むしゃくしゃして言った。反省なんかしない

漆沢刀也

むしゃくしゃして言った。反省なんかしない

 果たして、私とお父さんの関係というものは世間と照らし合わせて普通なのだろうか?

 ふと、私はそんなことを考える。


 これもまた、思春期の悩みだとか、アイデンティティの確立だとか、そういった精神活動の一環なのだろうと自己分析するけれど

 今日は休日。リビングには二人っきり。

 テレビの前にソファはコの字に置かれていて、テレビの正面は私達子供の席で、お父さんはいつものように、テレビ右のソファに座って、黙々と本を読んでいる。


 そして、さっきの疑問だけれど。だいたいは普通なんだろうなと思う。「世間的には」という条件が付くが。

 これまで育てて貰って、ニュースに出てくるような児童虐待とは無縁だったし、これからもそうだろう。家庭内における父親というものの役割や責任を放棄したり、またその能力が著しく劣っているわけでもないと思う。

 むしろ、そういうのには積極的であろうと思っているのだと、私はそう考えている。


 ただ、それでも何故そんな疑問が浮かんでしまうのか?

 **さんの家に行ったとき、彼女とお父さんの様子を見掛けた。

 **さんと彼女のお父さんはくだらない冗談を言い合って、屈託無く笑い合っていた。その間には何の壁も無かった。


 別に、私は自分のお父さんが嫌いではない。お父さんは感情的に怒りをぶちまけたりはしないし、私の感情を慮った上で叱ってくる。全然甘くはないけれど、優しくはあるのだろう。たまに、思い出したように家族サービスのつもりか、ケーキを買ってきたりもする。

 ただ、**さんと彼女のお父さんのように、あんな感じに一体感を持っているのかと考えると。やっぱり私とお父さんの間には、遠慮や壁があるように思う。


 やっぱり、**さんの様な家が普通なんだろうか? **さんだけじゃなく、小学校の頃の運動会とかで見掛けたお父さん達もそんな風に見えたし。中にはお父さんに文句を言っている人もいたけれど、でも遠慮はなかった。

 それとも、私達も外から見ればあんな感じに見えるのだろうか? お互いに遠慮がない関係に。


 私は手にした漫画から少し目を外し、お父さんを見る。禿げてもいないし、お腹も出ていない。年齢から考えれば、娘の目から見てもイケている方だと思う。

 文句がある訳じゃない。ただ、少しその有り様が引っかかるだけだ。

 私のお父さんは、有り体に言って感情が薄い。無い訳じゃないけれど、あんまり表には見せない。口数も少ない。


 でも、お母さんと一緒にいるときだけは違う。感情が豊かで、本当に安心しきった、肩の力が抜けきった、そんな顔と態度をお母さんにだけは見せる。私や、お父さんの親兄弟相手には取らないけれど。

 そんな様子から、お父さんにとって、お母さんだけが特別な人なんだというのは娘心にも分かる。


 けれど、引っかかるのはそこだ。そこだと思う。

 どちらかと言うと、お父さんとお母さんの間にあるのは、夫婦だからだとか恋人だからとかじゃなくて、家族だからという遠慮の無さに近いと思う。**さんと彼女のお父さんの間にあるものを見て、そう思う。


 お母さんがいないと、お父さんは喩えるなら、木やサボテンに雰囲気が似ていると思う。人間味が欠落するほどに、そう思う。

 物静かにただそこにいるだけの存在だ。不快ではないけれど、本当に人間なのか? と、疑いたくなる。


 私達に対する接し方もそうだ、人間味を感じない。父親として、家族の役割を積極的に果たそうと行動はしていると思う。けれど、それがどことなくよそよそしく、ぎこちない。いつまで経ってもだ。

 私は本当の娘ではないのか? と、ほんの少し、疑ってしまうまでに。生憎と、正真正銘間違いなく私がお父さんとお母さんの間に産まれた子供であることは、証明されているのだが。

 

 ちっちゃい頃を思い出しても、色々と面倒を見て貰ったとき。普通なら、もっとこう? 子供向けの高いトーンで話しかけたり、子供の精神年齢に合わせた振る舞いとかをするだろうに。私のお父さんには、そんなものが無かった。

 お父さんは物静かに微笑みながら、親というよりは、アニメや漫画に出てくるお嬢様の、その傍にいる従者のような態度だった気がする。


 親バカ? そんなものはまるで存在しない。隙あらば従兄弟を自慢してくる叔母さんとはえらい違いだ。

 お父さんが時折見せる薄く優しい微笑みから、愛情は感じているけれど。きっと、私達に何かあったら、出来る限りのことはしてくれるんだろう。そんな程度に、愛情は確信しているけれど。

 うん。何て言うか、問題は無い。そこまで愛情を確信出来るのだから、特に不満を抱くこともないと思うのだ。


 私は小さく溜息を吐いた。

 つまるところ、私は世間一般の、**さんの様なやりとりや、お母さんとお父さんがやっているような羨ましいのか。さもしい人間だと自覚させられたようで、少し気が滅入る。そりゃまあ、思春期だのといった年齢の、未熟者だから仕方ないと言えば仕方ないのかもだが。


 それに、何故父がこうなってしまったのかも、母から昔聞いたことはある。以前にも、同じような事が気になって、それで母に訊ねたのだ。

 お父さんは、子供の頃から凄く苦労して、悩み抜いて生きてきたらしい。


 お母さんがお父さんと知り合ったときは、もっと暗くてどうしようもなくて、そんなお父さんが最初はどうしようもなく苛立ったとお母さんは言っていた。

 それが、放っておけなくてあれこれ口出ししていたら、少しずつお母さんには心を開くようになったのだという。お父さんに何があったのかは知らない。お母さんも他の人達も「そのうち、話す」と言ってはいるけれど。


 そして、「寂しい気持ちは分かるけど。お父さんに優しくしてあげて? そうしたら、あの人も少しずつ変わると思うから」とも、そのときお母さんは言っていた。

 私は、お父さんをそんな風にしてしまったものが何かは知らない。けれどその知らない何かには、腹が立つ。そんなものが無ければって、思ってしまう。


 ただまあ――

「ねえ、お父さん?」

「うん?」

「馬~鹿っ!」


 ――何か腹立ったので、八つ当たりしておく。極力、明るい声で。

 お父さんは少し驚いたように目を丸くして。やがて、全部分かっているかのような顔で、いつものように静かな笑みを浮かべた。

 それを見て、私はほんの少しだけ、気が晴れた気がした。


 ―END―

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