英霊記〜転生したら美少女の霊が憑いてきた

新田光

転生したら女の子に取り憑かれました

「うーん、なんとかなったのか?」


 ぼやけている視界で周りを見渡すのは波賀とおる。その辺にいるごく普通の高校二年生。性格はめんどくさがりで、基本的には学校と家の往復しかしない。それ故に、休日は一日家でゴロゴロ状態だ。


 そんな彼が気分転換に今日、外出したのだが、車にひかれそうになっている男の子を発見し、助けるという勇敢な行動をおこなった。その一連の行動の後が今というわけだ。


「なってないですよー」


「な、なんだ!」


 突如耳に入ってきた声に戸惑い、おぼつかない視界でなんとか周囲を見渡すが誰もいない。それに全身が逆立つような寒気を感じる。


 そんなやりとりをやっていると、ようやく視界が戻ってきて、ゼロ距離で女の子の顔を捉える。


「うわー!」


 口と口が合わさる距離で女の子と対面し、赤面しながら慌てふためく。だが……女の子に触れることはできず、すり抜けた。


「大丈夫ですよー、私もそこを計算してやってるのでー」


「一体何なんだよ」


 すり抜ける少女という奇妙な光景に紡ぐ言葉が早口になっていく。それに少女は笑いながら口に手を当て、


「君は死にましたー。で、この世界に転生したの。その時のギフト、つまり、チート能力ってのが私ですー」


 突然、意味不明なことを説明する少女。


 自分が死んだと伝えてくるが、意識をしっかり持ち、体も通常通りに動く。だから、その説明は信用できないはずだが、見慣れない森の景色が目の前に広がっているのが、証拠とも言えるのが彼女の説明を裏付けるものになっている。


 なぜなら、透は先ほどまで活気溢れる街にいて、男の子を助けたのも森などではない。つまり……


「これって……異世界転生ってやつですかー」


 ここまできて、ようやく自分の置かれた状況を理解し、彼の新生活は始まった。


 異世界。年頃の子なら一度は憧れる夢の舞台だ。自分が主人公となり、その世界は回る。そして、透も異世界生活に興味を持っていた。ラノベを読むなら異世界物、それが透の中の常識となっていて、彼にとってロマンとはその中にしかなかった。そして……


「異世界行ったら本気出すって決めてたんだよなー」


 顎に手を当てて頷きながら、本音を述べる。


 現実は勉強に部活に勉強!と、苦手なことでルーティーンが構築されていた。これが、家でゴロゴロ、友達と遊ぶのルーティンで回っていたらどれだけ幸せかと何回思ったことか。


 しかし、異世界では彼は苦手なものからは解放される。なぜなら、そんなものこの世界に存在しないからだ!


「ワッハハハー」


「そんな楽しそうにしてますけどー、〇〇だったら本気出すって言ってる人ほど、能力低いんですよねー。それってどの世界でも共通するもんですよ」


「何だよ!俺はこの世界では強いんだよ!異世界行ったらチートってのはお約束だからな!」


「いや、それって私の前では適応されませんよー。だって、そのチートって私自身ですからー」


 とんでもない事を言われて、今まで余裕ブッこいていた透は涙目になってきた。


「お願いします!何でもしますからー、消えないでー」


「大丈夫ですよー、私には適応されないって言ったじゃないですかー」


「どういうこと?」


 私にはという言葉が引っかかった透は質問をしていた。それに少女は丁寧に説明をしてくれた。


「私って霊体なんですよー、で、アナタ以外には見えないんですー。だから、私が力を使っても他の人にはアナタがやったって見えますからー」


 説明の内容はわかったのだが、霊体という言葉に恐怖を感じてしまう透。だって、透のそばにいるということは……


「俺って取り憑かれたってこと?」


「はいー、私、アナタに取り憑きましたー」


 衝撃的な言葉をかけられ、透は泡を吹きながらその場に気絶した。


 目を覚ますと、女の子の膝の上……などではなく、霊体のすり抜け膝枕もどきの地面に寝転がっていた。


 正直、幸せという言葉とは遠い、湿った草のベッドで最悪の目覚めだ。


 今にでも美少女の膝枕で癒してもらいたいが、一番近い美少女は霊体という恵まれない状態だった。


 想像と違った異世界生活の始まりで、心が折れそうになるが、気をしっかりと持ってこれからの事に立ち向かっていこうと決心する。


「いい目ですー、これから頑張ってくださいね、って言っても、頑張るのは私ですけどねー」


「お前、その間延びした口調どうにかならないのか。それのせいで、強そうに見えないんだけど」


 目の前の少女は歴戦を戦い抜いてきた女戦士の風貌は一切感じさせない。なので、自分のギフトとしては少し不安が残る。だが、銀髪のストレートロングに女性としては申し分ないスタイルは、美少女と称しても納得がいくだろう。透的には巨乳の方が好きだったのだが、この際自分だけの美少女であればどうでもいい。


