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半年間の寝たきり。


言葉にすると呆気なく一言で済むのに、実際にはそんな軽い話ではない。

とにかく体力が落ちていて、水を飲もうと起き上がるのでも息切れして、内臓機能も低下して固形物が食べられなくなっている。


特に足腰が1番の問題だ。

立って歩くなんて夢物語レベルに衰えている。


貴族令嬢らしく細く白い足は、激しいスポーツもしないしドレスと靴下の下だから年中真っ白という不健康の象徴だったけれど、それでも問題なく歩いて走れた。


それが今や、見るも無惨な棒っきれ状態。

マッチ棒にだってもっと頼り甲斐がある。まさに骨と皮!!


生命維持のために断続的にかけられていた治癒術式の反動と寝たきり生活によって、体力も内臓機能も衰えゆっくり衰弱死して逝くのを名残惜しんで見守っているだけの半年間だった、と大分やつれた公爵家の主治医に言われて申し訳なくなった。

治癒術式は対象者に反動で体力の消費をもたらす。その反動の肩代わりは、禁忌とまでは言わないが忌避されているのは事実だ。しかし、意識不明で衰弱しているわたしをおもんぱかって、何度も肩代わりしてくれていたらしい。

『意識のある自分はいくらでも栄養を取れて休息できるから』と言って。


シスコンで甘ったれだったリュカスは最初は泣いてわめいてどうしようもなかったが、憔悴しょうすいする両親…特に、忙しさの合間を縫って領地と王都を往復する母親を見かねて、かねてより始めていた領主の勉強をかなり前倒しし、母不在時の領主代理を最低限は勤められる程度には急成長したらしい。

息子に助けられる形で、公爵夫人は1週間おきに2〜3日滞在しては部屋に滞在し様子を見守り、帰り際には『次に来るまで娘が息をしていますように』と涙ながらに女神に祈り領地へ帰っていたと言う。

公爵は、突如現れた『魔人』と『英雄の生まれ変わりヒロイン』に『世界の危機』と、大騒ぎな中で対応に奔走して、危篤状態の娘の枕元はおろか自宅に帰る余裕もない半年間を送っているらしい。

わたしの意識が回復した、とすぐに早馬を飛ばしたらしいけど顔を出せたのは深夜近く。たまたま目が覚めた時にベッド横にいたから寝ぼけながら『おかえり』『ただいま』を言い合っただけだった。翌朝、しっかり目覚めた時は夢かと思ったが、現実だったらしい。そのまま夜明けも待たずにまた出て行ったらしい。




肝心のヒロインサラを中心にした『悠久の詩ゲーム』の主要人物たちはどうしているのか。


ヒロインのサラは、『魔人』襲撃時に発した光が『魔人』を一瞬で消し去ったことから教会が調べ、現王族以上の、およそ記録が取られ始めてからは史上最高最強度の女神の加護と判明した。

それと同時に『女神の力』の化身が姿を表し、ヒロインサラこそが初代国王にして神話時代の英雄の生まれ変わりと告げたらしい。


この『女神の力』の化身だが、ヒロインにずっといている『ヒロイン以外には見えないナビキャラ』のことだ。

ついでに芋づる式に思い出したが、攻略キャラ最後の1人。隠しキャラその2はこのナビキャラだ。

C.V.キャラクターボイスは特におらず、可愛い見た目からは雌雄はわからない。口調が男っぽかったと言われて『男である攻略対象である』と言われても、首を捻りたくなる愛らしい姿のマスコットキャラ。


攻略を進めていくと最終的に女神と統合するが、その際に判明するのが『女神ではなく男神おがみだった』と『英雄にして初代国王が実は女性だった』という事実。

どんな紆余曲折があって男神おがみが女神になったのか、英雄の性別が変わったのかは歴史の闇だけど…とりあえず、ゲームでそうなっていたから多分、この世界でもそうなるのだろう。

残念ながらヒロインは第3王子エヴァン攻略ルートなので、その辺りの謎が解明されることはない。エンディングではナビキャラは知らずうちにフェードアウトしていたからだ。


ちなみに、『ナビキャラが隠しキャラその2』までは思い出せたけど、歴史の闇っぽい『男神が女神』『英雄の性別』については思い出せていない。ゲーム中で語られていたかも不明だ。記憶力のポンコツ具合は相変わらずに健在だった。


英雄の生まれ変わりのヒロインサラよりは弱くとも、第3王子エヴァンは王族であり『女神の加護』を受け継ぐ王族だ。

ヒロインサラ第3王子エヴァンの加護を重ね合わせ、新たに封印を施すのを目的に出陣したのがほんの数日前らしい。

出陣式の前日には2人揃って見舞いに来てくれた、と聞かされた。


英雄の生まれ変わりたる聖少女が凛々しい女騎士の装束に身を包み、枕元に跪きながら『世界の平穏と無事の帰還を誓う姿』は神々しく尊く、一枚の宗教絵画のようで…、と一部始終を見ていた家人全員がうっとりとした顔で語ってくれた。

第3王子エヴァンもいたはずなんだけど、誰も彼については言及しない。記憶に残っていないらしい。王子さまなのにね。


国王直轄の騎士団だけでなく各貴族からも騎士団が結成され、その連合総大将は初陣の第3王子エヴァン。国王代理と言う看板をぶら下げての大舞台だ。


出しゃばりで目立ちたがり屋の第1王子オリゲルドと、息子に功績を与え王位継承の後押しにしたい第1側室ジャネットが未だ学生で成人前の第3王子エヴァンの国王代理としての出陣に異議を申し立てたらしいけれど、残念ながらここは乙女ゲームの世界。ただ『女神の加護』があれば良い訳じゃない。


『ヒロインと心通わせている』上に『加護』を持つ人間でなければお話にならないのだ。


第3王子エヴァン以外の攻略対象の時には、『女神の加護』ではなく神話時代に女神と同じように力を貸してくれた『他の神々の加護』が宿っていると言う設定だったし、総大将は近衛騎士団の超強い名無しの団長騎士さんだった。


今回、その超強い近衛騎士団長さんは実質の指揮権を持ってはいるけれど、名目上はあくまで『団長』であって『大将』ではない。


ここまでは『悠久の詩』の、思い出せてる知識と相違点はないと思ったけれど、

まさかのベイルードが第3王子補佐として参戦しているらしい。


あんなに実力を隠したがっていたのに、その片鱗をチラ見せしてまで第3王子エヴァンと一緒に参戦する、と強固に言い張ったらしい。何で??

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