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日が暮れる前に帰宅し、夏休み初日の授業がどうだったかなどを話に上げながら、公爵と和気藹々と夕食を取り

宿題を片付け、公爵夫人から『お嬢さま教育』のおさらいとして出されていた刺繍を眠くなるまで刺し、そこそろお休みくださいと侍女に言われベッドに横になった。


自身の手で天蓋のカーテンを閉じ、その向こうで部屋のカーテンを侍女が閉めるのを確認し枕元の灯りを消す。


ビックリするぐらい、何もない1日だった。


いや、何事かはあった。第3王子の側近ニコラエスに呼び出されはしたけれど…危惧していたベイルードの襲撃はなかった。

恐れていた放課後も帰りがけの馬車留でも、何事もなかった。

帰宅した屋敷で待ち構えてもいなかったし、晩餐時に襲撃するように訪れることもなかった。


なんて平和な1日だったんだ…。

明日も明後日もそうでありますように。そう願って目をつむった瞬間


「やってくれたな公爵令嬢…」


地を這うような怒りを堪えるような声が聞こえて、慌てて飛び起きた。


上掛けを跳ね上げる勢いで飛び起きたけれど、前回の様にベッドに居座られてはおらず、天蓋の薄いレースカーテンの向こうにぼんやりとシルエットが見えているだけだった。


「話がある。ここを開けろ」


シルエットの主は普段の口調で取り繕った外面を、すでに脱ぎ捨てるくらいにはご立腹らしい。

声からも相当にイラついているのがわかる。


それにしても、なぜカーテンを開けろ?前回は堂々と乙女のベッドに乗り込んできていたではないか。


「い…嫌です。なぜ、招いてもいない殿方に一度ならず二度までも寝姿を晒さなくてはならないのですか!!」


大人しく従った方が後々の被害も少ない…とは理解しているけれど

それでも、嫌だ。と言う気持ちが抑えれれず、つい口答えしてしまう。


いや、でも間違ってないよね?わたし至極、まともなことしか言っていないよ??


当たり前に、普通に考えて。ベイルードは、招いてもいなければ、想い人でも、恋人でもない赤の他人だ。


口約束だけど婚約者だ、と言うかもしれないが…あくまで『婚約』段階。

結婚したわけでもない、恋人関係でもない男をベッドに招き入れたくはないし、薄布一枚の寝巻き姿をそう何度も晒したいとも思わない。


貴族の令嬢云々うんぬん以前に、1人の年頃の娘として当たり前の感覚だろう。

ベイルードの奴あいつ、人生周回し過ぎてその辺の感覚が枯れ果ててんじゃないの?


大体、開けろって…それって自分から招き入れろってことじゃん。

無理無理無理!!嫌嫌嫌!!


「……ちっ!!本当に小賢しい娘だ。いつの間に夢渡りを阻む術など編み出した!?」


『夢渡り』…この、勝手に夢にお邪魔してます、をするベイルードのオリジナル術式のこと??

確か、夢の世界では深層意識に触れやすくて真意を問いやすい尋問向けの術式って言ってたな。

複雑で面倒な条件があるって、ブツブツ言っていた気がするからそれに失敗してのギリギリで爪弾きされてるのかと思ったら、どうやら違うらしい。


人生何周もして知識も魔力量もチート級の人間が編み出したものに、諸々全部平均的な貴族令嬢が対抗手段を考えつけるわけがない。

前回、最終的には追い出せたのも、怒りのパワーでやたら滅法に暴れた結果だ。


「わ…わたしは何もしていません。殿下の術式発動の失敗では??」


ただでさえ、覚えのない彼らの死に戻りループへの関与を疑われているのだ。

これ以上、ない腹の内を探られては堪らない。

だが、正直に覚えがないと答えても納得していないような沈黙が返ってくるだけだった。


「お前、このまま婚約するつもりか」


諦めて本題に入ることにしたらしい。そうだ、さっさと訪問の理由を片付けて返って欲しい。だがしかし!そのことについての責任はわたしにはない…と思う。


「婚約話は殿下の言い訳の産物ではありませんか」


そして、両家の父親が(片方は渋々ながら)進めるに至ってしまった経緯は、その両家の父親が年甲斐もなく大ゲンカした結果だ。


「あの場を収めるための方便ではありますが…わたしが条件提示した以上、わたしから撤回はできません」


「ですから、断るなら殿下がしてください。どうせ父に今からイビラレれまくってらっしゃるのでしょう」


それが嫌になって取りやめにする、と言い出しても誰も止めないと思いますよ。と一応最後に助言めいたことを言っておく。


夏休み中に嫌と言うほど身に覚えができたのか、カーテンの向こうのシルエットが公爵の名を出されビクリと跳ねる。


「…まるで、見ていたかのように言うのだな」


「殿下が我が家門について学びいただいている様子は存じませんが、父のことはよく知っていますから」


あの娘溺愛の公爵が、娘婿になる男…それもあまり良くない噂ばかりの人物に、果たして友好的に接するだろうか?


答えは、否!断じて否である。


王家が転覆し、国家が崩壊し、天地がひっくり返るその瞬間も、彼は家族を重く深く愛し続けているだろう。


「なるほどな…貴様のその認識が、このの強固さか」


何かに納得したように呟いたのが聞こえたが、あいにくその連想ゲームはこちらまでは伝わらなかった。


「せいぜい、今はそのに縋り付いておくんだな」


そう言い捨てて、シルエットと気配は消え…わたしは、今度は夢の中ではなく現実で目を覚ます。

最後の言い捨て台詞はなんだったんだ?


『覚えてろよ』的なニュアンスだったけれど、三下のザコが吐き捨てる感じではなく『今はあえて引いてやろう』的な、うっかり序盤で邂逅かいこうしちゃったラスボスあたりが残すセリフっぽかったけれど…。


強固な盾ってなんだ?認識で強さが変わる??意味がわからん…思考が固いと言われた前世から、ナゾナゾや連想ゲームのたぐいは苦手なんだよ。


ゲームやマンガのキャラで、意味深発言でフラグを建設するキャラは、後からネタバレした瞬間が面白くて好きだったけれど

現実でされるとかなりモヤモヤするし、腹立つな…。


うんうん、唸りながら考えているうちに眠ってしまったらしく

メイドに声をかけられるまで意識がなかったのに驚いた。

前回は二度寝どころではなかったのに、2回目にしてこの図太さよ…。

我ながら、もう少し危機感と言うものを継続させていきたい。

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