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壁に激突したままピクリともしない第2王子ベイルード

爆笑しすぎて呼吸不全の護衛騎士ダスティン


連れ込まれて狼藉を働かれかけた令嬢としての正解は…

王子とは言え…自身に乱暴しようとした人間を流石に助けはしないだろう。


方や気絶,方や爆笑して痙攣中で逃げるなら今しかないこの状況!!


脱出経路として,まず入ってきた扉をチラリと確認する。

痙攣しているとはいえ護衛騎士ダスティンが障害物として間に居り

何より,鍵が掛かっている可能性がある。


それはもう一つの扉,教室の後ろ側にある扉も同じだが,間に障害物はない。

背中を向けるのが少し不安だけど,背に腹は変えられない。


ダンジョンに定期的に潜り,ヌルくでも実践を経験しておいて良かった。

どんな状況でも瞬間で思考をめぐらせるようになっていて,大いに助かっている。


王子ベイルードが吹き飛んで激突し,吹き出し爆笑した護衛騎士ダスティンを視認してすぐ,

時間的にはまばたき数回の間のはずなのに

背をむけ駆け出そうとするわたしの手が掴まれる。


武器を持ち慣れたゴツゴツとした硬く乾いた手…護衛騎士ダスティンの手だ。


一瞬で持ち直したのか,最初から油断を誘う演技だった!?


逃げると決めたのなら一目散に逃げるべきだった。

振り払って駆け出すべきだったのに,掴まれた反射で振り返ってしまう。


長年の宿敵を見るような,怒りも憎しみも恨みも込めた,

とても冷たい…殺すと決めた瞳と真正面からかち合ってしまった。


貧血で倒れる一歩手前のような眩暈めまいと,寒くもないのに震える感覚に,

心の中の何かがぷつりと切れる音がした気がした。


どうやら,この防御アイテムは

害意や悪意ある攻撃(物理)は防ぐが,攻撃(精神)は対応していないらしい。


『殺気を孕んだ瞳』は精神攻撃に相当するらしく

混乱か恐慌状態かは不明だけどわたしは悲鳴を上げながら

握った拳にありったけの強化魔術で,自身を掴む腕に殴り始める。


重いものすら持たない令嬢の拳だけれど

強化魔術のかかった,なかなかに強力な一撃のはずだ。


授業で何度かダンジョンに潜り,魔獣をほふってきた拳なのに,

目の前の護衛騎士ダスティンは眉一つ動かさず微動だにしない。


先に限界がきたのはわたしの拳の方で

ペキっと小枝が折れたようなか細い音で,指が何本か折れた。


ここから先の記憶はない。気がついた時は自室のベッドの上。


意識の戻ったわたしに気がつき,家人が医者を呼びにいくのと入れ替わりで

公爵がやってきて,泣きながら,ぎゅうぎゅうに抱きしめられていた。



溺愛する娘が骨折し気絶状態で運ばれた,と知らされ

その日の全ての仕事を放り投げて帰宅したらしい。


当然,怪我をし意識不明となったことも心配されたが

救助したのが,あの第2王子ベイルードだったことも心配された。


『何者かに精神錯乱の魔術をかけられた令嬢を救出』

が,第2王子ベイルードの状況説明だったらしいが,

自作自演の可能性もあると公爵は考えているらしい。


凄いね。お父さま,大正解だよ…。


とは,口が裂けても言えず曖昧に苦しそうに

『何も分からず気がついたらここに居る…すごく怖い!!』

と,さめざめと泣いてみせる。


いくら娘に甘いとはいえ,事件と言って良い出来事だ。

本来なら厳しく追求されて当然だが,恐怖で震えながら

『何も覚えていない』と泣く愛娘に,それ以上の無理強いはせずに

引いてくれた公爵には感謝しかない。


ちなみに,震えるほどの恐怖は演技でもなんでもなく

あの『実はスパイ騎士ダスティン』の殺気混じりの瞳を思い出すだけで

寒気が止まらなくなるのだ…これ,確実にトラウマになってるじゃん!!


しかし,本当の問題は翌日から始まった。

見舞いと称して第2王子ベイルードが訪ねてくるようになったのだ。


折れた指の治療に使われた治癒術は,体力を消費し治癒力を向上させる術で

施された後はしばらくの休養を要する。

しばらくお休みする事になってしまった翌日から

毎日,放課後の時間帯に,元凶が訪ねてくるのだ。


体力が低下しているだけで,座りながらの応対ならできるが

あのニヤケ面に会いたい訳もなく…。


深窓のご令嬢として定着していたイメージを良いことに

第2王子ベイルードが見舞いに来る時間帯…午後をいくらか過ぎた頃に

突然,具合が悪いと言って部屋に引きこもることにしたのだ。


当然だけど家人は心配して,公爵に報告するよね。

元から第2王子ベイルードの自作自演を疑っている上に,

娘が会いたがらないと知ってますます疑うよね。


『助けられた事に感謝はするが,見舞う相手を考慮しないのはなんのつもりだ』と

公爵家から正式に国王陛下ちちおやに抗議をするにまで発展。

どう考えても,容体の不安定な令嬢を無理に見舞い悪化させる王子が悪い。とされ

国王陛下が直々に叱責されたらしい。


結果,第2王子は通学以外の時間は自室謹慎となった,と

公爵から報告がされた日は,今度こそ本当に緊張の糸が切れた気がした。


実は精神的に不安定になっていたみたいで,寝つきが悪かったんだよね。

おかげで,仮病でもなく顔色が悪いってお医者様に言われてたんだ。


しかし,平穏は一晩だけで次の日には見舞いの手紙が届けられ

『公爵さまの誤解を解き,元気なお顔を見せて欲しい』と書かれていた。


当たり前だけれど,文面通りじゃない。


おそらく『お前のせいでかけられた不当な嫌疑を今すぐ解かないと殺す』だ。

それと『この一件を面と向かって謝罪しろ』といったところか…。


見なかったことにして燃やしてしまいたかったけど,耐火魔術がかかっているので

仕方なく,引き出しの奥の奥に隠すことにした。



ともあれ,思いがけずに現れた第2王子と言う難敵のせいで

超長期的な敵,と言うか目標である『ヒロインの恋路』が

夏休みに入ってしまったせいで更に後手に回らざるを得なくなってしまった。


もう『俺たちの戦いはこれからだ』のノーマルエンドしか目指せなさそうだ…。

というか,それもダメだと世界が滅亡するので,

ヒロインサラには是非とも!!死に物狂いで!!頑張っていただきたい所存である。


どんな恋愛イベントがあったのかは相変わらずに不明なため

それっぽいイベントで,片っ端からヒロインサラと王子たちを接触させるしかない。


それには,気安く恋バナなんかができるだけの関係を築く必要がある。


幸にして,夏休み前半は追試で学園に行くことになっているから

帰りがけに寮に顔を見に行こう。


入学中の王族は,長期休みは溜まった公務の消化で忙しく

あっちへ視察,こっちへ慰問。園遊会に晩餐に…と,休む間もないとか。

第2王子ベイルードスパイ騎士ダスティンも,昼日中に学園にくる暇はないだろう。


でなければ,安心して通学などできようはずも無い。



あぁ…でも…

結局,ヒロインサラとガッツリ関わることになってしまった…。

これがバタフライエフェクト的に悪い方に進まないことを願うばかりだ。


神様,女神様…どうか世界滅亡を防ぎ,わたしに平穏な未来をお願いします!!


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