第80話
「見たか?今のフェイント。園山ってやつ、確かにお前の言うとおりすごいテクニシャンだな。」
藤村学園の杉内は目を丸くしながら太刀中の方を見た。
「はあ、園山の動きは・・・、そう、予想どおりすごかったんですが・・・」
「何だ、何か腑に落ちないことでもあるのか?」
「滝本ですよ。あいつがあんな動きを見せるなんて!」
「あんな動き?」
「はい、滝本は今までゴール前では、決定的なラストパスをもらうことに執着して、味方のサポートなんてしていなかった。中学の時からそうだったんですが・・・。でも、あの場面での滝本は完全に園山をサポートする動きをしていました。たまたまそれが決定的なアシストを受けることになったんですけど。」
「するとこういうことか?超わがままなトラブルメーカーが主役を園山に渡し、大人しく脇役にまわったと。」
「ええ、そう、まったくその通りです。俺にはとても信じられないことなんですが、たぶん園山のすごさを滝本が認めたんだと思います。」
その言葉を聞いて、杉内がにやっと笑った。
「西城とゲームがしたくなったな。勝たないかなあ、西城。」
「・・・勢いは西城ですけど、時間があまりないっすね。おそらくPK戦でしょう。」
「PK戦かあ・・・。」
二人はアップをやめ、完全にゲームに見入ってしまった。
「時間はまだ10分ちょっとある。もう一点取るぞみんな!」
キャプテンの田中が周りを見渡しながらはっぱをかける。
雄一が英の方へやって来た。
「今のプレーでお前へのマークがきつくなるぞ、英。」
「何を言っているんだ?ゴールを決めたタッキーの方こそマークされるさ。」
「ふうん・・・、じゃあ俺がゴールを奪うのは難しいってことか。」
「そうなるな。でもだからといってゴールを狙わないお前じゃないだろ?」
「当然だ。」
雄一は眉間にしわを寄せ英の肩をポンと叩くと、自分のポジションへと向かっていった。
予想通り、敵のディフェンスがさらに厳しくなった。
しかもハーフウェイライン付近に俊足フォワードが一人いる以外は、全員ゴール前に集まるという極端なシフトを敷いている。
「とうとうでたぞ太刀中、蜷川のカメさんシフトが。」
「はい、うちを相手に得点したことでかなり自信を持っているでしょうね。」
藤村学園と蜷川は春に練習試合をしており、3対1で藤学が勝利していた。
しかし新年度になってから高校生相手に藤学が失点を許したのは、このゲームだけだった。もっとも、藤学は主力メンバーが5人抜けていたのだが。
「調子に乗ってガンガン攻めると、痛い目にあうぞ西城は。」
「じゃあ、杉内さんだったらどうやって攻めますか?」
「そうだなあ、一番簡単なのはお前にセンタリングを上げることだ。」
「でもあれだけガチガチのマークをされちゃあ、俺だって得点する自信はないですよ。」
「またまたあ、謙遜しちゃって。3本のうち1本は決めちゃうくせに。」
「それは杉内さんのパスがすごすぎるからですよ。」
「お前今否定しなかったな。」
「あ!」
太刀中がペロッと舌を出した。
西城は蜷川の厚い壁を崩すことがなかなかできずにいた。
田中と矢島は、前線で精力的に動き回り、英からのパスを何度か受けたが決定的なチャンスにはならなかった。
一方の蜷川はボールを奪っても積極的に攻めてこない。
(やばい、蜷川のこの動きは変だ。何かを狙っている感じがする。それに俺の10分間がもうすぐ終わっちまう。)
英は歯を食いしばり目を見開いた。
「田中さん、横ばっかりじゃなくて縦にも動いて。今だ矢島さん、ニアに詰めろ。みんなパスはワンタッチで。」
英からの指示だ。
周りの選手は最初戸惑ったようだが、英の指示は見事なほど的確だった。
そして不思議なことに、徐々にボールがつながりだす。
(よし、今確実にうちのペースだ。)
英はそう確信すると、雄一を探した。
「タッキー!」
雄一が英の方を見る。
英は雄一にもっと上がるように手で合図した。
雄一も今がチャンスと思っているのか、こっくり頷くとスーッと上がっていった。
味方からのパスが英へ渡る。
すぐに矢島へパス。
矢島からもう一度英へ。
英から楔役の田中へ。
すべてワンタッチのパスだった。
だがまだ敵のマークを振り切れていない。
田中は前を向くことができず、敵から押されるように下がりつつ後方の英へパスをだした。
(今だ!)
英は迫ってくる田中の頭をかすめるようなふわっとしたボールをダイレクトで前方に送った。
敵のディフェンダーとゴールキーパーの間のわずかな空間。
英の前方はふさがれているため、そこに走りこむことはできない。
”ミスキック”― 誰もがそう思った。
しかし逆に誰もがすぐに目を疑った。
そこに、これ以上ない最高のタイミングで飛び出した雄一の姿があったからだ。
敵のゴールキーパーも走りながらボールへ手を伸ばすが、わずかに雄一の方が早い。
ボールはキーパーの傍らを通り抜けてゴールに吸い込まれた。
西城の勝ち越し点。
湧き上がる歓声。
またしても雄一に向かって歓喜の西城イレブンが押し寄せた。
一方ベンチでは、和人が眉間にしわを寄せて立っていた。
雄一がゴールを決めた瞬間、ベンチにいる誰もがとび跳ねるほど喜んだのだが、和人だけは違っていた。和人の視線の先にいたのは雄一ではなく英だ。
(英の位置からでは、タッキーの姿は見えなかったはずだ。それにタッキーがパスを要求する声は聞こえなかった。瞬時に飛びだそうとしているタッキーに最高のタイミングであんなにもピンポイントのパスが出せるものなのか?・・・いくらなんでも今のパスはありえない!まさか・・・まさか、英はタッキーがあのタイミングであそこに飛び出すことを知っていたんじゃないだろうか?予知夢を見ていた?)
和人は両腕に鳥肌が立つような薄気味悪さを覚えた。
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