第76話


翌日の朝、和人と鉄平があのバス停の前を通ると、そこにゆきの姿はなかった。

その翌日も、翌々日もその次の日もゆきに会うことはできなかった。

金曜日の朝、ようやくバス停にゆきの姿を見つけた。

「おっ、やっと会うことができたな、和人。気がきく俺は急ぎの用事があるってことで先に学校に行っとくよ、じゃあな。」

「え?そんな気を使わなくても…。」

和人が止めるのも聞かず、鉄平は急に駈け出した。

そしてバス停のところでゆきとあいさつを交わしたようだ。

和人は少し足早に歩いた。

「おはよう。」

5メートルほど手前でゆきの方から声をかけてきた。

「おはよう、久しぶりだね。」

あいさつを返す和人の顔は、ゆきの顔を見ても赤くなることはなかった。

あの日のデートのおかげだろう。

ゆきのことを必要以上に意識しなくなったのだ。


「ごめんなさい。いつも寝坊ばかりしていてこの時間に間に合わなかったの。」

「そう、朝が弱いんだね。」

「和人君は、朝は自分で起きるの?寮のチャイムが鳴るとか、モーニングコールがあるとか。」

「まさかあ、ちゃんと目覚ましをセットして一人で起きるよ。」

「そうよね、私も見習わなくちゃ。ところで、また明日デートできないかしら?今度はどこか・・・お金がかからないところで。」

ゆきが窺うように和人を見つめた。

「うん、大丈夫だよ。どこに行く?」

鷲尾わしお公園はどう?私、お弁当を作るわ。料理の腕には自信があるのよ。」

ゆきはあらかじめ考えていたようだ。

「へえ、それなら本当にお金がかからないね。鷲尾公園って結構広いって聞いたけど。」

「とっても広いわよ。一周するのに2時間くらいかかるもの。明日はきっといい天気だから気持ちいいと思うの。」

「じゃ決まりだな。何時にどこで待ち合わせる?」

「また9時にここでどう?今度はこの前みたいに驚かせないから。」

ゆきがいたずらっぽく笑った。

「わかった、じゃあ明日。」

「うん、明日ね。」

二人は小さく手を振って別れた。


「おい英、いい加減に本気を出せよ。」

放課後、グラウンドの隅で寝転がっている英に、滝本雄一がつめ寄ってきた。

「本気だよ。さっきのは橋本先輩のフェイントにまんまと引っ掛かった。」

部員たちは、ボールを持った選手がマークについた相手を抜きシュートをする、一対一の練習を終え、10分間の休憩をとっていた。

雄一は英の頭の横に腰をおろした。

「ディフェンスの時だけじゃないだろ?ボールを持った時だって本当は楽に抜けるのに、なんでボールを取られるんだよ。」

雄一の声がだんだん大きくなってくるので、他の部員に聞かれないかと英は心配になった。

「小さな声で話せよタッキー。別に気にするなって、それに今新しいフェイントを練習中なんだ。」

雄一は眉間にしわを寄せ、ふうっとため息をついた。

「お前が本気を出すことで、先輩たちの刺激にもなってチームのレベルが上がるんじゃないか。何を遠慮しているんだ?本気で藤学に勝つつもりなのか?」

「そう睨むなよ、そのうち徐々に頭角を現していくさ。まだ入部したばっかりなんだから、先輩と仲良くなることが先決だよ。」

「俺はなあ、・・・言いたくはなかったけど、ここ(西城)に来たことを後悔してたんだ。去年のベスト4だから少しは期待していたんだけど、練習は生ぬるいし、先輩たちのレベルもいまいち。これじゃ自分のスキルも上がらないし、藤学に勝つのは夢のまた夢だってな。これなら今からでも藤学の編入試験を受けようかなって、本気で思っていたんだ。でもこの前の練習試合でお前のプレーを見て思いとどまった。お前となら藤学に勝てるチームを作れるんじゃないかってさ。」

「だからもう少し待ってくれって。そんなにあせ・・・」

「だめだ。」

雄一が英の言葉を鋭く切った。

「俺とお前は1年生からレギュラーになって全ての試合に出るんだ。そして確実に力をつけ、藤学の1年生よりも絶対にうまくなる。」

「藤学の1年生か。確か葉山中の太刀中っていうのがいたな。あいつは長身の割に足技が切れていた。」

一瞬、雄一が英を睨んだ。

「俺はその太刀中にだけは絶対に負けない。だから英、本気になれ。」

今度は英がふうっとため息をついた。

「まったく、相変わらず自分中心に物事を考えやがる。わかったよ、そろそろ頭角を現してやるか。タッキーに転校する気になられちゃかなわないからな。」

英はやれやれというふうに、ゆっくりと立ち上がった。

だが雄一に背を向けたその英の顔は、少し笑っていた。

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