 遥か遠くに見える栄えた街に向かうため、美少女と雑談しながら森を抜けようと歩いていく。


「で、お前も名前あるんだよな。自己紹介してなくね?」


 これから生涯を終えるまで一緒にいるパートナーなので、いつまでもお前呼ばわりは胸を痛める。透は先に自己紹介をして、少女の名前を聞いた。


「私はレイ・ハワード。二百年前に戦死した国王軍の軍隊長ですー」


 現実世界で言ったら現代文明の片鱗すら見えない時代の人間だ。そんな人間が霊体となって自分に取り憑いているとなると、どれだけの未練を残しているのかが気になりつつ、この少女を信用していいものかも疑わしくなってくる。


 それを表情から読み取ったレイは満面の笑顔で、透を怖がらせないように、


「未練なんてないですよー。ただ、こっちの世界が好きだからとどまってるだけです。まぁ、待ち人ってのもいますけど……」


「待ち人?」


「えぇ、ちょっとね」


 今まで間延びした口調でおちゃらけていたが、待ち人について尋ねられると声のトーンを落として冷静な声になる。


 待ち人というのが少し気になったが、今は気にしていても仕方がないので、その話はとりあえず後にすることにする。


 そうして、楽しく雑談しながら歩いていると……


「おい!この場所は俺様のナワバリだ。ここを通りたいなら、五十リート払っていきやがれ!」


 突然、左眼に数字の一のような切り傷が入っている青年に話しかけられ、行く手を阻まれた。


「五十リート?っていくらだ?」


 青年の言葉は無視して、レイに聞かれた内容を質問する。


 こっちの世界の通貨のことだろうが、単価がわからないので、レイに聞いてみることにする。しかし、


「なにそっぽ向いてしゃべってんだ!」


 男にとってはそう見えているので、当然の反応をする。それをまたしても無視して、レイとの会話が進行されていく。


「通行料にしては法外ですね。だって、普通に働いて月に稼げるのは十リートが限界ですから」


「おい!ふざけんなよ!そんなもん……」


 払えるかよと感情的になってしまいそうだったが、自分が異世界転生者であることを思い出し、感情を抑える。


「払うのを拒否したらどうなるんだ?」


 レイがいれば安心と思い、冷静に相手を煽ってみる。一度やってみたかったので、爽快感が凄い。しかも強者の余裕というやつだ。


「痛い目に合わせ、根こそぎ奪い取ってやるよ。珍しい服持ってるみたいだしな!」


 相手も自分の実力に自信があるらしく、何の躊躇いもなく透に迫ってくる。


(本当に大丈夫なんだよね!大丈夫なんだよね!)


 異世界での初戦闘。ラノベのように上手くいくか心配で、心臓の鼓動が早まっていく。


 相手が接近してきて、口の中で謎の詠唱を始める。何と言っているのか聞き取れなかったが、その行為が魔法を発動するものだと、無駄に溜め込んだアニメ知識のおかげで理解できた透は、急いで回避行動を取ろうとするが、動きが素人すぎて間に合わない。


 このままでは絶対に死んでしまうと思い、恐怖で走馬灯のようなものを見る。


(死ぬ直前ってこんな感じなんだ)


 転生される前もこんな感じだったような気がする。今までの人生を一気に体感し、これから無に還るという最大の恐怖。全てが暗黒に包まれ、前後左右どこを見ても光のない世界に引きずり込まれるような感覚が脳に刻まれる。


