第73話
「ちょっと裏に来い」。
矢島は部室から出てきた和人を見ると、部室の裏のほうを指さした。
「はい。」
和人の顔から一瞬に血の気が引く。
(やっぱりショルダーチャージだ・・・。それと最後のロングシュート。)
和人は矢島の後を恐る恐るついて行った。
その光景をグラウンドの中から英が見ていた。
(ちょっと厄介だな。3年になるまでは大人しくしておこうと思っていたのに。)
英は足元のボールをゴールに蹴りこむと、部室の裏へ向う二人を追った。
「一昨日は恥をかかせてくれたな。」
部室の裏で、矢島が口元をゆがめて冷やかに笑った。
「いえ、そんなつもりは・・・。」
「まさか1年坊に突き飛ばされるとはな、俺もなめられたもんだ。」
そう言いながら、矢島はちらっと和人の後ろに目をやった。
「お友達が心配して見に来たぞ。」
矢島は表情を変えず、和人が後ろを見るように、あごをちょっと上げた。
振り返ると、英と徹也が少し離れた位置でこちらを窺うように立っていた。
「3対1か、それでも俺は負ける気がしねえがな。やってみるか?」
矢島が和人を睨みつける。
「・・・。」
「びびってんじゃねえぞ。まったく・・・、サッカーのときは体を張ってプレーするくせによ。」
矢島の顔が少しゆるんだ。
笑い方がとげとげしくない。
「まあいい。ところで、お前を呼びだしたのは昨日のゲームのことじゃない。ボールを取られた腹いせにそいつを殴るなんて、そんなかっこ悪いことできるか。」
矢島は部室の壁から3mほど離れたブロック塀にもたれ、和人にもっと近づくように手招きした。
和人は緊張をまだ解いていない。
だが、一昨日のことではないとすると、矢島は何を言おうとしているのだろうか。
和人は矢島の次の一言を待った。
「中森ゆきのことだ。」
「ひぇ?」
矢島の意外な言葉に驚き、和人はすっとんきょうな言葉を発した。
「ぷっ、はははは、なんて声を出してんだお前は。そんなにびっくりしたか?」
「いえ、その、何で・・・。」
「何でゆきのことを知っているのかって?ゆきは俺の妹だ。といっても血のつながりはないけどな。」
「妹、ですか?」
和人にとってそれは二重の驚きだった。
「昨日お前とゆきはデートしたんだろ?知り合ったばっかりですぐにデートするなんて、お前も結構ず太い神経してるな。」
「いえ、それはゆきさんが強引に誘ったから・・・。」
「ゆきが?」
矢島は少し驚いたような顔をした。
「へえ~、あのゆきが?そういやあ、あいつも最近性格変わったからなあ。・・・それで?どうだ、ゆきのこと好きなのか?」
「ま、まだそこまでは・・・。それにゆきさんもまだ俺のこと好きってわけではないようだし。」
矢島がボサボサの頭を右手で掻いた。
「わっかんねえな~、お前ら。好きでもないのにデートするなんてよ。でもまあ、一応お前とゆきは付き合っているってことだろうから、ま、ゆきのことよろしく頼むわ。そのかわり、お前が誰かにいちゃもんつけられたら、俺に言いに来い。ちょちょいと振り払ってやるからよ。」
そう言い終わると、矢島は英たちの方へ歩き出そうとした。
「ちょっと待って下さい。あの・・・。」
和人は意を決して矢島に尋ねた。
「矢島さんとゆきさんは、血がつながっていないけど兄弟って、どういうことですか?」
「
「え?」
「え?って、聖翔園のこと、もしかして聞いていなかったのか?やべえ、まずいこと言っちまったかな。ゆきには俺が言ったこと内緒だぞ、いいな。」
矢島はしまったというような顔をして、和人を置いて歩きだした。
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