第71話

「ごめんなさい。一方的にデートの約束なんかして。もしかして何か予定があったんじゃない?」

「ううん。どうせ今日は部活休みだし。全然大丈夫・・・だよ。でも、なんで俺?俺のこと知らないでしょう。なんで誘ったの?」

和人は今日のうちにどうしても聞こうと思っていたことを、思い切って聞いてみた。

ゆきは少しうつむいて言った。

「そうよね、気になって当然よね。でも・・・ごめんなさい、今は言えないわ。」

「今は・・・言えない?」

「うん、言える時が来たら言うわ。それは10日後かもしれないし、そうね、もしかしたら4年後かもしれないけど。」

和人はそれ以上聞くのをやめた。

どんな理由があるのか知らないが、ゆきは聞いて欲しくないようだった。

それに自分を選んだことにはちゃんとした理由があったということがわかって和人は少し安心していた。

誰でもよかったというわけではなかったのだ。


「中森さんは?何か部活やっているの?」

和人は話題を変えた。

女の子と話をするのは苦手だったが、黙ったままこのように接近して座っているのは耐えられなかった。

和人が話題を変えてくれたことでゆきは少しほっとしたようだった。

「部活はしていないの。中学の時は陸上部だったけど、あんまり才能ないみたいだし、それにお家の手伝いやなんかで忙しいから。」

「お家の手伝いって、何してるの?」

「別に、普通よ、家事手伝い。働かざる者食うべからずってね。私のことはいいから、橘君のこといろいろ教えて。そうね、まずは誕生日から。」

ゆきは次から次に和人に質問をしてきた。

家族のこと、友達のこと、担任の先生のこと、サッカー部のこと、中学校の思い出など。

だが、ゆき自身のことについては、和人がいくら尋ねてもほとんど答えようとはしなかった。

すぐに話をはぐらかしてしまう。

何か特別な事情があるのだろうか。

そうこうするうちに、バスは終点に着いた。


「実は私、遊園地は初めてなの。」

バスから降りてゆきが言った。

「全部の乗物に乗りたいな。ねえ、いいかしら?」

「いいけど、ジェットコースターには俺乗らないからね。」

「どうして?」

「どうしてって、・・・怖いから。」

「ええ?怖いからいいんじゃない。絶対乗ろう!ね、橘君の恐怖の表情を見てあげるわ。」

ゆきははしゃぎすぎるほどはしゃいでいたが、遊園地に着くとさらにパワーが増した。

そして言ったとおりすべての乗物に片っ端から乗って行った。

ジェットコースターも、嫌がる和人の手を引っ張り並んで座った。

ゆきは小学生の女の子ようにはしゃぎまわった。


「今日は本当に楽しかったわ、ありがとう。」

いつしか時刻は午後5時を過ぎていた。

「俺も楽しかった。」

「でもいっぱいお金を使っちゃったわ。しばらくはおとなしくしていなくちゃ。キャッ!」

ゆきが財布をポシェットから取り出し、財布の中身を確認した時、そのポシェットが肩から道路に落ちた。

和人が拾い上げようとしてかがんだ瞬間、ゆきが素早くつかみしっかりと抱きしめた。

まるで和人にポシェットを触らせまいとするかのように、ゆきの動きは力強く俊敏だった。

「何?そんなに大事なものでも入ってんの?」

「え?」

ゆきの動きが止まり、狼狽のような表情が一瞬浮かんだ。

「そうじゃないけど、女の子のバッグの中なんて見られてほしくないわ。ねえ、何も見えなかった?」

ゆきはそう言いながら、和人の顔を観察するように見つめた。

「うん、何も。」

「そう、もうすぐバスが出るわ、急ぎましょう。」

そう言うとゆきはバス乗り場の方へ急ぎ足で歩きだした。

和人があわてて後を追う。

(なんだよ、本当に訳がわからない。中森さんって謎だらけじゃないか!)

何か釈然としない気持ちが和人の心を覆っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る