第77話

和人たちが入学してから2か月が経とうとしていた。

高校生のクラブ活動は、多くの競技がちょうどインターハイの県予選を戦う時期だ。

西城高校のサッカー部はインターハイの県予選を、ベストエイトまで勝ち上がっている。

滝本雄一は、たぐいまれな得点能力を評価され1年生ながらレギュラーに抜擢された。

これまでのゲームでも2得点を挙げている。

そして英と和人もレギュラーではないが、ベンチ入りを許されていた。

後2回勝てば決勝戦だ。

ベストエイトに残ったチームは、藤学こと藤村学園以外同程度の実力で、西城高校にとって厳しい戦いが続くことは間違いない。

だが、藤学とは決勝戦でしか当たらないため、決勝へ進める可能性は十分にある。


和人たち西城高校のサッカー部は、市立陸上競技場へ来ていた。

後1時間もすると、蜷川高校とベスト4をかけたゲームが始まる。

「今日勝てばベスト4か、どうだタッキー、調子はいいか?ふぁ~」

言い終わらないうちに、英が大きな欠伸をした。

「ふん、心配は無用だ。それより、これまでのゲームでみんな怪我したり、無理をしたりしているからな、お前や和人の出番があるかもしれないぞ。」

「それはないさ、控えの選手で出れるのは3年生と2年生で、俺たちに声がかかるなんて考えられないよ。なあ、和人。」

「まったくだ、せいぜいがんばって応援するよ。だいたいなんで俺なんかが選ばれたのかわからないよ。」

「ちょっと耳にはさんだところによると、お前を推薦したのは矢島先輩らしいぜ。『あいつはこれからぐんと伸びますよ。』って監督に言ったらしいんだ。」

そう言ったのは徹也だった。

「矢島先輩が?」

「そういうこと。まあこれは監督と矢島先輩以外に数人しか知らない話だけどな。いわゆる前川情報だ。」

徹也は渋い顔をして気取ってみせた。

前川情報とは、自分しか知らないと思われる情報をもったいぶって打ち明ける時に徹也が使う言葉で、何故か信頼度は高い。

「ほらやっぱり、あの矢島さんを押し倒した度胸を買われたんだぜ。俺なんか怖くて絶対にそんなことできねえもん。」

「からかうなって英、本当に倒す気はなかったんだから。それより度胸があるっていうことでは徹也にはかなわないよ。よくあんな至近距離からのシュートに反応できるよな。」

徹也は最近になってようやくシュート練習に参加させてもらえるようになっていた。

「だって今までほんと長かったぞ。毎日砂場でぴょんぴょんぴょんぴょんダイビングキャッチの練習ばっかりだったからさ。フラストレーション溜まりっぱなしだよ。今俺は、解き放たれた野獣だ!」

「確かに反射神経いいよな。ジャンプ力もあるし度胸もある。あとは身長が延びればキーパーとして言うことなしなんだが、そこまで期待するのは欲張りってもんか。」

「ところが期待してよいのだよタッキー君。英の予言は鬼のように当たるんだから。」

「予言・・・?」

「正確には予知夢だよ。俺は未来に起きることを夢で見ることがあるんだ。で、高校3年生の時の夢では徹也の身長は190センチ近くになってる。」

「予知夢?ばかばかしい。本当に当たるっていうなら今日のゲームの結果を教えてくれよ。」

「残念ながら俺たちサッカー部のことに関してはほとんど夢を見ないんだ。それにもし仮に夢を見ていたとしても誰にも結果は教えないよ。結果が分かっているゲームなんてやりたくないだろ?」

「おい、あれ・・・矢島先輩の彼女かな?」

徹也が急に話題を変えた。

2年の矢島がスタンドの方に手を挙げている。

その視線の先には、高校生くらいの女の子の姿があった。

「へえ、矢島先輩の彼女か、近くに行って顔をよく見てみようぜ。」

英がすたすたと歩き出したところで、和人が英の腕をつかんだ。

「待て英、すぐにアップが始まるぞ。」

「ちょっと見るだけだって。おい離せよ和人。」

「違うんだ、あれは彼女じゃなくて妹なんだ。」

「妹?なんでそんなことお前が知ってるんだ?」

「それは・・・。」

「おい、あの子やけに大きな眼鏡かけていると思わないか?」

徹也のその言葉を聞いて、英の目がきらりと光った。

「大きな眼鏡?そして和人の知り合い?まさか和人、あの子が中森ゆきなのか!?」

和人の顔が急に真っ赤になった。

「待てよ英、和人がさっき矢島先輩の妹だと言ってたぞ。」

徹也は首をかしげている。

「ん?そう言えばそうだな。和人、矢島先輩の妹だっていうのは嘘だろ?」

「名字は違うけど、・・・妹なんだ。」

「おいおい、そういうことか和人君。それでずっと前に矢島先輩がお前を呼びだしたんだな?くっくっく、やっと中森ゆきに出会えたぜ。やるじゃねえか和人、ゲームが終わったらデートするんだろう?」

「いや、彼女はゲームを見に来ただけだよ、矢島先輩の応援だ。それより本当にアップが始まるみたいだぞ。タッキーはすでにグラウンドを走っているし。」

「やべえ、俺たちも急がなきゃ。ダッシュだ和人、徹也。」

3人はグラウンドの中央へと駈け出した。

途中、和人はスタンドのゆきの方を見た。

ゆきは控えめににっこりと笑い、小さく手を振った。

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