 そんな時……その感覚が一気に霧散して脳が圧倒的な恐怖から解放された。その原因は……レイが自分の体に触れ(すり抜ける)青年の青白い光が消えていったからだ。


「テメェ!何し……ブォホ!」


 その不思議な光景に青年は怒りをあらわにして言葉を紡ぐ。そして……


「俺の最大の魔法だ!くらいやがれ!」


 自分の唇に人差し指を当て、そこに力が注がれていく。その莫大なエネルギーに透はいっそう恐怖するが、


「大丈夫ですよー、あの程度の火力であれば戦場にはゴロゴロいます。私からしたら……雑魚です」


 透の恐怖心など余所に呑気に対応していく。


 先程の力を見れば、その言葉も信用できそうだが、魔法を見たことがない透からすれば、どれが強くて、どれが弱いのかなど想像もできない。だからこそ、心配性になってしまうのだ。


 レイ(透)と青年が向かい合う。だが、その場に広がる空気は、今にでも逃げ出したくなるほど重苦しい。


 人差し指に集めたエネルギーを透に向かって、銃を撃つように解き放つ。そうした途端、周りが赤紫色の光に包まれた。


「これのどこが雑魚なんだー!!」


 莫大なエネルギーをまとった魔法に透は、レイへの怒りを込めて叫ぶ。しかし、次の瞬間、そのエネルギーが透の中に取り込まれるように吸い込まれていった。


 余りの轟音に目を瞑り、レイに全てを委ねるというカッコ悪い行為をとっていたが、何事もなく、彼の心の内の願望を果たしてくれた。


 自分の切り札を破られ、一気に盤面をひっくり返された青年は舌打ちし、劣勢に追い込まれていく。


「ねっ!言ったでしょ〜、だから雑魚だって」


「そういうことじゃねえんだよ!こっちとら心肺停止になるところだっただろうが!」


 またも本人たち以外には見えない会話を始める二人。


 その様子が自分をおちょくっていると思った青年は、怒りに任せて攻撃に移った。


 しかし、歴戦を潜り抜けてきたレイにはその程度は奇襲にもならない。笑顔で透に触れ、そうした途端、青年が吹き飛ぶ。


「テメェ!何してやがる!」


 目に見えない脅威に怒りを隠しきれない青年。そして……


「時間もないですし、そろそろ終わらせますか!」


 自分がやるわけではないのに意気揚々と言葉を紡ぐ。その行為にため息を吐きつつもレイは淡々と作業をこなしていった


 役割分担というやつだ。この状況に至ってはレイが主体で、透は棒立ちをするだけだが。


 透は自分から仕掛けに行ったが、先程起きた衝撃波は使えず、逆に相手に魔法を発動される。しかし、またしてもレイが透の体に触れた瞬間、魔法の光が消えてなくなり、衝撃波を打ち込んだ。それにより、相手の右腕の骨は折れ、


「ぐぁぁぁー」


 青年の絶叫がその場に響き渡る。その声は聞くに耐えなかったが、相手が挑んできた勝負なので、自業自得ではある。


 倒れている青年を無視して、森を抜けようとする二人。青年が苦しそうにしているが、それに構っている暇などはない。できるだけ早くこの世界のことについて知る必要がある。だが……青年が立ち上がり、透の方へと向かってきた。


「しつこいなー、力の差が……」


「弟子にしてくれ!」


「はい?」


 青年が土下座をして頼み込んでくる。


 現実世界ではしたわれるなどなかった透は嬉しさで顔がニヤける。しかし、簡単に要求に飲んでしまっては面白くないと思った透は、


「どうしよっかなー」


 青年に背を見せて悩むフリをする。


「本当は即決なくせに」


 透の行動にレイが小声で呟いた。


「頼むよ!だっておま……アナタは伝説の英霊使いですよね」


「英霊使い?」


 透にとっては全く聞き覚えのない単語を言われ、思わず聞き返していた。


「私たちに認められた数少ない人々のことですよ。王はその力だけを体内に取り込み、魔法という技術を確率したんですよ」


 要は英霊使いは魔法使いの上位互換というやつだ。


「そこに英霊様が……お願いだ!弟子にしてくれ!」


 青年の目を見て、自分の優越感のためだけに意地悪をした事を後悔する。そして、その要求を呑み、透は人生初の弟子というやつを手に入れた。


 弟子のレオを仲間にし、街に着いた一行は宿を取ることにした。


「二名様でよろしいですね」


 レイの存在は宿の人には見えないので、このような問いかけになるが、あながち間違っていないので言われた人数で返事しておく。


 異世界に来てから初めての休息だ。何もしていないのだが、現実にいる時より疲れた気がする。


「で、お前はなんでいるんだよ」


「私はアナタの霊ですからー」


 女の子が同じ部屋だと、いくら霊体だからとはいえ胸の鼓動が早まっていく。それを抑えるために、今日はもう寝ることにし、目を瞑るが眠れない。そんな時……レオが透の前に立ち、部屋の入り口を睨みつけていた。


