第12話 脱出!
アグニの体には信じられないようなGがかかっていた。もし鍛える前のアグニがこれに乗っていれば、あまりのGで体がぺっちゃんこになっていたことだろう。
しかしすぐにそのGは消え去り、アグニの体は天井にたたき付けられた。
「ガハッ」
打ち付けられた衝撃で肺の空気が粗方出てしまった。しかしアグニが息を吸い込もうとすると、何故か大量の水が流れ込んできた!
「ガボ、ゴボゴボ、ゴポゴポ!」
目を開けると何故かぼやけてはっきり見えない。そこでアグニは自身の状況をはっきりと理解した。
(天井じゃ無い! 水の中だ! 何でだ! てか苦し! 死ぬ! 空気! 空気空気空気!!!)
必死に水をかいて上に向かっていく。あと少し、あと少し、あと少しだ!!
「っぶはぁー!! はぁーはぁー」
水面から顔を出したアグニは足をバタつかせながら必死に息を吸う。ここまで切実に空気を欲したことは無かったが、アグニは今回の件で酸素は重要なんだということを痛いほど理解した。
幸いにも川幅は50メートルほどしかなく、アグニのゴミくずのような泳力でも1分ほどでなんとか岸にたどり着いた。
岸にたどり着いたアグニは川を上がるとすぐ近くの河川敷で倒れ込み、しばらく耳や鼻に入った水を吐き出し続けた。
もしかしたら鼻水が一生出続けるのではないかとアグニが心配になってきた頃、ようやく鼻水は止まり、耳の「ボワ~」とした感覚も収まった。
なんとか落ち着いたアグニは周囲の様子を見渡したが、アグニの家の近くではなさそうだ。家の近くには土手のある川なんてない。しばらく周りを見回していると、辺りで蝉の声が聞えていた事に気がつく。
どうやらアグニがダンジョンに閉じ込められていた間に、季節は肌寒い初春から初夏にまで移り変わっていたようだ。道理でびしょ濡れなのに寒くないわけだ。
完全にプチ浦島状態のアグニは、今日が何日なのか確認してみることにした。
「どっかに時計とかないかな~」
そんな風にアグニが土手沿いを歩いていると、あることに気がつく。
「そういえばスマホあるやん」
しかも都合のいいことにアグニのスマホはアンドロイドの防水機能付きスマホだった。やっぱりアンドロイドしか勝たん!
アグニがそんなことをほざきながらスマホの電源ボタンを押す。
カチッ
押せていなかったのだろうか? もう一度押してみる。
カチッ…………カチッ……カチッカチッ……カチカチカチカチ
「……期待させやがってこんのオンボロイドがぁぁぁぁ!!!」
アグニはそう言ってスマホを力任せに川に向かって投げ捨てた。
ドッパァン!
アグニの想定ではスマホは川に沈んで終わりのはずだった。しかしスマホはあり得ないスピードで川に飛んでいき、着水した瞬間、信じられない高さの水柱が上がった。
水柱を眺めるアグニにバシャバシャと川の水が滴ってくる。だけならまだよかった。川にいたよく分からない魚や、誰が捨てたのか知らないが金髪のお姉さんの裸が表紙になっている本まで降ってきた。
見上げると空には綺麗な虹が架かっていた。
結局アグニは服が乾くのを待って近くの交番を探すことにした。
交番は思いのほかすぐに見つかり、誤解の生まれないように今の状況を軽く脚色して伝えると、交番のお兄さん達はかなり親切に色々と教えてくれた。さらには交通費や飲み物など色々と渡してくれようとしたが、飲み物だけもらって歩いて帰ることにした。
家まではなかなかの距離があったが、自分の洋服が思っていた以上にボロボロすぎて、さすがのアグニでもこれで電車には乗れないという判断になったからだ。
アグニはしばらく雑談した後、交番のお兄さん達に感謝を伝えて家へと歩き出した。
地図も何も持たないで来てしまったが、迷えばまた交番に行けばいい。飲み物はあるし食料はアンブロシアがある。
「アンブロシア!」
川に出た瞬間から呼吸に必死でアンブロシアの巾着をどこにやったか記憶に無い。
本来なら今すぐ全裸になって持ち物を確認したかったが、ここでソレをすれば通報されてしまう。それは嫌なのでアグニは体中を必死にまさぐった。
まあこれも傍から見れば十分すぎるほど気持ち悪かった。
「……ハァまずい……まっずいぞ……あぁないなぁ……うん無いぞぅ!……ああああああ! 無くしたぁぁぁぁぁあああ!!!!」
アグニは無意識に『縮地』を使って今来た道を全力で走り抜けていた。ダンジョンの地下での練習中には5連が限界だったのにもかかわらず、今は無限に連続できていた。無駄な動きはそぎ落とされ、加速に必要な最低限の動きを流れるようにくりだすその縮地は、まさに見事というほかないほどの物だった。人は焦るとろくな事をしないというけど、焦るといいこともたまぁ~にはあるのかもしれないね。
アグニの目は19年と少しの人生の中で最大にかっぴらかれていた。そして何故かこの日は警察署への通報が多かったそうだ。そのうちの大半は、土手に変質者がいるという通報だった。
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