第99話
「ねえ、前川君知らない?徳永先輩が探してるんだけど。」
リフティングの練習をしている英に早川玲子が尋ねた。
全部員が学校周辺の2キロのジョギングから戻ってきて、これから本格的な練習に入るところだった。
「徹也ならジョギング途中でいなくなったから、どっかでサボってるんじゃねえかな。」
英が答えた。
「サボってるって、園山君あなた副キャプテンでしょ。そんなの許しちゃダメじゃない。」
「でもさ、ハヤコちゃん、あいつには注意したって効かねえよ。楽に生きることを目標にしてるような奴だから。」
早川玲子は部員からハヤコちゃんと呼ばれるようになっていた。
「矢島さんは知ってるの?」
「知ってるよ。ていうか矢島さんもキャプテンになる前はよくサボってたから注意しづらいんじゃない?」
「もう!そんなんで藤学に勝てると思ってんの?」
「いやいや、ただのジョグだし。今から始まる練習はみんな集中してやるから心配しないで。」
その時、グラウンドに徹也の姿が現れた。
さもジョギングを頑張ったかのように、はぁはぁと荒い息遣いをし額の汗を拭きながら。
徹也は英と玲子の近くに歩いてきた。
「前川君、ジョギングコースを近道したでしょ。わかってるんだから。汗なんかかいていないくせに。」
「いきなりなんだよ、ハヤコちゃん。俺に喧嘩売ってんの?」
徹也はにやにやしている。
その表情を見て玲子はカチンときた。
「ジョギングだってね、しっかりやっている人とやっていない人じゃ、1年後の持久力に大きな差がでるんだよ。」
「うん、そうだね。」
「そうだねって、わかってるんなら頑張りなさいよ。」
「でもさ、俺キーパー志望だから、持久力あんまり要らないと思うんだよね。」
「それならジョギングの時間に、キャッチングの練習でもしたらいいじゃない!」
「ちょっとハヤコちゃん、熱くならないの。一人でキャッチングの練習なんかできないじゃん。」
「でも、ひとりだけ練習をサボっていいわけないでしょ。」
「必死に練習するなんて俺のキャラじゃないんだよね~。それにうちのキーパーは徳永先輩っていう絶対的な守護神がいるし、児玉先輩や大山もいる。4番手の俺が頑張る必要はないの。」
いくら注意してもへらへらしている徹也にとうとう玲子の堪忍袋の緒が切れた。
「じゃあサッカー部辞めたら。頑張る気がない人がいたら他の人にも迷惑だよ。」
「あー、辞めてやるよ!」
怒鳴り声とともに突然徹也の形相が変わった。
英をはじめ周りの部員の目が一斉に徹也に集まる。
「俺はな、自分から希望してサッカー部に入ったわけじゃないんだから。」
そう言うと徹也は部室に向かって歩き出した。
「ちょっと待て徹也。落ち着けって。」
英が徹也に走り寄る。
「俺は落ち着いてるぞ、英。サッカー部に入って2か月半、俺にしてはよくもったと思わないか。」
徹也はそうだろう?というように英に微笑んだが歩を止めない。
部室に入っていく徹也の後ろ姿を見ながら英は天を仰いだ。
「何があったんだ、英?」
和人が駆け寄ってきた。
「徹也、辞めるって。ハヤコちゃんから頑張る気がないなら辞めろって言われて、辞めてやるよって言っちまった。よせ、和人。」
部室に向って走り出す和人を英が止めた。
「今は何を言っても無駄だ。あー、打倒藤学が後退したー」
英が肩を落とす。
「ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて・・・」
玲子は目に涙を浮かべている。
「ハヤコちゃんは何も悪くないよ。徹也は昔からああいうやつだ。性格的なもので、どうしようもない。元はと言えば俺と和人が無理やりあいつを引っ張り込んだのが原因だ。」
その時コートの中央にいる矢島が皆を呼び集めたため、英と和人は仕方なく向かった。
着替えを終え部室から出てきた徹也は、目に涙をためた玲子の顔を一瞥すると何も言わず校門へ向かった。
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