 何事かと思ったが、よく見ると屈強な男が透達が泊まっている宿に押し寄せて来ていた。


「そこの男だろ?伝説の英霊使いさんは。力から推測するに……無敵の女戦士、レイ・ハワードらしいじゃねぇか」


「レイ・ハワードだと……」


 その名前に驚きを隠せないレオ。だが、この世界に生きているもの達には当然の知識で、現実世界でいう真田幸村くらいの知名度と強さを誇る。


「その力であれば、結界の世界とも通信できるようになる。そして……英霊の力を好きに自分のものにできるようになるだろうよ!だから……大人しく王の実験体になれ」


 結界と呼ばれる二つの世界を結ぶ特殊な空間。その空間を利用し、王は最強の魔法国家を作ろうとしている。


 相手も英霊使いを捕えに来ているので、戦い方は熟知している。だから、レイも無駄な動きはせず、相手の動きを見極める。


 男が魔法で自身の筋力を上げてきた。それを立ち塞がるレオに放ち、レオも魔法で応じようとしたが……


「お前の魔法はこの場所を破壊しちまだろうが!レイ、頼む!」


 周りに迷惑をかけないように対処をレイに任せる。その言葉に応じて、レイが透の体に触れ、透が衝撃波で前に押し出された。それにより、透が攻撃を受ける形になるが、攻撃の衝撃は全て吸収され、それを押し返す。


「やはり……リフレクション」


 自分の魔法をくらい出血した口元を拭いながら、立てていた予測を確信にしていく。


「バレちゃいましたかー」


「えっ!そうなの!」


 自身のパートナーの能力を初めて知り、驚きを隠せない。しかし、


「この力はアナタの体を使いますから、アナタも頑張ってくださいねー」


 呑気に声かけをして、楽しそうに振る舞うが、自分の体を使うと言われた透にそんな余裕はない。


 それは相手も同じだ。だが、この男の言葉からリフレクション対策は打ってきていると思われるので、透としては警戒心が拭えない。


 そして、その予測は当てはまり、男は単純な接近戦をしてきた。


「そうきましたかー。確かに、私の力は相手の力を使うので、そんなことされるとー、強みをなくされちゃんですよねー」


 透にしか聞こえないのに、男に聞かせるかのように言葉を発する。


 男の攻撃が止まない。それをレイが操り人形のように透を操作し、攻撃を躱していく。


 とても早い動きに戦闘の素人はついていけず、頭痛や吐き気に襲われた。


 その隙をつき、レオが持ち前の身体能力で割り込む。その予想外の行動に男は反応が遅れ、レオのパンチをもろに浴びる。


「俺の力を使え!」


「なるほど!その手がありましたねー」


 殴られた男が怯んでいる隙に、レオが最大の魔法を透に浴びせる。


「くそがーーー!」


 吸収した魔法を男の方へと反射させ、ものすごい衝撃波と共に襲撃者は敗北した。


「王のところへ連れていけ。それがお前らの望みでもあるだろ?」


 透が倒れている襲撃者に言葉を浴びせる。


「ふっ!俺に勝ったくせにわざわざ敵地に行くとは……いいだろう。連れてってやるよ」


 その言葉を機に宿を出て、一行は王の間へと向かい、到着した。


 王の間の壁は金一色で包まれており、見ているだけで眩しくなってきそうだが、中央にそびえ立つ柱のような水色の装置が目に入った瞬間、そんなことは気にならなくなってくる。


「ようこそ!私の待ち人さん」


 白髪のストレートロングに中性的な顔立ちの人物ーーノアが三人に言葉をかけた。それに、二人は息を呑み、王を見据えた。


「そんな目で見ないでくれ、悲しいだろ?」


 王が悲しい声で言葉を発した。だが、彼が見ているのは二人ではなく、透の後ろーーレイだった。


「ハリー様が悲しみますよ」


「二百年前の王の話はやめてくれ。それですら、今は私の力の一部なんだ」


 レイの言葉が癪に触ったのか、その言葉を機にノアが見せつけるようにハリーの力を使用し、光線銃のようなレーザーが放たれた。そのあまりに強力すぎる力に大気が震え、その場の空気を一瞬にして自分の支配下に変えた。


