第14話 公園で縮地

 その大きな影はドンドン近づいてきて、目の前にやってくると力一杯抱きしめられた。


「ぐ、ぐるじいよ」


「ッハッハッハ! そうかそうか! アァッハッハッハ!!!」


 父さんは大笑いしながらアグニを離すと、満面の笑みでこちらを見下ろしていた。


「よかった! 本当によかった! いやぁほんとによかった!」


 そこからは父さんが警察の人にお礼を言って、サインを書いてから家に帰った。家に帰って扉を開けると母さんが飛びついてきて、階段をドカドカ降りてきた姉ちゃんも母さんの上から飛びついてきた。

 久しぶりに会う家族は全く変わっていなくて、だけどそれが嬉しくて、またもや目頭が熱くなってしまった。なんだか涙もろくなってしまったような気がする。


 その後はダンジョンで何があったのか、閉じ込められていた間どうやって過ごしたのかということについて話した。

 みんな黙って俺の話を聞いてたけど、佐田や今尾、大井の話をしたときは顔を顰めて聞いていた。

 それから天使が出てきたことや地下空間のことも話したけど、父さんは【縮地】や【撃】のことは中々信じてくれなかった。

 その結果、兎に角見せてみろという事になったので家の近くの公園に行くことになった。



*****



「じゃあ一回本気で縮地するからみててね。まじで早いからまばたきしないでね」


「う~ん」


 アグニはそう言って父の座っているところから見て公園の左端に行くと、何千回と練習した縮地の構えをとる。膝を曲げ重心を落とし、流れるような動作で万力の力を込めて地面を蹴り出す。


 「ボッ!」という空気の揺れる音がした次の瞬間、アグニの体が一瞬で消えた。燦志郎が周囲に目を走らせるとアグニは公園の右端にいた。


「な!? なに!? 何したんだ!?」


「だから縮地だってば、これが俺の全開の縮地」


「縮地って、こりゃぁ俺の知ってる縮地じゃないぞ」


「え、縮地知ってるの?」


「ああ、俺も使える……と思ってた」


「え! 見せてよ!」


「いや、いいんだけども、アグニの縮地と比べるとこれは縮地と呼んでもいいのだろうかって気分になってきたなぁ。まあ一応見せてやろう」


 燦志郎はそう言って立ち上がり、アグニの立っていた辺りに歩いて行った。アグニの立っていたあたりに行き地面を見た燦志郎は驚愕した。地面が足の形に沈み込み、ヒビが入っているのだ。


(ヒビ!? 生身での踏み込みで地面にヒビだと!? どんな力で踏み込んだんだ!?)


 困惑しつつもとりあえず縮地の構えをとり、強く地面を蹴り出す。常人には考えられないような速さで飛びだしたが、それでもまだアグニの目でギリギリ追える程度の速さだった。


「お、おぉ~」


 アグニの想像よりある程度しょぼかったせいでアグニは微妙な反応だったが、常識的な範囲で見れば燦志郎の縮地は十分に化物級と呼んでもいいレベルの縮地だった。

 歩いてベンチに戻ってきた燦志郎はアグニに向かって訊いた。


「アグニ、その縮地はダンジョンの中で習得したんだよな?」


「うん」


「『sekiban』ってやつ出てきたか?」


「あ! 出てきたよ!! 父さんも知ってるの!」


「ああ……知ってる。ただ、あれが出してくるメニューはとても人間がやるような強度じゃない。少なくともゴリラやチンパンジーのような高出力の筋力が無けりゃあ耐えられない。もし普通の人間がやったとしても何も身につかないだろう。父さんが半年間ひたすら訓練してやっとここまで縮地が出来るようになったからな」


「……まあ確かにめちゃめちゃキツかった」


「キツい!? アレはキツいなんて言葉で済むようなレベルじゃ無いぞ!?」


「あ、いや正確に言うなら何回もアキレス筋が切れたし飛び出すときの反動で肩も外れたし骨折もして、なんなら何回も太ももとか脹ら脛から血が吹き出たけど、アンブロシア食べたら全部治ったから……なくしちゃったけど」


「それか! もう一回アンブロシアのことを教えてくれ」


 そしてアグニはどうやってアンブロシアを手に入れたのか、どんな味だったのか、どんな色、形、匂いだったのか、覚えていることを細かく答えた。


「まあそんな感じかな。それでダンジョンから出てくるときに何故か川に出ちゃって、必死に泳いで陸にあがったら、もうアンブロシアの袋が無かったんだよね」


「なるほどな、う~ん。なるほどなぁ~、父さんもアンブロシア欲しいなぁ~」


「え、一回もアンブロシアもらったこと無いの?」


「いやだって考えてみろよ、何でももらえるって時に食べ物くださいなんて言わないぞ普通は」


「アハハハッ! 確かにそれはそうだわ」


「だろ? それにな~、最近は探索あんまり行ってないんだよな」


「え、じゃあ父さんデスクワークしてるの? アハハハッ、おもしろ」


「全然面白くないわ、毎日おんなじような書類を確認してはんこ押してサインしてって結構つまらないぞ」


「まぁ面白そうでは無いね」


「う~ん、じゃあとりあえずアグニの縮地も見れたし帰るか」


「【撃】は?」


「あ、完全に忘れてたな。じゃあそれも確認してから帰ろうか」


 燦志郎はもうアグニがどれだけおかしな事をしても驚かないと思っていたが、それは完全な間違いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る