第67話

「だめだな、これじゃあ。防戦一方だ。」

ゲーム開始後5分が経過し、和人は前を歩く英に声をかけた。

「そりゃそうだろ、実力の差だよ。」

英はそう言った後、和人の耳元でこう囁いた。

「それに、まぐれで勝っちまったら2年生から恨まれるんだから、3点差ぐらいで負けとこうぜ。ここで意地出したって何の得にもなりゃしないんだから。」

英は和人の肩をポンと叩いて笑った。

(そういうことか。どうりでいつもの英の動きじゃないはずだ。でも、やられっぱなしっていうのはいやだな。)

だが、そう思う和人の気持に反して、ひっきりなしに2年生は攻めてくる。

「おい園山!お前簡単に抜かれすぎるぞ、もっと追えよ!」

滝本が少しイライラしてきたようだ。

「悪い悪い、ディフェンスはどうも苦手なんだ。それよりタッキー、俺がボールを取ったらディフェンスラインの裏を狙って走ってくれ。」

英は悪びれる様子もなく、逆に滝本に注文をつけた。

「ディフェンスラインの裏だって?このコートの狭さじゃ無理に決まってんだろ。」

滝本はため息をつき、両手を横に広げて天を仰いだ。


(あの人は、相当うまいぞ。)

和人の視線の先には矢島がいた。

コートの中を縦横無尽に走り回り、何度もチャンスを作っている。

ボールテクニックは2年生の中でも群を抜いているようだ。

だがそれよりも、気迫を前面に出して攻めてくる威圧感がすごい。

これだけ攻められていて得点をゆるしていないのは、1年生チームがついているとしか言いようがなかった。

「おい、そろそろ点を入れようぜ。」

パスをもらった矢島が2年生にはっぱをかけた。

低いがよく通る声だ。

その矢島に、英が抜かれた。

和人がフォローに行く。


矢島は巧みなステップでフェイントをかける。

「!」

和人は抜かれそうになったが何とか食らいつき、肩で矢島の肩を押した。

「うおっ!」

矢島はバランスを崩し派手に転倒した。

反則の笛はならない。

すぐに1年生の味方がそのボールを蹴りだした。


「この野郎、やってくれたな!」

体についた泥を払いながら、矢島が和人を睨みつけた。

「いや、その・・・。」

和人はしどろもどろだ。

「ビビってんじゃねえよ。」

矢島は吐き捨てるようにそう言うと、ボールをキープしている味方の方へ走って行った。

「やっちまったな、和人。・・・俺は知らねえぞ。」

和人の背後から小さな声がした。

徹也だ。


徹也は両手で自分の口を覆い、体を震わせながら恐怖の表情で和人を見つめていた。

その隣で、もう一人の控えの1年生が徹也を見て爆笑している。

(はいはい、もうどうにでもなれだ。)

「橘、行ったぞ!」

滝本の声がして前を向くと、2年生の一人がシュートを打とうとしていた。

和人があわててシュートコースをふさぐ。

だが一瞬遅く、ボールはゴールポストに吸い込まれた。

とうとう均衡は破られた。

そして、さらにその3分後にもう1点入れられ、前半の15分が終了した。


「ぜんぜん俺のところにボールが来ないんだけど!」

コートチェンジのため移動している英に向って滝本が口を尖らせた。

「まあまあタッキー、そんなに熱くなるなよ。気持ちよく2年生に勝たせてやろうぜ。」

「何?お前、わざと手を抜いてたのか?」

「しっ・・・、声がでかいよ。考えてもみろって、間違って勝ちでもしたら、2年生に睨まれるぞ。」

「そんなこと言ってるから強くなれないんだ。実力に学年なんて関係ないだろ。もういい、わかった。俺が中盤をやる。」

滝本の実力なら、2年生が相手でも簡単にフェイントで抜くことはできるだろうが、それでは2年生から反感を買う恐れがある。

滝本を孤立させるわけにはいかない。

英はしかたなく妥協案を出した。


「まあ待てって。生意気だって思われちゃ、実力があったってレギュラーにはなれないぞ。・・・わかったよ。1点だけ、いや2点取らせてやる。だから前線で待ってろ。そのかわり2年生にあと1、2点はくれてやるぞ、いいな。」

「ずいぶん自信があるみたいだが、そううまくいくかな。あの矢島って人はかなりできるぞ。」

「藤学を倒すんだろ?それには俺の存在が不可欠だってことを教えてやるよ。」

後半開始の笛が鳴った。

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