 しかし、透がその力の前に立った途端に光が消える。


「ほーう、やっぱその力は伝説級だ」


 レイの力を歴史書で知っていたノアが口を開いたが、その口調に驚きはなく、むしろ、想定内といった感じだった。


 その後も透&レイとノアの圧倒的な力がぶつかり合う。その戦いは異次元と称しても大差なく、熟練の者ですら立ち入る隙すら存在しない。


 ノアが初代国王アーサーのエクスカリバーを顕現させ構える。それを見たレイの目が変わり、今まで以上に警戒心が強くなる。


 その表情を横目で見た透も一気に気を引き締め、目の前のことだけに集中した。


 正直怖いし、今にでも逃げ出したいが、レオが動けない事を考えると、この力に対抗できる手段がレイレベルの力でなければいけないことがわかる。そして、そんな力の持ち主などそうそう現れることはなく、異世界転生という選ばれし自分が立ち向かわなければならないと、彼の本能が訴えてきていた。


 王がエクスカリバーを天井に向ける。そうした途端、剣が神々しい光に包まれる。そこから感じる雰囲気は誰がどう見ても異様だった。


「歴代の王達の力、とくと見よ!」


 そう一言だけ発し、勢いよく剣が振われ、王の間が眩い光に包み込まれたのだった。


 生存者は力を振るった本人だけ。光が消えた空間にはそんな戦況が広がっている……かのように見えたが、そこには術者以外の生存者も確認された。それを見て、


「バカな!お前のリフレクションは、一度力を吸収しなければならない。ましてや、あの量の力をその身に宿せば、許容範囲は軽く超え、死に至る。そう歴史書に書いてあったはずだ。現にお前の死因はそれであろう」


 歴代十二の王達の力を集約した攻撃を全て吸収され、ノアの余裕の態度が消える。それを見て、


「確かに、ハリー様をお守りするために、抱えきれない力を身に宿して私は死にました。でも、彼と私は違うのです。だって……」


 最後は弱々しく言葉を紡ぎ、その言葉を透が繋ぐ。


「俺はこの世界では異物だからな。この世界の法則は通じねぇんだと思う」


 それが、彼の導き出した答えだった。正直、賭けだったし、下手をすれば死んでいた。だが、彼らはその可能性にかけたのだ。この世界にとって、異端者という例外に。そして、その賭けは成功し、一つの答えすらも導き出せた。


 透が取り込める魔法の許容範囲は無限という、とんでもない答えを。


「じゃあ、お返しするぜ。って、言ってもこんな莫大な衝撃波を返したら確実に死ぬだろうな。だから、こうすることにするわ」


 そう言って、透が吸収した力を解き放つ。しかし、人殺しにはなりたくないので、ノアには発射しない。代わりに……英霊の力を送り出している結界と繋ぐバカでかい柱のような装置に向けてだ。


 その衝撃波が放たれ、一瞬だけ大きな揺れが王の間を襲う。そして、装置が稲妻を発生させ、上手く作用しなくなった。それにより、王達の力も消えていき……


「私の十年をかけた計画がー!」


 ノアが絶叫する。その叫びには心が痛くなったが、死者を利用するという計画自体狂っているのだ。


「レイ!」


「お別れのようですね。ほんの少しの間でしたけど、楽しかったです」


 結界を繋ぐ装置が破壊されたことにより、全ての英霊はこの世界に留まれない。それはレイに至っても例外ではない。


 段々と薄くなっていくレイの手に手を伸ばして掴もうとするが、元々が霊体なので触れることすらできない。それでも必死に手を伸ばしていく。


 いつからだろう。人の目を気にして生き始めるようになったのは。


 いつからだろう。人の事を信頼できなくなったのは。


 いつからだろう。人との繋がりに喜びを感じなくなったのは。


 でも、今は違う。存在できる世界が違ったとしても、レイ・ハワードという人物と繋がっていたいと思う。それは、彼女の力が欲しいのではない。彼女という人物を心から思う気持ちがあるからだ。


