第10話 緊急事態
アグニは硬くなった自分の拳頭の皮膚を見て満足げに笑って居た。これならもしかするとプロのライセンスも取れるかもしれない、もしかするとそのまま活躍できるかもしれない。もしかすると大金持ちになれるかもしれない。アグニは硬くなった皮膚を見ながらそんな事を想像していた。
[だけどなぁ~、そのためにはまずこのダンジョンから外に出ないとだよなぁ~」
運動場に寝転んでいたアグニは天井を眺めながら誰にともなくそう呟いた。
「それになぁ~、白と黒がいるしなぁ~」
その通りだ。まずはあの怪物をどうにかしないと見つかればすぐにあの世逝きだ。
「……けど俺強くなったしな、ひょっとするといけなくは無いのかなぁ?」
アグニは自らの拳を、次にひび割れた運動場の地面を見てそう呟いた。
「いやだけどまだ怖いしなぁ……どうにか戦わないで出て行く方法無いかなぁ~?」
特にお腹も減っていなければ、どこかを怪我しているわけでも無いのにアンブロシアを囓りながら天井を眺める。
「…………あ! 縮地が連続で使えたら逃げ切れそうだよな」
いくら走るのが速くても縮地より早く走ることが出来る生物はいないだろう。しかし縮地の限界射程は今のところ約9m、しかも構えから発動まで大体1秒はかかる。その程度の距離では離してもすぐに追いつかれてしまうだろうし、構えている間に捕まってしまう。では連続で使えばどうだろうか、逃げ切ることが出来るのでは無いか? アグニはそんな風に思って細かく縮地を繰り返す練習を始めた。
――1週間後
アグニは「トォントォン」と真上に軽くジャンプすると、体が浮いたところでフッと息を吐き、足が地面についた次の瞬間、全力で地面を蹴り出した。すごい速さで体が進んでいる。しかしこの間にボヤボヤしている暇はない。次の縮地のための構えを完成させなければ。
そして勢いが止まる寸前、縮地の構えが完成し、再び地面を強く蹴り出す。
再加速された体は勢いを取り戻し、前へ前へとグングン進んでいく。そして再び縮地を繰り出そうと構えをとるが、今度は間に合わなかった。しかしアグニは拳を突き上げ喜びをあらわにした。
「よっしぁあ! 成功! かなり進歩したな」
アグニの言うとおり、最初は構えをとる前に体が止まってしまっていたが、今では2回か調子がよければ3回程度は連続で縮地が繰り出せるようになっていた。
体が止まってから繰り出すのでもいいんじゃないかと最初は思っていたのだが、止まってから再加速するよりも、流れの中で加速した方が疲れないということが、何度も繰り返し練習する内に分かったのだ。更に言えばタイムロスが圧倒的に少ない。
「もうなんか脱出できそうな気もするよな。…………う~ん、けどもっと色々出来るようになりたいしなぁ。どうしようかな……」
アグニはとりあえず次の技能を確認しに石盤の部屋へと歩いて行った。
アグニがディスプレイの正面に立つと画面に円が表示され、何度も聞いて聞き慣れた女性の声が聞えてきた。
「オキアグニ、認証。次の技能を習得しますか?」
「はい」
「それでは次は防御のための型を習得しましょう」
『sekiban』がそう言うと画面には見慣れたCG人形が表示された。なんだか見たことのあるような無いような、そんな不思議な動きをしていた。
今回は真似するだけだから簡単そうだな。
初めてソレを見たアグニの感想はそれだった。
しかし実際やり始めると全くもって簡単では無かった。まず動きが覚えられない。そして今自分がどこを守っているのかが理解できない。更に言えば「出来た!」という感覚が薄いためにやる気が長く続かない。
今まではひたすらがむしゃらに続けて『sekiban』に注意されたところを直せばそれでよかったし、出来るようになった。しかし今回はどこを直せと言われてもよく分からないし、自分が出来ているのか、成長しているのか分からない。
「あぁー!もう! 訳分かんねえよ! てか防御とか出来なくても縮地して撃で勝てるじゃん。やる意味ねえじゃん」
あまりの出来なさに苛ついたアグニがそう言って寝転ぶと、突然地下空間中から警報のような音が聞えてきた。天井では赤い光が点滅しだし、それに続いて聞いたことのない声が話し出した。
「Επείγοντα περιστατικά Εισβολέας. Ενεργοποίηση του αμυντικού συστήματος. Όλοι οι μαθητές πρέπει να απομακρυνθούν αμέσως.」
「なんだなんだ! ヤバいのか? なんて言ってるんだよ!」
全く理解できなかったが、確実に何かまずいことが起こっているのだけは理解できた。アグニはどうするのが正解なのか分からなかったので、兎に角走り回ってみることにした。
運動場からつながっている通路を石盤の部屋とは反対の方に走っていくと、地面には緑に光るラインが現れていた。
アグニの辿っていたラインは途中で太い緑のラインに合流していた。そのままラインに従って走って行くと、目の前に広い空間が広がり、そこには何やら10本ほどの煙突のような物が並んでいた。煙突には高さ2mほどの入り口があり、緑のラインは枝分かれしてそれぞれの煙突に伸びていた。
アグニはそのまま一本の円筒の前にたどり着き扉を開けたが、中には何も無かった。しかし足下には煙突の中の何も無い空間を指す緑の矢印が点滅していた。
「入れ、ってことか?」
戸惑いなからもアグニがその中に入ると、扉が「ガシャン」と音を立てて閉まった。そして次の瞬間、床がもの凄い速度で持ち上がり始めた。
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