第30話 判決言い渡し(弱めのグロ注意)
――5か月後
東京地方裁判所
席に着いた裁判長が燦志郎とアグニしかいない法廷に向かって判決言い渡しを行う
「では、判決を言い渡します。主文 被告は原告に対し、金六百万円を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする」
そういって一呼吸置くと次の裁判の判決言い渡しをし始めた。
通常の民事裁判では基本的に判決書の主文しか読み上げられないため、誰も行かないのだ。しかし燦志郎は絶対に聞きに行くといって、仕事も休んで裁判所までやってきたのだ。
もしここで裁判長が「主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」と言っていた場合、それは敗訴を意味したが、今回は完全な勝訴だった。
溢れそうな喜びをなんとか抑えつけ、燦志郎はニコニコでアグニの方を見る。
*****
裁判の結果、アグニを閉じ込めた3人はそれぞれ200万円ずつの賠償金が命じられた。これはアグニの状態を考えるとかなりいい結果だった。普通、怪我も後遺症も何もなかった場合、どんなに良くても50万程度だろうが、今回は600万だ。つまり信じられないほどにい結果だった。
しかし裏を返せばこれはアグニを置いて行った者にとっては信じられないほどに悪い結果だった。特に今尾の家は最悪だった。SSCの人事部長の息子が陸自の英雄の息子を殺しかけたのだ。いくら言い訳をしようと何の意味もない。
3か月近く家の中をかき回され、今尾の部屋からは捜査に必要だとして大半のモノが持ち出されていた。当然SSCで人事部長をしていた今尾の父は会社をクビになり、そこに追い打ちをかけるかのように賠償金の支払い命令まで出ている。
もっと言えばまだ刑事裁判は判決が出ていないが、今より良くなることは絶対にないだろう。
今尾の父親は家のリビングで息子に向かって声を荒げていた。
「お前! なんで黙っていたんだ! この! ふざけるな! なんてことをしたんだお前は!」
「…………クソ」
「なんだと! ふざけてるのか!」
「…………してやる」
「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」
「殺してやる」
「な、お、親に向かってなんてことを言うんだ!! 出ていけ! 今すぐ出ていけ! 頭が冷えるまで帰ってくるな!!」
今尾の父親は裏返った声でそう言うと、疲れたように椅子にどっかりと腰を下ろした。今尾は黙って立ち上がると、玄関の方に歩き出した。
ドアの閉まる「ガチャン」という音が聞こえ、外から冷たい風が吹き込んでくる。
今尾の父は頭を抱えるしかなかった。
今尾の家が特にひどかったが、佐田の家や大井の家も同じようなものだった。
親は仕事を失い、本人は大学を退学になった。
佐田も大井も日常とはこんなにも簡単に失われてしまうものだったのかと、失ってから気が付いた。そして同時に自分は熾に同じようなことをしたのだということにも気が付いた。
しかし今尾だけは違った。不必要なもの、使えないものはすぐに捨てる。ごみを取っておく意味はない。小さな頃からそういう育てられ方をした今尾は、ダンジョンでアグニを置いて行ったことを悪いことだと思っていなかった。使えない奴を置いてきて何がいけないのか、全く理解できなかった。
家をでた今尾は、しかし行く当てがあるわけでもないので近所の公園に向かって歩いていた。公園には小さな子供とその親がいて、子供は公園を走り回っていた。
前を見ていない子供が今尾にぶつかってくる。母親が近づいてきて謝ってきた。
「すいません!」
「チッ! 死ねよクソガキ」
「…………え?」
今尾はそのまま子供に唾を吐いて公園を出ていく。
公園の方からは鳴き声が聞こえてきて、今尾は一層苛立った。
親が追ってくる様子はなかった。
その後はとりあえず電車に乗った。人がたくさん降りたところで今尾も降りた。
別にどこかに行こうとは思っていなかったが兎に角どこかにいきたかった。
降りた駅は繁華街で、多くの人が行きかっていた。周りの人は両手をポケットに突っ込みゆっくりと歩く今尾を心底邪魔そうに避けていく。
自らに注がれる視線に気が付いた今尾は更により一層苛立ちを募らせ、人の少ないほうに向かって歩き出した。
少し歩くと裏路地のようなところにでた。人はあまりおらず、排気管や室外機が壁一面に設置されている。
道幅は狭く、すれ違うのが精いっぱいだった。
そんな道の向こうから人が来た。向こうはよける気配は全くない。当然今尾にもよけるつもりなど微塵もない。
今尾は正面から男にぶつかった。相手を倒すつもりで当たった。
しかし、倒れたのは今尾のほうだった。
そして次の瞬間、今尾の耳には耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「ギャッハッハッハ! カスじゃねえかお前! 雑魚のくせに粋がってんじゃねえよ!」
「うるせえゴミ野郎」
「ギャッハッハ!」
男の笑い声は今尾の心底嫌いな下品な笑い方だった。
「おいゴミ野郎、余りにもあんたの身なりがきたねえから人だと気が付かなかったんだ」
「お前の目ん玉どうなってんだよ。俺がくりぬいて確認してやるよ!」
男はそう言うと突然殴りかかってきた。
特に何の格闘技をやっているわけでもなかった今尾に防御が出来るはずもなく、男のパンチはクリーンヒットした。
目の前を白い光が覆い、左の頬に激痛がはしった。
今尾はそのままボコボコにされ続けた。抵抗はすぐに諦めた。
抵抗しても無駄だし、別にここで死んだって困らねえし…………
だけどもし来世があるなら、次の人生はもっといい人生がいい
今尾がそんな風に思っていると、消えかけていた意識が左目の激痛によって呼び戻された。
「ミチミチ」という何かの千切れるような音と、「ガァァァアアア!!」という誰かの叫び声が聞こえる。
すぐに自分の口から声が出ていたのだと気が付いた。必死に暴れて抵抗したが、既にどうにもならなかった。
男は何度も口を殴ってきて、何かの折れるような「ゴキッ」という感触が頭蓋骨に響いた。口の中に細かい破片が散らばった。
顔中を激痛がはしりまわって、もう何もわからなかった。
そして今尾は気を失った。
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