第74話

「せいしょうえん・・・。」

和人は英と徹也の方に向かって歩いていた。

「今何か言ったか、和人?」

「ううん、何も。」

「矢島さん、何の話だったんだ?最悪の事態は免れたようだけど、俺と徹也は臨戦態勢に入ってたんだぜ。」

「わかってる。でもそんな話じゃなかったよ。」

「じゃあどんな話だったんだよ。」

「うん・・・、中学の時のサッカー部の話とか、そんなどうでもいいようなこと。」

「何だそれ?そんなことわざわざ部室の裏に呼び出して言うことじゃないだろ?」

「そうなんだ。俺もよくわからない。」

英と徹也は首をかしげているが、とっさにいい作り話なんて出てくるはずがない。

和人はなんとかこれで押し通すしかなかった。

「それにしてもいや~ビビったぜ、和人。矢島さん、すれ違いざまに俺たちの方に一歩足を踏み出したんだぜ、な徹也。」

「ホントにな、俺一瞬やられた!って思ったぞ。」

二人が別の話をしだしたことで、和人はほっと胸をなでおろした。


「で、ビビった俺たちの顔を見て矢島さん、ニヤッと笑ったんだぜ。」

「あの人相当ケンカ強いな。那須川天心にそっくりと言われるこの俺をビビらせたんだから。」

「そんなこと誰も言わねえよ。でもまあ、鼻の形がどことなく似てるような・・・。」

「うれしくねえよ、鼻だけ天心に似てたって。」

「ねえ、天心って、誰?」

その和人の一言で急に辺りが静まり返った。

「相変わらずついて来ないな、和人。天心を知らなくても『天津飯って誰?』っていうくらいの機転を利かせろよ。」

「いいっていいって英、和人はいつまでも和人のままでいいんだよ。3人の中でまともなのが一人はいないとバカの集団って思われるんだから。」

「それもそうだ。あっはっは。」

英と徹也は笑いながらグラウンドの中へゆっくりと走って行った。


あの二人のような会話ができればどんなに楽しいだろうと、和人はいつも思う。

だがこればかりはどうにもならない。

単に性格の問題だ。

性格は簡単には変えられない。

和人は二人の後をゆっくりと歩いた。


聖翔園が、何らかの事情を抱えた子供のための施設だということは容易に想像できた。

ゆきはどのような境遇で育ったのだろうか。

ゆきの両親は生きているんだろうか。

聖翔園でゆきはいったいどんな生活を送っているのだろうか。

そう言えば遊園地に来たのは初めてだと言っていた。

そしてとても楽しそうにはしゃいでいた。

きっと昨日のように楽しいこととは無縁の生活を送って来たに違いない。

和人はゆきの底抜けの笑顔の裏に隠れている悲しみを知ったような気がした。

もしかしたらあの日自分に声をかけてきたのは、今の生活にいたたまれなくなって追い詰められた末の行動だったのかもしれない。


和人はゆきに無性に会いたくなった。

ゆきのことをもっともっと知りたいと思った。

(そうだ!会いに行けるじゃないか。しかもゆきに気づかれないで会う方法がある!)

和人は不意に立ち止まって眉をひそめた。

「だめだ・・・。」

そんなことをゆきが望むはずがなかった。

ゆきの私生活を覗くなんて、そんなことをやっていいはずがない。

(明日、明後日・・・、いつでもゆきとは会えるじゃないか。そのうちゆきの方から話してくれるはずだ。それまで待たなきゃ。)

前方からサッカーボールがころころと転がって来た。

「和人、こっち!」

遠くで英が和人に手を振っている。

和人は助走をつけて思いっきり振りかぶった。

「行け~!」

ボンッ!という音とともにボールは英の頭を遥かに越えて飛んで行った。

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