こんな朝を迎えたことはありますか?

長月瓦礫

家の軒先で火星人が死んでいる


ある朝、彼女の家の軒先に火星人が死んでいた。

四肢がスルメイカみたいにからからに干からびていた。


「お、これはいいや」


彼女は火星人の死体を拾った。

道路に出ると水星人や天王星人の死体も落ちていた。

体のつくりはそれぞれ違うものの、どれも干からびていた。

彼女は当たり前のように拾っていく。


「大量大量~」


地球に宇宙人が来るようになったのはほんの数年前のことだ。

銀河の友という雑誌で『太陽系住みたい惑星ランキング』なるものが公表され、地球が上位に入った。

雑誌は太陽系全惑星で販売され、地球の魅力が広く伝わった。

そして、名前だけはよく知っている惑星から電報が届くようになった。


『地球へ移住したいので、下見させてほしい』


様々なかたちで電報は発表され、世界が震撼した。宇宙人が地球へ移住するために、下見をするというのだ。

何が起きるか誰も予想できず、期待と不安が渦巻いていた。


しかし、実際に宇宙人を迎えてみるとどうだろう。世界は今も平和である。

鼻歌まじりに死体を眺めているのがいい証拠だろう。

すっかり色褪せてしまい、以前の姿を想像するのは非常に困難だった。


「今日は何にしようかなー。こんだけあると迷っちゃうなあ」


雑誌の影響は収まるところを知らず、宇宙人の死体は毎日降り注いでいた。

最初は手厚く葬っていたものの、とにかく多かった。

人のいないところに落ちた死体は他の生物が処理してくれるが、町中の死体はそうはいかなかった。


そのまま放置か、ゴミ捨て場に捨てるか、彼女みたいに拾い集めるか。

腐臭しないのが幸いと言わんばかりの扱いだ。


宇宙人の死体処理に悩まされていたある日、インフルエンサーが地面に落ちている火星人を見て『なんかスルメイカっぽいよね』と記事を投稿した。


火星人の死体をさっとコンロであぶり、一口かじるといった内容だった。

端のほうが黒く焦げたそれは、スルメイカにしか見えなかった。


インフルエンサーは「何これメッッッッッッタクソ美味い!」と記事の中で大絶賛した。


噛めば噛むほど出てくる旨味、酒と合わないはずがない。

戻してもイカとほぼ変わらず、どんな料理ともマッチした。


この記事をきっかけに、火星人の死体はゲテモノへ変わった。

マニアはこぞって宇宙人の死体を求め、美食へ変化させた。


火星人以外の死体に手を出したのは言うまでもない。

様々な環境下で過ごす宇宙人が地球へ来ているのだ。試さずにはいられなかった。


いつしか宇宙人食という単語が生まれ、食レポや創作料理が大ブームとなっている。

ありとあらゆる調理法でもって、宇宙人は美食へ生まれ変わる。

政府も食糧危機を脱する一つの手段になるかもしれないと発表した。


彼女はブームをきっかけに、宇宙人を素材とした料理を提供している。

宇宙人来訪により、下町にあるただの定食屋がマニア御用達の店へと変化を遂げた。


原因は不明だが、宇宙人のほとんどはは地球の環境に適応できず、たどり着く頃には干上がってしまう。


乾物と化したのは火星人だけでない。太陽系惑星のほとんどの宇宙人だ。

宇宙船は大気圏に突入した際に燃え尽きてしまうようで、どこを探しても欠片一つ見つからない。


もちろん、全員が全員地球に適応できなかったわけではない。

生き残った宇宙人はタワーマンションに移り住み、厚い待遇を受けている。

地球人に紛れ、世界各地を観光している。


ただ、地球人の食生活を見て、母星へ引き返す者がほとんどらしい。

どんな物でも抵抗なく口にする姿を見て、恐怖を抱くらしい。

食に美しさを求める地球人だからこそ、できる所業なのかもしれない。


彼女は鼻歌まじりに宇宙人の死体をゴミ袋の詰める。今日もマニアたちへ一刻も早く料理を届け、胃袋を満たさなければならない。


「よし、今日はこれにしよう!」


抑えきれない創作意欲を胸に、意気揚々と店へ戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る