ左手には円陣、矢を番う右手には十字型の文様。その二つが重なる先に、驚愕と狼狽の表情に固まるアネットの顔があった。

 そして、光は放たれた。

 エリカの手を離れ、石畳を捲りあげながら疾走る一筋の光はさながら流星の如し。

 一方、アネットは杖を前面に翳して魔法を展開。高密度の魔力で構築されたそれは、対物理型魔法障壁か。

 一目でわかる程の高い防御を誇るそれを、幾重にも重ねた多重防壁。本来であればいかなる攻撃も通さぬ鉄壁の守りとなっただろう。

 神聖魔法に物理型障壁魔法は、悪い判断じゃない。多少の減衰が期待できる。

 ま、あくまで多少って話だが。

 神聖魔法をまともに防ぐには、それこそ神界系の障壁魔法でないと話にならない。人間の展開できるレベルの障壁魔法では、気休めにもならないだろう。

 事実、光の矢は多重障壁を全て食い破ってなお、些かも勢いを落とすことなく突き進んでいく。

 時には魔神級の魔属すら仕留める『セイクリッド・ペネレイト』を、アネットに阻める術はない。

 逃げようにも背後は氷の壁。左右には建物。しかも、自身の魔法で燃やしてしまったから中に逃げ込む事もできない。もはや回避することも不可能だ。

 光の矢はすでに目の前。

「ぉおおあぁぁぁぁぁ!」

 両手を突き出し、怒号とも悲鳴ともつかない声を上げるアネット。

 そして、周囲一帯が音もなくまばゆい光に包まれる。

 直後、衝撃の波が通り中を駆け抜ける。建物が激しく振動し、突風が通り並木が大きく傾く。

 世界が光に包まれ、それすらも視認できなくなる。五感の全てが消えてなくなったような感覚。

 だがそれもほんの数瞬の出来事。

 光は瞬く間に収束し、世界は色彩を取り戻す。

 そこにあったのは、台風一過の後のような荒れ果てた街並みだった。美しかった街並みは見る影もないが、これでも俺が精一杯カバーしているからこの程度で済んだのだ。

 神聖魔法自体を防ぐ術は無くとも、その余波は魔法である程度抑え込むことができる。もし俺が何もしなければ着弾点の付近一帯は跡形も無く消え去っていただろう。

 そして、この惨状の中心に目を向けると、抉れた地面に横たわる人影があった。

 言うまでもなく、それはアネットだ。ローブはぼろぼろに千切れ、白目を向いて横たわる姿は、ひどく無残に見えた。

 もっとも、あの魔法の威力を知る俺から言わせれば、この程度で済んで幸運な方だ。

 それというのも、光の矢は直前に、その軌道を直角に曲げた。アネットは、石畳を破壊する余波でダメージを負ったに過ぎない。

 何せ貴重な情報の持ち主なのだ。そうでなくとも、エリカからすれば魔法で人を殺すわけにはいかなかったのだろう。

「ったく、抜け目のないあるじ様なこった……っと!」

 ぼやきながら振り向き、膝から崩れる直前のエリカを見た俺は慌てて駆け寄る。間一髪で抱きかかえ、石畳に体を打ちつけることは免れる。

「おい。しっかりしろ!」

「ヴァル君……私、勝った?」

「ああ。お前の完勝だ。ポンコツにしちゃよくやった」

 弱々しい声で尋ねてくるエリカに、俺は世辞でも、からかうでもなく、本心からそう言った。

 エリカが脱力すると同時に、俺の体からも魔力が収縮していくのが感じられた。

 エリカの魔力切れにより、最低の1ファーストシフトまで落ちちまった。結局、左腕の再生もほとんどされることなく、右腕だけでエリカを支えながら立ち上がる。

「ほら。さっさとずらがるぞ。早く帰って俺の腕を戻しやがれ」

「待って。あの人から、お師匠の居場所を聞き出さないと……」

 俺を押しのけて立ち上がろうとするが、それもままならず再び俺に抱きとめられる。

 意識は朦朧としていて足元はふらつき、一人では満足に立てもしない体たらくだ。

「そんな余裕ないだろ。残念だが、今は諦めろ」

 遠巻きにではあるが大分野次馬も増えてきている。港湾警察もすぐそこまで迫っていることだろう。一刻も早くこの場から退散しなくてはいろいろ面倒なことになる。

「第一、奴はとてもなにか喋れるような状況じゃ――」

 言いかけ、背後から微量の魔力を感じてとっさに振り返る。

 そして、仰向けのまま、表情が異様に歪んだアネットと目が合った。

 瞬間、ぞくりと悪寒が走る。

 その眼光は虚ろで瞳孔は開いているが、異常な輝きでこちらを直視していた。

(もう意識を戻したのか!?いや、そんな様子じゃないぞ……)

