夜を食べたサキ
魔法少女空間
第1話 夜を食べたサキ
「ねえ、わたしの夢の話を聞いてよ!」ってサキは机を叩いた。それでわたしはきっと、友達みんなに同じことを言って回って、ずいぶんたらい回しな目に遭ってきたんだろうなって思った。だってサキはいつも不思議ちゃんでみんなを困らせているのだから。わたしよりも仲の良い友達は絶対いるはずだろうに、「なんかめんどくさそう」でぐるり、ぐるりとあっちこっちへ。馬鹿なサキは笑顔で「また後でね」って言われれば「うん、それじゃあまた」って疑うことすらしない。それを想像するだけでちょっと不憫なような気もしてきた。幸い、わたしは本を読んでいて、細かい数字の場面に飽き飽きしてきたところだし、時計をちらりと見るに時間もいい時間だった。本の続きは学校から帰って読むということにしてサキの話を聞いてあげることにした。目の前の椅子を引くといつのまにかサキは座っていて、その白い足は天使のものかと思うほど身軽で細かった。大きな口を開いて、そのぷっくらとした唇で話し出す。外は暗闇に包まれていて、蛍光灯の光だけがわたしたちの影を支えていた。
「えっ。それでおしまい?」
サキの口が閉じられるとわたしは思わず聞いてしまった。サキの話はあまりにも唐突で、あっけなく終わってしまっていたから。サキは夢の中で食事をしていた。たくさんの御馳走が流れてきた。そのうちに食べ物ではないものをテーブルに置かれるようになった。黄ばんだシガレットやら、たくさんのフリルが付いた人形やら。そこに夜があった。夜は一口では飲み込めない大きさだった。切っても切っても小さくはならなかった。口に運ぶと暖かいなにかを飲み込んだような気持ちになったが、意外にもそれを不思議とは思わなかった。
いったいそれで。それからどうなるというのだ。
「おしまいだけど」サキは困ったように首を傾げた。
「おしまいって、これからじゃないの。サキが夜を食べて、それから?」
「わたしが夜を食べたところで夢は終わったの。もうこれからは夜はやってこないし。そのことに誰も気づかない」
「そこでサキは目覚めたのね」
「うん」
「えっと」わたしは視線をずらしながら言葉を紡いだ。「その夢をなんでわたしたちに話そうと思ったの? つまりサキはその夢になにを感じたのかってことだけど」
「別になにも。ただ、そういう夢を見たっていうだけ」
サキは屈託のない笑顔でそう言った。ただ、そういう夢を見ただけ。面白い夢だったから誰かに話してみただけ。本当にサキの言葉に他意はないのか。わたしはまじまじとサキの笑顔を観察する。
あるのは穿つわたしをどう思っているのか、不思議そうな顔をするサキの表情だけ。
……やめよう。サキがそれ以上の意味はないというのならサキにとってもその夢はただそれだけなのだ。ただ、昨日見た夢。
こんなふうに喜々として毎回夢の話をしてくるサキを想像する。まあ、たまったものじゃないだろう。わたしは中くらいの友達だからたまに聞く程度だけど、会うたびにこんな話ばかりではうっとうしい。思い返せば、サキが話すところは教室の隅で見てもいても、サキと誰かが会話しているところはすぐに思い返せない。いつも騒がしいグループにいるし、そんなことはない、と思うのだけど。
「ってあれ、今何時だろ。えっ。すごく遅くなっちゃってる! リンちゃんはいつもこれくらいに帰ってるの?」
「まあ。大抵残って本読んでるから」
わたしは答える。おまえの話を聞いていたせいだよ。とは言わない。
「じゃあそろそろ帰ろうか」とサキが言ったので一緒に帰ることになった。わたしは机の中の教科書まとめて、バッグに詰める。サキの方はまだ時間がかかりそうなので先に昇降口で待つことにして、わたしは教室を出た。外は寒く、マフラーをひしと巻いておかないと制服の隙間から冷気が入ってきてしまいそうになる。早くしないと風邪を引きそうだ。
「リンちゃんと帰るのは初めてじゃない?」と嬉しそうにサキが言った。「あんまり話したことなかったかもね」とわたしが言うとサキは立ち止った。何事かと思って見ていると、改まった口調で「では、リンさん。これからよろしくお願いします」とお辞儀をひとつ。
バッグがちゃんと閉めていないのが仇となった。勢いよく頭を下げたバッグから教科書類が飛び出してきて、わたしは慌てて拾おうとする。そこには『夜を食べたシオリ』という題が付いた絵本が街灯に照らされているのが読めた。
サキは照れくさそうに笑っている。
夜を食べたサキ 魔法少女空間 @onakasyuumai
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