第81話
「さあ、待たせたな岩村。園山と交代だ。」
監督の富田が岩村を呼んだ。
「流れは今、うちのチームにある。このまま守りに入るより、逆に追加点を入れて突き放してやれ、いいな。」
「はい。」
岩村はラインの外側に立ち、英が来るのを待った。
そして英が自分の前に来ると、以外にも岩村は英の肩をポンと叩きフィールドの中へ入って行った。
「よくやったぞ園山。おまえがあんなプレーを見せるなんて驚いたなあ。次のゲームも出てもらうから、しっかりとマッサージしとけよ。」
「次のゲーム?まだ進めるかどうかわからないですよ。」
「確かにそうだが、蜷川は後半に入って運動量が落ちている上に、逆転されてモチベーションが下がっている。同点にする力はもう残っていまい。」
「そうだといいんですが・・・。」
ベンチに戻った英は肩で息をしていた。
そして額に浮かんだ大粒の汗を腕で拭きながら、和人の顔を見てにこっと笑った。
「ああ死にそうだ。和人、ねぎらいの言葉を俺にくれ。」
英はがっくりと腰をおろした。
「そんなことより、今のラストパスは何だよ。タッキーがあのタイミングで飛び出すってことがどうしてわかったんだ?」
「勘だよ、勘。・・・和人、俺は死に物狂いでお前の無茶な要求に答えたんだぞ。よくやったの一言くらいないのかよ。」
「あ、ああ、よくやった、うん。」
「ちぇっ、本当にそう思ってんのか?」
「もちろん思っているよ。」
「じゃあ、後でコーラおごれよ。」
「わかった、コーラくらい何本でもおごってやるよ。」
「ぷっ、コーラをそんなに何本も飲めるかっての。」
和人は、英があのパスを全く気にかけないことに少し驚いた。
(俺の思い過ごしだったんだろうか?ただの勘でできるパスじゃないと思ったんだけど。)
和人は釈然としないながらも、それ以上そのことを考えるのをやめた。
ゲームの方が気になっていたからだ。
「やばい、矢島さんまだ前線に張り付いているよ。監督はどうして何も言わないんだ?カウンターで1点取られたことを忘れたのかよ。」
英が眉間にしわを寄せながら言った。
「確かに、ここは大事にいってもらいたいところだな。」
「だろう?和人。絶対に蜷川は何かを狙っているんだ。攻め込まれているふりをしながらずっと狙っている。岩村さんは守りだけでいいんだ。無理に攻める必要なんてないのに。」
「ん?おい英。向こうの監督さん、10番に何か合図しているぞ。」
和人がそう言った瞬間に、蜷川の背番号10番が大きな声を出した。
「今だ!上がれ!」
そのとたん、蜷川の選手が一斉に西城陣へ駆け出した。
ゴールキーパーだけを残して。
しかも、その駈け方が変わっている。
縦横無尽にポジションチェンジをしながらの猛スピード。
パスカットされたらまず失点は免れない、一か八かの賭けだ。
だが、そんな中でも細かくパスをつなぎながら、西城のゴールへ迫る。
西城の選手は全くマークにつけない。
そしてついにペナルティエリアまでボールを運ばれてしまった。
ゴール前の人数は圧倒的に蜷川が多い。
敵のシュート。
ゴールキーパーがなんとかボールはじく。
そのボールが押し込まれた。
同点ゴール!
あっという間の出来事だった。
西城の選手たちが茫然と立ち尽くす中、蜷川はまるで勝利したかのようにはしゃいだ。
「ほらみろ、やっぱりカウンターだった。しかもあれは相当練習していたにちがいない。めちゃくちゃにポジションチェンジしているように見えても、パスにまったく迷いがなかった。てことは練習通りの動きだったっていうことだ。」
「でも英、そんなに練習していたんなら、どうしてもっと早くやらなかったんだ?」
「それが奴らの奥の手だからさ。一度見てしまえばあんな攻撃、破るのはそう難しくない。しかもボールを奪われたら逆に1点取られるという大きなリスクを背負っている。1点ビハインドで相手が押せ押せで攻めてくるこの状況。さらに終了間際の時間帯。これ以上ないシチュエーションだったってことだ。」
「なるほど。だけどうちにとっては最悪のシチュエーションだな。」
「ああ、もうほとんど時間が残っていない。PK戦だ。」
「まずいな。」
「ああ、まずい。」
本来ならキッカーがそろっている西城の方がPK戦でも有利なはずだった。
だがゲームには流れがある。
勝利を確信していたのに終了間際に追いつかれた西城と、血のにじむような練習をして習得したカウンターが見事に決まり追いついた蜷川。
その勢いの違いは必ずと言っていいほどゲームの流れを左右する。
嫌な予感が二人の頭をよぎった。
「まだだ、まだ時間は残っている。びびってんじゃねえぞみんな。」
矢島の大きな声がグラウンドに響き渡った。
そして矢島はドリブルしながら敵陣へ切り込む。
雄一とのワンツー。
主審が時計を見ている。
矢島は雄たけびをあげながらロングシュートを放った。
低い弾道。
「はいれ!」
和人は思わず声を発した。
だが、ボールの軌道がゴールマウスからずれていることを、和人は瞬間的に悟った。
その時 ―
目の前が一瞬パッと光った。
フラッシュだ。
和人は反射的に目をつむった。
一瞬の静寂。
そして1・2秒経つと、ワーッという大きな歓声がとどろいた。
「やった!」
隣に座っている英の声だった。
「え?やったって、入ったのか?」
英の表情は、まるで不思議なものを見ているかのように硬かった。
「見てなかったのかよ、和人。矢島さんのロングシュート、・・・すげえ変化したぞ。」
「えっ、あれが、本当に入ったのか!?」
和人の目は、拳を突き上げて喜んでいる矢島の姿をとらえた。
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