【💫完結💫】二億二千光年の、
浩太
1.Menkib
「ちょ、と!」
「えぇ? なになに! 聞こえねーよっ!」
しがみついた背中が愉快そうに笑う。たしかにぼくの、日頃まったく機能しない声帯からやっと絞りだした声なんかバイクが切る風の音にかき消されてしまう。
およそ同じ十七歳男子のものかと疑う逞しい背中にしがみついて声を張り上げる。
「ゆっ、ゆっ、くり、もっと、ゆっくり!」
どんなスポーツだってこなす彼の運転を疑うわけじゃないけれど、免許取り立ての小僧が八十キロ近くでとばすバイクの後部座席は、体感的にジェットコースター並みの恐怖だ。海岸を沿うようにくねる深夜の国道一三四号を、彼は車体を大きく傾けながら爆走してゆく。
「ゆっく、」
「ははっ! はい、はいはい! ゆっくり! ゆっくり! はは!」
「あっ、ちょっ! ロウ!」
彼は愉快でたまらない、みたいに笑うと、ギュン、とさらにスピードを上げた。
*
「『流れ星』見にいこうぜ! 流れ星!」
「……え?」
バンバンバンバンッ
深夜零時。
遠慮なく窓を叩く音にカーテンを開けると、
「いま何時だと、思ってんの?」
窓の外、小さなバルコニーでうごめく怪しい影は…
「ちょっとちょっとぉ、まだ十二時じゃん」
…旧クラスメイトの朧月だった。
「え、お前、まさかもう眠ようとしてたぁ?」
すでに寝衣姿のぼくを見て、悪い顔でニヤリ、口の片端を上げて笑う。
もやしっ子なぼくとは正反対。
小麦色に焼けた肌。甘く垂れた目元。そのくせ無駄に鋭い眼。口の片端だけで笑う癖がある口元…。
そんな彼は、いつもなにか悪そうに笑う。学校中の女子たちに「朧月くんて、ヤッバイよね!」とかいわしめていたオトナノオトコの笑みだ。それをぼくに向けるんだから無自覚だろうけど、ぼくが女の子だったらきっと陥ちてる。
しかも、
「そろそろ、玄関からきてくれないかな。もう、うち、だれもいないんだから」
毎度こんなふうに、どうやってか一応セ◯ムをかけた門を突破し二階バルコニーまでよじ登り、部屋の窓を叩いて侵入するなんて演出つきだ。ぼくが女の子だったらやっぱり陥ちてる。けど残念なことにぼくは男の子だから、
「もうだれに遠慮なんか、しなくてもいいんだし」
ため息しかでてこない。
七つ下の弟が『自殺』して、そのあとに父が『事故死』して、そのあとに母が入院して。この無駄に広い邸宅に、いまはぼくひとりだ。
「なんで? オレは気に入ってるんだけど?」
「……え、そうなんだ?」
「つか、はやく着替えろよ」
「えぇ? 眠たいんだけど」
「流れ星、見にいくんだから」
ぜんぜん聞いてない。
「きょう、なんとかがなんとかなんだぜ! 理科のジジイがいってた!」
今夜はペルセウス流星群、極大だ。そのくらいはぼくも知っている。
「けどこんな夜中にさぁ、補導とか…」
ぼくは親がいないから問題ないけれど、朧月には優しいママがいる。
「はは、大丈夫! アイツら、仕事しねぇから! わかってんじゃん?」
警察は仕事をしない。それがぼくにもわかっているから、もう頷くしかない。
「城ヶ島! そこがいい、て、理科のジジイがいってた!」
「城ヶ島? どうやっていくの?」
こんな夜中に、こんな田舎に、もうバスはない。同じ神奈川といっても逗子から三浦までは歩いてはいけない。いきたくない。ぼくの顔を見て、得意げにロウが胸を張る。嫌な予感しかしない。
「免許、取ったっつたじゃん、バイク! アオはうしろにのっけてやるよ!」
えぇぇえ! それ絶対、こわいやつじゃん!
「ほら、」
けれど、
「…わかったよ。すぐ着替える」
どうせろくに眠れやしないんだろ? て、彼がなにかと理由をつくっては押しかけてきてくれるのもまた、わかっているから。ぼくはやっぱり、頷いた。
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