 見れば、奴の近くにはピストンを押し切った状態の注射器が転がっていた。針の先端からは白濁の液体が僅かに滴っていた。

 あれはおそらく"魔法精製薬パルマ

 魔法精製薬パルマは一般的に治療用に広く使われているが、あれはそんな穏やかなものではないだろう。

 明らかに瀕死のアネットの意識を繋ぎ止めたそれは、非合法な劇薬の域に達するものに違いない。

 その奴の異様な形相を、炎の赤が照らし出す。折れた杖の先を翳すようにこちらに向け、火球を生み出していた。その数は一つで、火勢も弱々しい。とはいえ、今の無防備なエリカが喰らえば十分致命傷足り得る。

 そしてそれは放たれた。

 もはや一瞬の逡巡も許されない。俺はとっさにエリカに覆いかぶさる。あの程度の火球なら、今の俺1シフトの身体でも十分防ぐことはできる。

 と、激しく喀血し、かひゅ、かひゅと空気の漏れるような声がアネットの口から漏れる。むせて咳き込んでいるのではない。

 笑っていたのだ。

 自ら吐き出した血の泡にまみれながら、声なき声で狂ったように笑い続けるアネット。その笑いの意味を、すぐに知ることになる。

 一直線に迫る火球は突如、直角に軌道を変えて頭上高く上昇したかと思うと、あっけなく破裂した。

(しまった……!)

 それを見た俺は内心で悪態をつく。

 無数の凝縮された魔力の粒。アレは確か『テルミト』とかいう炎熱系の魔法だ。触れれば瞬間的に高熱を発する魔力をばら撒く。

 無論、あれで魔属の俺を殺すには至らない。

 だが、人間のエリカはそうはいかない。

 降り注ぐ魔力の雨粒の一つでも触れれば致命傷になり得るし、よしんば触れなくても、あの数の全てが降り注げば、周囲は超高温の炎に包まれる。

 そして覆いかぶさった今の姿勢からでは、もはや回避は不可能。

 アネットへの怒りよりも先に、俺は自分の迂闊さを心底呪った。

 俺はエリカを連れて全力で離脱すべきだった。

 魔法も使えない1ファーストシフトの今の俺には防ぐ手段はない。できることといえば、エリカを抱き寄せ、少しでも露出面積を減らすことくらいだ。

 ――誰でもいい。

 誰か、こいつを守ってくれ。

 こいつは、罪を背負っちまってるかもしれない。

 でも、こんなとこで死んでいい人間じゃない。

 だから……

 そんな愚にもつかない事で思考が一瞬停滞していたため、後方より接近する高魔力反応に気付くのが遅れた。

 それは伏せている俺の頭上を覆うように広がった魔力の帯。それがまだ空中にあった『テルミト』の魔力の粒を受け止め、その尽くを包み込む。

 そして発火すると同時に収縮し、全ての反応を圧殺した。

 あとに残るは空気の焦げる匂いと僅かな魔力の残滓。あまりに緻密で高精度の魔法に俺は半ば呆然と見とれていた。

 そしてそれはアネットも同じのようだ。必殺の一撃を眼の前で潰されたから、その絶望たるや想像に難くない。

 いったい何が起きたのか。俺は魔力残滓を辿って首を巡らす。

 その俺の視界を漆黒の線が横切っていった。

 それの正体は『スピト』、だと思う。

 断定できなかったのは、エリカが行使するそれとは全く異質だったからだ。

 親指の先よりも小さいサイズだが、そこには通常の数倍以上の魔力が圧縮されていた。高密魔力は発光することもなく、そのエネルギーは前進にのみ注がれていた。

 黒点は魔力残滓の墨を宙に引きながら突き進み、その先にあったアネットの額を射抜いた。

 あれ程の速度を有しながら音一つなく額に点を穿ち、脳だけを破壊して後頭部から抜けるとそのまま静かに消失した。

 アネットはびくっと一回身を震わせると、あっけなく息絶える。勝利を目前にして得られなかった絶望と驚愕の表情のまま事切れ、目から狂気の光が消えていく。

 ――死の直前、奴の口の動きが「何故」と言っているように見えたが、それが何に対してかは定かではない。

 唖然としてその光景を眺めていた俺は、今度こそ振り向く。

 魔力を辿った先には指先を突き出した体勢の老人が一人、悠然と佇んでいた。

 その老人の顔は、見覚えがあるどころか、強烈な印象とともに脳裏に刻み込まれていた。

 そいつは、あの屋敷の前で出会った老人だった。

 そして、どうやらその老人を知っているのは俺だけではなかったようだ。

「うそ……」

 懐に目を向けると、先程までは虚ろだった眼差しが嘘のように目を見開いたエリカ。意識は完全に覚醒したのか、口を押さえ、驚嘆の表情で老人を見つめていた。

 知り合いにしてはこの反応はいささか過剰に思える。さらに、いよいよ涙まで流し始めたのだから、その疑問はさらに深まる。

 だが、それはエリカの放った一言ですぐに解決する。それはさすがの俺すらも、驚愕を禁じえなかった。

 エリカは震える唇で弱々しく、息を漏らすかようにつぶやいた。

「お師匠……」

 そう。そいつはエリカが指名手配から今日まで捜し求めた人物であた。

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