 恋愛感情とはまた違うのかもしれない。なんと言葉にすればいいのかわからないが、絶対に失いたくない繋がりだ。だから……


「俺と共に生きてくれ」


 思わず口から本音が漏れていた。気付いたら目頭が熱くなってきていた。


 透本人は泣いていることを認識できない。いや、涙のことなど考える余裕がないだけだ。


 それに、レイも涙を流し、


「私もそうしたいです!でも……無理なんですよ。だから……最後は笑って別れましょう。いつも通りの私でー、さよならを言いたいんですー」


 無理にいつもの口調を演じて言葉を発する。だが、


「ふざけんな!」


 透はそれを許さない。


「その間抜けた言葉ならいつでも聞いてやる!だから、戻ってこい!」


 透の思いが通じたのか、本来なら触れられない霊体の手を握り、彼女の温もりを感じた。それが確信できた瞬間、現実に引き戻すように思い切り手を引っ張る。


 その間も装置の崩壊は止まらず、王の間すらも崩壊していく。


「もう間に合わねぇぞ!」


 既に避難していたレオが二人に声をかけた。


「レイ……お前」


 手を掴めた瞬間感じた違和感。それを視認でき、透は驚きを隠せなかった。


「私……どうして」


 霊体ではない自分を見て、レイは透以上に驚きを隠せなかった。


『特別です。アナタにもう一度チャンスを差し上げます。アナタの功績は結界の人々に語り継がれることになるでしょう。次は普通の人生を歩み、幸せを掴んでください。アナタを救ってくれた待ち人と共に』


 女神のような存在の声が透とレイの脳内に流れ込んでくる。


 それにレイは嬉しくて涙が溢れてきた。


 彼女の人生は壮絶だった。生まれつきリフレクションと呼ばれることになる特殊な力を持ち、周囲から妨げられてきた。


 彼女を認めてくれる人は、彼女の力が目当ての人間ばかりだった。そして、本当の意味で認めれることなく、戦場で王を守り死亡した。


 そんなレイは、本当の意味で自分を認めてくれる人をずっと待っていたのだ。それが透。


 彼と出会った時は、彼女は既に死んでしまっていて、一緒に道を歩くことができないと思っていた。でも、結界がもたらした奇跡はそれを許してくれた。それはレイ・ハワードという女性にとって、言葉では表現しきれない嬉しさだった。


「おい!」


 全てを台無しにされたノアが無気力状態で座り込んでいる。それに透が強い口調で言葉を発する。


「早くしねぇと死んじまうぞ!」


「もう良い、全て終わりにさせてくれ」


 弱々しい口調でノアが言葉を振り絞る。それに怒りが頂点になった透は、


「仮にも王様だろ!この国のシンボルだろ。テメェが死んだらどうなるのか考えねぇのか!」


 だらしない大人に説教するかのように言葉を浴びせる。それでも、ノアの心は動かせない。なので、ノアの胸ぐらを掴み、


「だったら、見せかけだけの存在でもいい、テメェが生きてることに意味がある」


 そう一言だけ言葉を浴びせ、最低の王を助ける行為に出る。正直、こんな奴どうなってもいいが、国のシンボルが死ねば、また次の王を決めなければならない。


 だから助けるのだ。面倒ごとに巻き込まれたくないがために


 自分と同じくらいの大人を担ぎ、急いで王の間を抜け出した。


 幸にも死者を出さずに脱出することができて、皆安堵している。


「師匠、これで解決っすね!」


「はいー、そうですねー」


「えっ!」


 レオの言葉に答えたのは透ではなくレイ。しかも……


「なんで、俺にも見えるんだよ」


「私、女神様の力で転生させてもらえたんですよー。透さんと同じですね」


 最後の言葉だけ透の耳元で囁き、その行為に男として、ドキッとしてしまう。


「まぁ、よくわかんねぇけど、よろしくな!」


「はいー、よろしくですー」


 こうして、英霊達を取り巻く問題は無事解決したのだった。


 そして、その件をきっかけに国は大きく変化し、発展もした。


 そんな歴史的な出来事の一役者となった透は、レオ、レイと共に異世界生活を満喫している。


 その後、彼の行為が『英霊記』と呼ばれる書籍となり、生ける伝説として語り継がれている。


 


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英霊記〜転生したら美少女の霊が憑いてきた 新田光 @dopM390uy

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